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SECT.1 ミュルメクス

 リュケイオンとセフィロト国との国境から少し西にある街ミュルメクス。

 国境に最も近い街アクリスよりもずっと大きなこの街の中心には、軍神アレスの居城がある。リュケイオンの伝統的な宮殿と闘技場のコロセウムを合わせた造りになっている不思議な円筒形の大きな建物は、真っ白な柱と壁に支えられている。

 同じく四角く白い壁に塗り固められた家が積み重なるようにして造られた住居がその周囲を取り巻いている。

 メインストリートを中心に整然と並んでいたセフィロトの街とは全く違い、細い路地が四方に伸び、気を抜くとすぐに迷子になってしまいそうな街だった。さらに四角い家の屋根が道になり、より複雑な立体地形になっている。

 偵察を終えて宿へとまっすぐに帰ったのだが、とても自力で宿に辿り着ける気はしなかった。

「ただいま、シド」

「お帰りなさいませ」

 一人留守番だったシドがベッドで迎えてくれた。

 すぐに囲むようにして椅子を並べて、作戦会議。

 軍神アレスがアレイさんを強力な結界の中に閉じ込めていること、また、マルコシアスさんを召喚していることなどを報告した。

 シドはそれを聞いて眉を寄せた。

「力ずくでも解放する気はない、という事でしょうか。クロウリー伯爵はそこから脱出しようとしている、と?」

「んー、どうだろ」

 おれが感じたマルコシアスさんの力は、外には向かっていなかった。アレイさんがマルコシアスさんを召喚したのがあの結界を逃れるため、とは考えにくい。

 でも、なぜ召喚したのかと聞かれれば、おれにも分からなかった。

「何しろ軍神アレスの力がなんだかすごく荒れていて……本体が見えなかったんだ。何処にいるのかも、姿がどんななのかも分からなかった。変なんだ。普通なら軍神アレス自身が何処にいるかなんて、アレイさんを見つけるより簡単に分かるはずなのに。まるで、気配が分散しているみたいだった」

 そう言うと、隣に座っていたヤコブはにっと笑っておれの頭をぐりぐりと撫でた。

「よしよし、いいぞ。その通りだ」

 その言葉に、ぼんやりと思う。

 もしかして、もしかしなくても、ヤコブはおれの知ってる程度のことなんて全部お見通しなんだろう。それでもおれが成長できるように、導いてくれてるんだ。

 だから何か隠しているように感じるのかな……?

 ヤコブにはすでに今回の騒動の最期が見えているのかもしれない。

「ヤコブ」

「ん?」

 それを尋ねようとして、やめた。

 きっと誤魔化すように笑われるだけに決まっているんだ。

「ごめん、何でもない」

「賢明だな、黄金獅子の末裔」

 まるでおれがいま何を聞こうとしたか知っているかのように。

「……ヤコブはなんでも知ってるね」

「さぁな、俺様はただの神父だから、何にもわかんねぇヨ」

「そんなことないよ。ヤコブは何でも知ってる……もしかして、いまおれが何を言おうとしたかも知ってるの?」

「もしお前が俺様の予想した通りの人物で、予想した通りの思考をしていたなら、俺様の頭の中にはお前の考えと同じ予想が存在するという事になる」

「それって、知ってたってことじゃないの?」

「お前がそう思うならそうかもな」

 何を悟らせる気もない、曖昧な返答。

「……ほんとにおまえはめんどくさいヤツだな」

 唇を尖らせると、ヤコブはまた笑っただけだった。

 それを見て女医のアウラがため息をつく。

「おい、ヤコブ。あまりグレイスを苛めるな。他人ヒトのモノだろう?」

「いいじゃねぇか、アウラ。こんな一途なイキモノを見てたら苛めたくなるのが人情ってもんだろ?」

「何が人情だ、このエセ天使が」

 鼻で笑い飛ばしたアウラ。

「とりあえずヤコブの趣味嗜好は置いておく。まずは、どうする?」

 先ほど、アレイさんが確実に軍神アレスの居城にいる事は分かった。

 しかしアレイさんの意思なのかどうかはわからないが、正面から迎えに行ったら追い返された。

 だとしたら、次は――

「とにかくアレイさんに会う」

 手段は問わない。

 軍神アレスの居城に押し入るか、なんとか中に入り込むか……どうにかして本人に会わないことには始まらない。

「会えたら、きっとなんとかなる」

 きっぱりと断言すると、今度はモーリが軽く手を挙げて発言した。

「それに関しては、僕に提案があります」

 眼鏡の奥の優しい瞳を細めて。

「アウラさん、今年の武道大会はいつでしたか?」

「武道大会? ああ、あと一ヶ月ほどだと思うが」

「ちょっと、まさかモーリ」

「はい、その通りです。忙しくなりますよ」

 にこにこと笑うモーリを見たルゥナーとアウラは大きくため息をつき、シドは分からなかったのか首を傾げた。

 対してヤコブは肩をすくめた。

「ふうん、まあ、事を荒立てたくなければそれが妥当だろうヨ」

 おれは意味が分からなくて首を傾げた。

「なあ、何の話だよ! モーリ、いったいどうするんだ?」

「軍神アレスの居城があるこの街では、毎年この時期に武道大会が行われるのですよ。リュケイオン全土、それだけでなくディアブル大陸全体から――セフィロト国や、数年前までは旧グリモワール王国からも多くの人が参加していました」

 先ほど丘の上から見下ろした軍神アレスの居城を思い出した。

 あの円筒形の建物の中は空洞になっていて、そこには大きな闘技場があるという。太古から多くの戦士が力を競い合ってきた場だ。

「もうずいぶん昔の事になりますが、グリモワール王国から騎士団員の選抜部隊が参加したこともある、と聞き及んでおります」

 シドが付け加える。

「まあ、今回は先日の神官セフィラの領権侵害の後だから、今年はどうなるか分かんねぇけどな」

「そうですね、非常に残念なことです」

 モーリは困ったように笑った。

「さて、武道大会には、このミュルメクスに非常に多くの人が集まります。そして、武道大会の日だけは唯一、軍神アレスの居城が解放される日でもあります」

 そう言えば、軍神アレスの居城に行った時、アウラがそんな事を言っていた気がする。

「武道大会の優勝者には軍神アレスへの挑戦権が与えられるのです。無論、演武という形ですが、戦いの象徴である軍神アレスとの演武は、戦士にとってはこの上ない名誉です」

「んじゃあ、おれはそれに出場して優勝したらいいの?」

 ぐっと拳を握る。

 全土から集まる戦士たちがどれほど強いのか想像も出来なかったが、もしその先にアレイさんと会えるのならば、負ける気はなかった。

「少しだけ違います。グレイス、もう少しだけ説明してもいいですか?」

「あ、うん、邪魔してごめん。続けて、モーリ」

「はい。武道大会には、『神前舞踊』と呼ばれるものがあります。実際の武道大会を開催する前に、軍神アレスに対してこれから行う大会を見守ってくれるようにと祈りを捧げるための舞踊です。選ばれた3名の『踊り子』たちが剣舞を披露するのです。踊り子、といっても一般的な意味ではなく、あくまで軍神への祈りを捧げる役目であり、求められるのは飾りの美貌ではなく、強さを持った美しさ」

 モーリはにこりと笑った。

「グレイス、貴方はその踊り子を目指しましょう」

「おれが?」

「ええ、そうです。踊り子に選ばれた者は、武道大会の前日、実際に軍神アレスと謁見する機会が与えられます。その時には軍神アレスの居城のかなり奥まで入り込めるはずです」

「踊り子って……おれに似合わないよ。武道大会に出場するなら分かるけどさ」

「いえ、確かにグリフィス女爵はお強いですが、武道大会にやってくるのはディアブル大陸全土の戦士たちです。かなり勝ち進めるとは思いますが、優勝は難しいでしょう」

 きっぱりと言って首を横に振るシド。

「そう? でもさ、踊り子ならルゥナーじゃない?」

 首を傾げると、おれ以外の全員が一斉に首を振った。

「私は本当にただの踊り子だもの。軍神アレスの求める『踊り子』とは違うわ」

 否定するルゥナー。

「確かにその発想なかったが、グレイスなら『踊り子』に合いそうだ」

 頷くアウラ。

「きっとグレイスなら『踊り子』になれると思いますよ」

 モーリがにこにこと笑いながら言ったこの言葉には既視感があった。

「最初に見た時から、僕はグレイスが舞台映えすると思っていましたから」

 ああ、そうか。

 おれを戦女神フレイアにしようとした時の言葉と一緒じゃないか。

 なんだか騙されているような気がしなくもないけど。

「おれにできるかなあ……?」

「できますよ」

 モーリが断言した。

 その言葉には強い力がこもっていて、なんだか安心した。

 モーリがそう言うと本当に出来そうな気がするから不思議だ。

「どうしますか、グレイス。時間はあまりありませんが……やってみますか?」

 自分に踊り子の才能も何もないと思ってはいるけれど。

 でも、モーリが言うならきっと出来るんだろう。

 何より、アレイさんに会えるならおれは何だってするよ。

「うん、やってみる」

 それを聞いてモーリはにこりと笑った。

「では、さっそく練習ですね」



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