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SECT.13 ミリア


「……え? 軍神アレス? ミリアが?」

 大きく目を見開いたルゥナーが茫然と呟いた。

「うん、そうだよ」

 おれがヒト以外の気配を読み間違えるはずはない。

 悪魔のコインの気配を、天使の刻印の気配を探ることが出来るように、ミリアから感じるのもヒトとは違う何かの気配だった。

 おそらくそれは、精霊の気配なのだろう。

 オリュンポスだけが召喚できるという、12の精霊たち。

「じゃあ、あの赤髪の人は? ウォルジェンガさんと一緒に出てきた、あの人」

「んー、分かんない。でももし、あの人が軍神アレスって事になってるんだとしたら、ミリアが『力』を与えて、軍神アレスのフリをさせてるとしか思えないけど。でも――」

 言いかけた俺を、モーリがとめた。

「話はそこまでです、グレイス。話を続けるにしても、場所を変えませんか? ここは少し目立ちます」

 はっと辺りを見れば、踊り子候補だった少女たちの視線がこちらに向いている。

 おれたちは、そそくさと闘技場を後にした。


 非常に居心地の悪い空気が部屋を充たしていた。

 宿の一室、いつものようにシドが休む部屋に全員が集まっているというのに、誰も口を開かない。開けない、と言った方が正しいのだろうか。

 おれはどうやら言ってはいけない事を言ってしまったらしい。

 たまにあることなんだけれど、おれはヒトより少し目がよくて、ヒトより少し耳がいいから、気づいてはいけない事に気づいてしまうことが多い。そしてよく考えずにそれを口にして、周りのヒトを困らせるのだ。

 だからお前は阿呆の鳥頭なんだ、というアレイさんの台詞が聞こえたような気がしておれはため息をついた。

 偉そうに腕を組んで入口のドア付近に立ったヤコブは、金髪の間から赤眼を覗かせながらおれに聞いた。

「ミリアが軍神アレスだってことにいつ気づいた? 黄金獅子の末裔」

「確信したのは闘技場に入った時だけど……んー、今考えると最初に会った時から分かってた気がするよ」

 隠そうとしてはいたけれど、ミリアの全身から立ち上る精霊の気配は消せやしなかった。

 それだけでなく、結界を張って閉じ込めていたアレイさんの――マルコシアスさんの気配さえ微かに残っていた。

「武道大会の前の『軍神アレス』と『悪魔騎士アレイスター=クロウリー』の演武は、いったい誰と誰がやるんだろう? ミリアが戦うの? でも、ミリアは踊り子なんだよね……?」

 分からないことだらけだ。

「もしかして、アレイさんを捕まえたのはミリアなのかな? ミリアがアレイさんを結界の中に閉じ込めたの? 何でそんな事したの? おれを追い返したのは何で?」

 たくさんの疑問をいっぺんに口に出すと、余計に分からなくなった。

「そんな事、本人に聞け」

「……そうだね」

 ミリアは、おれが踊り子になったら教えてやる、って言ってた。

 じゃあおれは、その言葉通り明日の踊り子審査で合格すればいい。

「ここで話しても仕方がないわ。明日も早いし、もう休みましょう」

 ルゥナーがそう言って、その場はお開きになった。

 部屋を出る時、おれは真っ直ぐにヤコブを見据えた。

 金髪の間から覗く赤眼でおれを見たヤコブは、おれの言いたいことだってすでに分かっているに違いない。

「そんな目で見るんじゃねえヨ、黄金獅子の末裔」

「だってヤコブは知ってたじゃん。ミリアが軍神アレスだって」

 何で黙ってたんだよ、とは言わないけれど。

 何もかも知りながら何一つ口にしないこの天使の気まぐれにはもう慣れっこだ。

 べーっと舌を出して部屋を出ると、ルゥナーが呆れたようにこちらを見ていた。

「ラックは本当にいつも元気ね。時折、うらやましくなるわ」

「そう?」

 ととん、と拍子リズムを取りながら部屋へ向かう。

 自然に身体が踊りだす。

 階段の手すりに飛び乗ったところでルゥナーが止めた。

「危ないわよ、やめなさい!」

「だいじょうぶだよ」

 手摺を踏み台にとん、と跳ぶ。

 くるくるりと床に着地。

「おれは負けない!」

 まったくもう、と肩をすくめたルゥナーは困ったように笑っていた。



 翌朝、おれは昨日と同じように軍神アレスの居城の前に立っていた。

 昨日は4人で通った扉をくぐるのは、今日はおれ一人だ。

 お見送りに来てくれたルゥナーとモーリに手を振って、おれは再び闘技場へと足を踏み入れた。軍神アレスの力が満ちる、この場所へ。

 迎えたのは、赤髪を二つに括った少女だった。

「おはよう、ミリア」

 挨拶をしたが、ぷいっと顔をそむけられた。

 仕方がないので顔を向けた方向に移動して、もう一度あいさつ。

「おはよう!」

 無視。

 むーん、と口を尖らせていると、ふいに銅鑼の音が響き渡った。



 発表された試験の内容は、昨日とほとんど同じだった。組手と演武。

 試験官に指示され、おれは、ようやく待ち望んだ相手と対峙した。

「剣を抜け、グレイシャー」

「言われなくとも」

 おれより少し小柄なミリアは、やはり拳闘士らしい。

 太陽は天頂を目指し、陽炎が立つほどの陽気が包む。まるでこの場に、おれとミリアしかいないかのように、二人、闘技場の真ん中に陣取った。おれたちを取り囲む客席は空っぽだったけれど、逃げ場をふさぐように高く積まれた観客席のせいで、たくさんのヒトに見られているような感覚に陥った。

 本当の武道大会の日には、この客席がすべてヒトで埋まるんだろう。

 武道大会には出られないおれが、唯一この場で戦えるチャンスだ。

 おれにとって、もう『踊り子』試験なんてどうでもよくなっていた。

 高い位置に括った赤髪が風に揺れた。彼女の全身を包むのは、まぎれもない戦士の闘気だった。この闘技場にひどく相応しいその姿は、軍神アレスそのものだ。

 なぜ彼女は、軍神アレスであることを偽って『踊り子』試験に臨んでいるんだ?

 疑問を振り払うようにおれは両腰のショートソードを抜き放った。

 金属のこすれる音がして、刃は太陽の光を反射した。

 ゆっくりと効き足を後ろへ引き、体勢を低く構える。

 昨日の試験で相手にした踊り子さんとは全く違う。これは、踊りじゃなく、組手でもない、本気の演武だ。人にせるための戦いだ。

 ずっと緩やかに吹き抜けていたほんの一瞬、風が、止んだ。

 それが合図。

 ミリアは予備動作なしで地を蹴り、一気に間合いを詰めた。

 次の瞬間には鋼で固められた拳が迫ってくる。

 体を捻るようにして避けると、漆黒の上着の端を掠め取られ、糸がほつれて弾けた。

 なんて威力だ!

 とても筋力などなさそうな細腕から繰り出される攻撃は、とても10代半ばの少女のモノとは思えない。

 ショートソードを手にしたまま、腕の付け根を弾くようにして方向を反らした。

 そのまま逆肘で顔の側面を狙ったが、逆に捕えられる。

 しまった、と思った時にはもう遅い。

 おれの体は軽々と宙に投げ飛ばされていた。

 太陽の光が直接目に刺さり、思わず一瞬目を閉じた。

 無理やり体勢を戻し、地面に手を付きながらも着地。距離を置いて、息も乱さないミリアを見やった。

「のやろっ……」

 涼しい顔しやがって!

 間髪入れず飛び出して、大ぶりの攻撃を加えるが、完全に見切られているのかひらりひらりと避けられる。

 これまで自分より大きく、強い相手とばかり闘ってきたおれの弱点。

 おれは、自分より小さな相手と戦ったことがほとんどない。

 ちょこまかと動き回り、懐に入り込んでくるミリアに対して、どう対処していいのかわからないのだ。

 これはあくまで組手だから、ミリアは全力の攻撃を急所に叩き込んできたりはしないが、もし命を懸けた戦闘であったなら、今頃かなり厳しいところまで追いつめられていただろう。

 再びおれの間合いを飛び越えて入り込んできたミリアの空を裂きそうな鋭い手刀が眼前を斬る。

 返し手に掌底が額を直撃した。

 脳が揺さぶられ、足元がふらつく。

 このままじゃ、まずい。

 おれはいったんミリアから距離をおいた。

 じゃり、と足元の砂を踏みつける音だけが響く。すぐそこで別の『踊り子』候補が闘っている、ということなどとうに忘れてしまっている。

 ここがおれとミリアだけの舞台かのように。

 ミリアはおれをまっすぐに睨みつけてくる。

「それで終わりか、グレイシャー」

「まさか」

 考えろ。

 何よりいいお手本がおれの身近にいるじゃないか!

 より体の小さい相手と戦うとき、あのヒトはいったいどうしていた? 自分が彼に負かされるのは、いったいどんな時だった?

 頭の中の動きをトレースする。

 おれは右手のショートソードを仕舞い込んだ。

 急に武器の片方をおさめたことに怪訝な顔をしたミリアだったが、おれが左手の剣を正眼に構えたことで気を引き締めた。

 左手だけで長剣を操るあのヒトのようには動けないかもしれないけれど。

 ルゥナーに教えてもらった舞を舞うように、ゆっくりとした動作で右手を剣の背にあてる。

 そして、そのままショートソードを頭上に掲げた。

「負けないよ」

 何度繰り返したかしれない台詞を繰り返し。

 頭上の剣を目の前で横に倒した。

「アレイさんは返してもらう」


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