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SECT.12 起きて見る夢


 ごく稀に、夢を見る事がある。

 眠っている時じゃなく、起きている時に見る夢だ。

 『幻想』とか『妄想』とかいう言葉でもいい。

 絶対に、現実にはならないと分かっているから『夢』と呼ぶ。

 たとえばおれが、グリフィス家の人間じゃなかったら。戦争なんてなかったら。

 おれはいったい、どんな風に暮らしていたんだろう、って。

 いくつも選択肢はあっただろう。優しい両親に育てられ、小さな街の片隅で酒場を開いて、子供を育てながら穏やかに時を重ねていったかもしれない。結局は戦いを求めて騎士の道を選んでいたかもしれない。ルゥナーのように歌劇団で踊り子になっていたかもしれない。

 剣で舞うおれは、まさにそれだった。

 一つの可能性。

 夢のうちの、一つ。

 まるでずっと昔からこうなるはずだったように自然だった。

 そこに思考は存在せず、おれでありながらおれではない誰かが体を支配している感覚。

 驚くほどしっくりと馴染む動きに、おれは戸惑わなかった。

 曲が終わり、着地して剣を収める時に、感覚はようやくおれの元に戻ってくる。

 もし悪魔がいなかったら、もしおれがリュシフェルと契約しなかったら、もしねえちゃんと、アレイさんと出会えていなかったら――

 すべては夢。

 刹那の夢。

 だからおれは、剣をとり、舞うのかもしれない。


 第一試験を終え、次は面接。

 経歴を聞かれて困ったが、一緒に面接を受けたルゥナーが代わりに全部答えてくれた。

 どうも、戦争で地位を失った旧グリモワール貴族の娘、という事になっているらしい。確かにグリフィス家はグリモワールの貴族だし、おれがグリフィスの末裔であることにも間違いはないんだけれど……どこか違っているような気がするのは気のせいなんだろうか?

 書類を作ったのがヤコブだと言うが、適当に脚色して書いたってのは嘘じゃない。

 セフィロト国と小競り合いが在った時期、繊細な問題であるからとルゥナーが適当にごまかして、面接は終了した。

 最後の試験、組手が待っている。

 しかし、ミリアとおれは組み合わせて貰えず、相手をしたのはおれやルゥナーと同じ、旅の一座の曲芸師だと言う女性だった。

 褐色の肌に映える派手な布を何枚もつなぎ合わせた衣装に、細長く鋭いシャムシール。

 海の向こう、クルアーンからやってきたという彼女は、鋭いまなざしに敵意を乗せていた。

「北の大国ケルトの一座だそうね。つい先日やってきたというのに、ここまで名を挙げたことには敬意を表するわ」

「どうもありがとう」

 ほめられているような気がするので、頭を下げる。

 剣を一本だけ抜いて構えると、彼女は首を傾げた。

「貴方は両手剣かしら?」

「そうだよ」

「何故一本しか抜かないの?」

 問われておれは、相手の武器を指さす。

「だって、シャムシールを相手にする時は、一本で戦った方が奇麗に見えるじゃん」

 当たり前のことを言ったつもりだったのだが、彼女は眉間にしわを寄せた。

 細長く反った刀は大きな円で動くから、2本のショートソードをひらひらと動かして視点を分散させるより、小さな動きでかわすほうが映える。

「慣れぬ片手剣で、私に負かされるという選択肢はないのか?」

「負けないよ」

 いまなら誰にも負けない。

「大した自信だ」

 彼女は、シャムシールを抜き、上体を大きく逸らすように掲げた。

「いざ、お手合わせ願おう」

「お願いします」

 見合う時の心地よい感覚に包まれながら、おれは剣を抜いた。



 審査を終え、再び全員が闘技場へ戻ってきた時には、もう辺りが薄暗くなっていた。

 別の場所で行われる面接と組手の間、待っていてくれたモーリが出迎えてくれた。

「お疲れ様です、グレイス。どうでしたか?」

「んー、なんだかよくわかんなかったよ」

 最初の踊りは何も考えなかったし、面接は意味のわからない事を聞かれてルゥナーに全部任せていたし、組手の相手は弱くて手加減するのが難しかった。

「大丈夫よ、グレイスは。面接はまあ……ひやひやしたけれど」

 試験の間もずっと一緒だったルゥナーが肩をすくめる。

「そう言えば、フェリスは?」

「途中で退屈してどこかへ行ってしまいましたよ。その壁を上っていましたから、中にいるのでは?」

「まったく、見つかったらどうするのよ」

 ルゥナーのため息。

 そこへかぶさるように、フェリスが降ってきた。

「フェリス! まったく、何処へ行っていたのよ?!」

「いーじゃん、ちょっとくらい」

 悪びれもせず、ひらひらと手を振るフェリス。

「それより、ほら、発表だよ?」

 フェリスが指差した先には、最初に姿を見せた赤髪の男が立っていた。

 その隣には、もうアレイさんがいなかった。

 一瞬にして興味を失ったおれに気づいたのか、ルゥナーが釘をさす。

「ほら、決勝に残る5人が発表されるわよ。ちゃんと聞いてなさい! 第一、あの赤髪の男性が貴方の会いたがっていた軍神アレスだと言うじゃない。ウォルジェンガさんが見つかったから、もう興味がないのは分かるけれど」

 ルゥナーの言葉に、おれは思わず返答する。

「え? あれ、軍神アレスじゃないよ?」

「何を言ってるの。最初に紹介していたでしょう……貴方は聞いていなかったかも知れないけれど」

「違うよ。確かに気配は濃いけど、違う(・・)。あのヒトは軍神アレスじゃない」

「どういうこと?」

 眉を寄せたルゥナーに返答する前に、大音量の太鼓が響き渡った。

 赤髪の男の隣に控えていた、茶髪の大男が前に進み出る。

「本日の踊り子試験の結果を発表する」

 候補たちの間に緊張が走った。

 おれは、何故かその時、ミリアの姿を探していた。

 薄暗い中、ミリアの深紅の髪はよく目立っている。おれが見ているのに気づいたのか、ミリアの深紅の瞳がこちらを貫く。

 あいつもおれがラック=グリフィスだと知っている。

 アレイさんがここにいるのも知っている。

 でも、おれもあいつが……

「発表は以上! 」

 大男の大声で分断された。

 あ、やべ、また全然聞いてなかった。

「グレイス、聞いてなかったでしょう?」

 ルゥナーの声が怖い。

「あ、あのさ、どうだった……?」

 びくびくしながら尋ねると、ルゥナーは大きなため息と共に答えた。

「合格よ、グレイス。明日、また同じ時間にここへ集合だとおっしゃっていたわ」

「あ、そうなの? ルゥナーは?」

「残念だけど、私は今日でおしまい」

「えっ? なんで?!」

「何でって、私は第3試験の組手を棄権してるもの。合格するはずがないわ」

 肩をすくめたルゥナー。

 じゃあ、明日は一人なのか。

「あ、ミリアは? 合格?」

「ええ、もちろん。明日も一緒だけど、喧嘩しちゃだめよ?」

「はぁい」

 落胆する踊り子候補の群衆の向こうにミリアの姿を探したが、既に彼女は見当たらなかった。

「なんでミリアは踊り子審査に参加しているのかな……?」

 唐突にそう聞くと、ルゥナーはため息で答える。

「何故って、ミュルメクスに住む女の子なら踊り子にあこがれるのが普通でしょう?」

「違うよ。だって、ミリアは、軍神アレスじゃん」

 おれの言葉に、その場にいた全員が凍りついた。



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