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SECT.9 安堵


 劇場は連日満員御礼、ルゥナーとおれの知名度は一気に跳ね上がっていった。

 特に主役のリオートを演じているルゥナーの人気は凄まじく、もう迂闊に外を歩けないのだった。

 おれはと言えば、普段黒髪でいるものだから、たいてい気づかれない。ヤコブいわく、フレイア役を演っている時とはまったく雰囲気が違うから大丈夫だ、とのことだった。

 それに、歌に踊りに、台詞も多いリオートの役と違って、フレイアはほとんど立っているだけ。確かに王族の役だけれど、それほど目立つもないだろう。

 でも、そう言うとルゥナーは思い切り首を横に振る。

 立っているだけで存在感を示すほうが、よっぽど大変なのだそうだ。

 だから戦女神フレイアの役をやりたがる役者が少ないのだ、とも。

 おれはフレイアの役が好きだったからあまり気にならないけれど。

 今回ばかりは誰かれ構わず連れてくるモーリに感謝ね、といったルゥナーに生返事をするおれを見て、ヤコブが言った。

「本当にそれは天性だな。お前は黄金獅子にそっくりだよ。しかも、普段はその天性のカリスマってヤツを無意識で隠してやがる」

 ヤコブは時折、おれのご先祖様の話をする。

 その口調はとても親しげだ。ご先祖のゲーティア=グリフィスは、天使の国から独立するために戦ったのだけれど、その頃はまだ敵国の天使ウリエルであったはずのヤコブは、そんな事を感じさせもしなかった。

 『孤高の伝道師』は悪魔の味方をして天界を追われた。

 もしかすると、その噂は本当なのかもしれない。

 ある日、おれはヤコブに尋ねた。

「ねえ、ヤコブ。ヤコブはおれのご先祖様と仲良しだったの?」

「そんなわけねぇだろ。俺様が誰か、知らないわけじゃあるまい?」

 一瞬だけふいに4枚の翼を見せ、ヤコブは金色の前髪の奥で笑う。

「でも、ご先祖様の話をするヤコブは楽しそうだ」

「俺様が詳しいのはお前さんの先祖だけじゃねぇヨ。裏切り者のユダのことも、炎妖玉ガーネットの事も、そいつが懸想した女剣士の事も、よーく知ってる。それだけじゃねぇ、当時、セフィロト国にいた神官たちの事も、当時の王のこともな」

「……ヤコブはその時、『まだ』ウリエルだったの?」

「そうかもな」

 あ、もう駄目だ。

 ヤコブから「そうかも」とか「そうなんじゃねぇか」とかいう言葉が出てしまうと、その先は続かない。

 彼が興味を失った証拠だ。

 本当に、こんなときだけヤコブが天使である事を思い出す。

「ま、いいや。練習行ってくるよ!」

「おう、行って来い」

 踊り子審査は明日から。

 必然的に、今日の晩は千秋楽となる。

 中3日の休みを挟んだとはいえ、2週間演じ続けた舞台だ。名残惜しくないと言えばうそになるが、初日にマルコシアスの気配を携えて現れたミリアと会った瞬間から、おれの心はすでに軍神アレスの居城へと向いていた。

 アレイさんに会いたい。

 たとえばルゥナーがいなかったら、ヤコブがおれを止めなかったら、シドが大怪我でベッドに縫い付けられていなかったら、フェリスが帰ってこなかったら。

 何か一つでも欠けていたら、おれはとっくに軍神アレスの居城に力ずくで乗りこんでいただろう。

 それをしなかったのは、たくさんの偶然が重なり、たくさんのヒトの想いを受け取ったからだ。

 だから、おれに出来るのは『踊り子』の審査を突破して、軍神アレスのもとに向かう事だけだった。

 『風燕ふうえん』を元にした剣舞は、ほぼ完成に近づいていた。

 音楽をイメージしながら、何種類もの型で舞う。

 時に華やかに、時にしめやかに、時に切なく、美しく――そして、強く。

 もう大丈夫。

 おれは負けない。

 アレイさんを迎えに行こう。

 しかし、その日の夕方、驚くべき噂がおれの耳に飛び込んできた。



 その噂を聞いたアウラは声を裏返した。

「軍神アレスと悪魔騎士アレイスター=クロウリーの演武?!」

 ほんの数刻で街中をめぐったのは、そんな触れ込みだった。

 天使に滅ぼされた悪魔の国の騎士が、オリュンポスの軍神アレスに下った、というのはほんの少し前にミュルメクス中を駆け抜けた噂だ。

 武道大会の前哨戦として、悪魔の国の使者とオリュンポスが対戦する。

 話題性は十分だった。

「やっぱりアレイさんはあの場所にいるんだ!」

 心がはやる。

「ですが何故、クロウリー伯爵はこちらに出向いてくださらないのでしょうか。グレイシャー=ロータスの名はすでに街中で評判になっているというのに」

 シドは首を傾げた。

「アレイさんはおれを待ってるんだ」

 ふいにそんな確信がわき上がった。

 何の根拠があるわけじゃない。

 でも、もうそれ以外の理由が思い浮かばなかった。

 おれはアレイさんに会いに行ってもいいんだ。

 あの時、無情に閉じた扉の向こう、アレイさんがおれを拒絶したようだった。

 だけど。

 まるで緊張の糸が切れてしまったみたいだった。

「よかったぁ……」

 へにゃへにゃ、とその場に崩れ落ちたおれに、慌てるシド。

「だ、大丈夫ですか?」

「うん、平気」

 シドのベッドにもたれかかるようにして。

「ねえ、ヤコブ。いまから踊り子審査の名前『ラック=グリフィス』に変えちゃ、マズいかなあ?」

「やめとけ。『アレイスター=クロウリー』の名前が出てきた以上、その名前はどう考えてもマズいだろ」

「むーん」

 唇を尖らせて床に足を放り出した。

 そのままごろり、と床に転がってしまう。

「グレイス、はしたないからやめなさい」

 ルゥナーがたしなめたが、どうにも止められそうになかった。

 ただこうしているだけで口元がゆるんでしまう。

「えへへー」

「もう、起きなさい!」

「やぁーだぁー」

 後ろでアウラが、これで23歳か、とため息をついた。

「どうしよ、ルゥナー。すっごい嬉しい。アレイさんがおれの事を待っててくれて、すっごく嬉しいんだ」

 ぎゅうっと自分の体を抱きしめるようにして。

 どうしようもなくあふれた歓喜に身を任せた。

「会いたい」

 目を閉じて、愛しいヒトの姿を瞼の裏に描く。

 胸の奥がずくずくと疼いた。

 会えなかったその分、膨れ上がった感情が湧き出してくる。

「会いたいよぉ、アレイさん」

「……もう、本当に仕方ない子ね」

 まるで優しい母のように、おれの頭を撫でたルゥナーの手の感触が心地よかった。

 床にごろりと転がったまま、えへへ、と相好を崩したおれを見て、ルゥナーは困ったように笑い、肩をすくめた。


 今なら、何でも出来そうな気がする。

 誰にも負けない。

 真っ直ぐにアレイさんの元まで。



 立ち見で人にあふれた舞台は、大盛況のまま千秋楽を迎えた。

 最後の最後まで革命少女リオートを演じ切ったルゥナーに、賞賛の拍手が贈られた。

 そして、役者の存在感自体が問われる難しい役だ、と言われているらしい戦女神フレイアの役をやり切ったおれにも、同じように賞賛が届けられた。

 何より、戦女神という役どころは、『踊り子』を目指すのにぴったりだったらしい。

 革命少女を演じたリオートと、人気自体は二分していたのだけれど、『踊り子』審査で応援すると言ってくれるヒトたちは、おれの方がずっと多かった。

 とっても嬉しい事だけれど、とても不思議でもあった。


 『踊り子』の審査は、明日から始まる。



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