--- はじまり ---
この作品は「LOST COIN」シリーズの「第二幕・放浪編 第二部」にあたります。
ここから読み始める事もできますが、もしよろしければ「第一幕・滅亡編」からどうぞ。
「LOST COIN」シリーズまとめページ↓
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ブログ「また、あした。」
http://lostcoin.blog.shinobi.jp/
4年前、戦争が終結した。
悪魔を崇拝するグリモワール王国と、天使を崇拝するセフィロト国との凄惨な戦の末、グリモワール王国はディアブル大陸から姿を消した。
グリモワール王国は滅びた。それは事実だ。
でも、悪魔を信じる人々が滅びたわけじゃない。崇拝する心が滅びたわけじゃない。悪魔たちが滅びたわけでも、魔界が滅びたわけでもない。
それはおれの身内に巣くう多くの悪魔が証明している。
いつか、悪魔の王国を再建するためにおれたちは旅だった。
必ず力をつけて帰る事を約束した。
だから――
「感覚を研ぎ澄ませ……そうだ。お前なら出来るはずだ」
耳元に囁かれた言葉に、全神経を集中した。
周囲の木々のざわめきに溶け込んだ4枚翼の天使の声は、静かにおれの感覚と同調していく。
穏やかな自分の鼓動が聞こえる。風が肌で感じられる。目を閉じているのに、周囲のヒトたちがおれを見ているのが分かった。
背後のウリエル、そして見守っているルゥナーとモーリ、そしてアウラ。
「お前が望む気配を探るんだ、黄金獅子の末裔。俺様が援護してやる、心配すんな」
体の隅々にまでアガレスさんの力を充たしていく。
そして、全身で気配を読んだ。
孤高の伝道師たる異名を持つ4枚翼の天使の援護を受け、再び軍神アレスの居城の中に感覚を侵入させていった。
「お前の中にある血を探せ」
おれの中の血――戦場で一度死んだ時に俺の中で混ざり合った魔界の剣士マルコシアスの血。
世界中で一番大切なヒトと同じ血。
その中にある気配を探るうち、背後にいるはずの天使の気配は遠ざかっていった。
居城全体が不思議な香りと不思議な気配に満ちている。
悪魔とも天使とも違うこの気はきっと『オリュンポス』が召喚する精霊の気配なのだろう。
その流れの奔流にのみ込まれぬよう、よく知る悪魔の気配を探していった。
どこにいるの?
その時、左腕に痛みが走った。
ラースが反発している。
こっちだ。
忌み嫌う悪魔の左手が、相反する片割れのもとへと導いてくれる。
痛みで分散しそうになる意識を保ち、少しずつ居城の深部へと意識を進めていく。
以前にこの場所を覗こうとした時には、軍神アレスらしき人物に弾かれてしまった。
しかし、今度はウリエルがついている。
孤高の伝道師の気配は感じられなかったが、何かに守られている感覚があった。
大丈夫だ、お前なら出来るだろ? と軽く言った天使の赤い瞳を思い出す。
真っ暗闇で両手を伸ばして探るように、少しずつ悪魔の気配の根源へと近づいていく。
左腕が痛い。
きっと、こっちだ。
分厚くのしかかってくる軍神アレスの気配に逆らうようにして進んでいった。
もう、近い。
最期に別れてから焦がれ続けた悪魔の気配がほんのすぐそこにある。
もう少しで、感覚に触れる――
「アレイさんっ」
叫んだ瞬間、感じていた気配が霧散した。
ばちん、と大きな音がして脳髄が揺さぶられ、その反動で感覚が手元に戻ってきた。
頭ががんがんする。
ふらりと傾いだ体を、ウリエルが後ろから支えてくれた。
「よーし、よくやった」
ウリエルはおれの頭にぽん、と手を置いた。
「見つけたな?」
「……見つけた」
不思議な気の流れの気配の中で、ひとつだけよく知る気配があった。
「いるよ、アレイさん。あの中に。マルコシアスさんも一緒だ」
軍神アレスの力がおれの感覚を邪魔していたからひどく分かりづらかったけれど、確かに感じ取った。
「ありがとう。居城の中は軍神アレスの体内みたいだった。きっと、あの中で気配を探るなんて一人じゃ無理だったよ」
「いんや、俺様はちぃっと手助けしただけだ。あとはお前の力だヨ、黄金獅子の末裔」
目の覚めるような金髪に、長い前髪の間から覗く深紅の瞳。そして、漆黒の神官服――孤高の伝道師ウリエルは、背に広げていた4枚の翼を消した。
そして、よろけたおれを半ば抱えるようにして、地面に座らせた。
一息ついて今度は自分の目で軍神アレスの居城を見下ろした。
この高台からは軍神アレスの居城がある都市ミュルメクスが一望できる。都市の中央に構えた白壁の周囲に積み木を重ねたような都市が放射状に広がっていた。太陽の光が反射して眩しいくらに輝く家々にはそれぞれ小さな窓があり、夜になるとこの街はまるで星空のように輝くのだ。
「アレイさん、マルコシアスさんを召喚してるみたいだった……何でだろう、いったい何があったんだ……?」
「悪魔の召喚を外にもらさねェほどの結界はってやがるのか」
ウリエルの淡々とした声が、不安を掻き立てた。
「……本気だな」
何故か唇の端に笑いをのせたウリエル――神父のヤコブ=ファヌエルは肩をすくめた。
千里眼を持つこのヒトは、いったい何を考えているんだろう。おれよりずっと多くのモノを見て、ずっと多くの声を聞いているこのヒトはいま、いったい何を知っているんだろう。
おれに、いったい何をさせるつもりなんだろう……?
今でも、皆に何かを隠しているような気がしてならなかった。
「あのさウリエル」
「その名を呼ぶなっつってんだろ。俺様の名はヤコブだ」
「……ねえ、ヤコブ。何を考えてるの?」
「んあ?」
「おれたちに何をさせるつもりなの?」
「何だ、それ。炎妖玉の息子を助けたいっつったのはお前だろ?」
「んー、それはそうなんだけどさ。それに、ヤコブがそのために助けてくれてるってのも分かるんだけど……なんか違うんだよ」
そう言うと、ヤコブは金色の髪の間から深紅の瞳をちらつかせて笑った。
「何言ってんだ、黄金獅子の末裔。俺様は天使だから嘘はつかねぇヨ」
「嘘はついてないと思うよ? でもね、何だろう、何かさ、おれに隠してない?」
そう尋ねたが、ヤコブは肩をすくめただけだった。
ヤコブがおれの力になってくれているのは本当だし、おれに危害を加える事もないだろうと思っていた。だからヤコブが何かを隠しているのが不安ではないのだけれど、ただほんの少し引っかかった。