7話 敬愛、責務
顔合わせから数分が経った。今思えば、ここには騎士と姫という身分差とはいえ若い男女二人。良いのだろうか、姫が襲われる可能性だってあるのに。いや、絶対そんなことしないが。不敬だから!
「見てくださいよリゼル! この国の政治の本、すっばらしいと思いません⁉︎」
「そう、ですね。こんな発想は多分、フィシリーフ国にはないかもです」
「でしょう⁉︎」
この彼女専用の図書室は案外広く、姫の護衛だから入れる貴重な経験だ。数分前、シウィアに「好きな本の内容を、見せてくださいませんか?」と恐れ多くも尋ねたら、思った以上の熱量で本をペラペラ捲り、それを突っ立ったままのリゼルに見せていく。
(でも、姫様が楽しそうなのは良いな)
もう自分は、シウィアをとっくに敬愛しているのかもしれない。だが、それでも表情は変わらない。もう病気なのでは、と自分でも疑ってしまうほどだ。家族なら、表情が豊かになれるのに。
「あと、この帝国は竜が国旗に乗っているため竜の信者が多いんです!」
なんて、そんな政治にも関係のないところまで手の届いている彼女は、本当の読書家だ。そう言えば、リゼルも詳細が書かれている分厚い本を時間も忘れて一日で読み終わってしまった。実は、自分でも気付かずにリゼルも読書家なのかもしれない。
「…………姫様」
「あとあと———ん、なんですか?」
キラキラした目を元に戻し、まだ興奮を抑え切れない様子で首を傾げるシウィア。止めてしまったことを申し訳なく思いながらも、リゼルは深呼吸して申し上げた。
「姫様の他の護衛騎士にも、この場所に招待しましたか?」
「え? …………私の騎士は、貴方だけですよ?」
「……………は?」
思考がストップする。
姫を護衛する近衛騎士がリゼルだけの訳がない。頭上に疑問符をたくさん、たくさん浮かべていると、無表情にも関わらずリゼルの心境を悟ったシウィアが苦笑する。
「私は、嫌われているんです」
「? そんな、馬鹿な」
思わず溢れてしまった言葉に、シウィアは寂しく微笑む。やってしまったと腰を深く折り「申し訳ありません」と謝れば、「良いんですよ。仕方ないです」とシウィアは腰を深く折っているリゼルの顎を両手で包み込み、優しく上を向かせた。リゼルもそれにならい、姿勢を正す。
「リゼル。貴方、大層うちの侍女たちにモテているようですね」
「え、モテ、モテている、のでしょうか」
「えぇ、それはもう。私の着替えの手伝いなど忘れて、貴方の話ばっかですよ」
それは良いのだろうか。仕えている王女の世話を忘れて、恋の話に花を咲かせるなんて。せめて、姫の着替えなどを行なっている時にシウィアに語り掛ける風にして喋れば良いのに。
「それで、私の護衛がリゼルになると知った時の彼女たちの顔といったら。とても喜んで、初めて私に感謝したんです」
穏やかに微笑むシウィアの瞳には、何か寂しさが滲み出ていた。
そしてリゼルの方を振り返り、言うのだ。
「………これで分かったでしょう? 私は国民に嫌われているんです、貴方とは違う。頑張ってますよ、皆のためになるのだって、政治の本や世界史を読んでどんな風にこのフィシリーフをよくできるか、それを研究してるんです。もちろん、行動だってとってます………」
「ひめさま」
微笑みながら言う姫は、本当の女神のようだった。
だが、シウィアからは予想外の答えが返ってきた。
「でも、私は皆のために勉強する。行動しているとはいえ、それは国民には見えない部分のところで役立ってるだけ。いつか絶対、大きな成果を出して、国民のことを優先させたいんです」
「何故、それほどまでに?」
つい問い掛けると、シウィアは微笑んで答えてくれた。寂しいという感情はもう瞳にはなく、強い決意が浮かんでいた。
シウィアは口元に人差し指を添え、妖艶に微笑んだ。
「———国民は国の宝。宝を守るのは、王女としての責務でしょう?」
その言葉を聞き、妹のフローラや両親を思い浮かべた。
家族、王女を守るのもまた、近衛騎士の責務だ。




