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6話 美しく強い姫様

 国王の従者に案内されたのは、一階にある『王女殿下の図書室』という大きな部屋だった。そこは多分、普通の者は入れない王女だけの図書室なのだろうと悟る。

 従者がコンコンとノックしても、入室を促す声は聞こえてこない。……にも関わらず、従者は「失礼します」とも言わずに勝手に扉を少しだけ開けた。


「あの、良いのですか?」

「良いんですよ。……どうぞ、お入りください」

「は、はぁ……」


 どこか従者の様子が変だ。扉を睨み、リゼルに入室するように促す。だが、入らなかったらそれはそれで従者の機嫌を損ねる気しかしないため、リゼルは素直に図書室に入室した。従者は「ではこれで」と言った後に、リゼルの返事も待たないですたすたと早足で行ってしまった。


「?」


 首を傾げるも、すぐに姿勢を正し深呼吸を一つ。


「失礼します、王女殿下」


 きちんと断りの言葉を付けて、リゼルは入室した。

 そこは一面本。図書室だからそれは当然なのだが、よく見ると本の全てが数多の国の歴史や、国に役立ちそうな政治の本だった。


「……………」

「…………………………」


 天井まで届く本棚に囲まれた部屋は、それでも広かった。扉から真っ直ぐ行くと、金の窓枠に嵌められた淡い色合いのステンドガラス越しに日光が部屋に注がれていた。その日光が丁度届くところには、丸テーブルと、隣には座り心地の良さそうな椅子。

 その椅子に座っている女性は、ポロンポロンと奏でていた。


(……ハープ?)


 床につけて奏でるほど大きなハープではなく、手で持てるほどの、まるで女神からの贈り物かのような真っ白なハープだ。

 それを奏でている女性は王女、シウィア・フィシリーフ殿下だろう。

 リゼルはその優しげな音色に耳を傾けながら、深呼吸をもう一度。


「シウィア様」

「…………………………」


 声を掛け、窓から視線を扉の前に立っているリゼルに向けたシウィアは、その可愛らしく意志の強そうな目を大きく見開いた。

 夜空をイメージさせる紺色の髪の毛先には僅かに薄紫が混じっている。そして透き通る、天の川をそのまま移したかのような群青色と薄紫の瞳にはしっかりと光が宿っていた。


「貴方は………?」

「お初にお目に掛かります、王女殿下。私はリゼル・アリーラ。先日、姫様の護衛騎士に任命されました」

「護衛騎士? ……あぁ、そう言えば言っていましたね」


 ハープを奏でるのをやめたシウィアは、座ったままリゼルに向き直る。

 そして、頭を下げた。


「———っ!!!?」

「初めまして、リゼル。私はシウィア、この国の第一王女です。宜しくお願いします」

「よ、よろしくおねがいします。………頭をあ、上げてくださいませんか」


 丁寧に、しかし焦りも含んでリゼルは願った。シウィアは言う通りにしてくれて、「はい。分かりました」と言いながら頭を上げてくれた。王女が近衛騎士に敬語は、あまりにも。


「あの、殿下」

「殿下なんて。気軽に呼んでくれて構いません」

「いえ、そういう訳には……では、姫様、と」

「はい」


 姫様と、少しだけ堅苦しい言葉を取ったような呼び方に変え、納得してもらう。シウィアは頷き、「顔合わせ、でしたか」と呟いた。


「はい」

「ですよね………では、詳しく私のことを教えます」


 そう言った後に、シウィアは自分のことについて話してくれた。


「好きな物は本、その中で最も好きな物は………世界史や政治の本、ですね。好きな食べ物はありません、苦手な食べ物もないです」


 食べ物は平等に、ということか。リゼルも同じなため共感が持てる。だが王女相手に「私も同じです」なんて俺を私に変えていても不敬な気がするため言わない。心中、共感して頷いとこう。


「そうですね………あとは。好きなことは、読書、ハープを奏でることです」

「先程、奏でていましたね。読書も、専用の図書室がありますね」

「はい。だ、大好きなんです」


 少しだけ照れたように視線をリゼルから外す彼女の頬は火照っていた。

 そしてリゼルは思う。


(良いことなのに、どうしてそんなに、気まずそうにされるのだろう………)


 このハープは近衛になった際、部屋にあった本に記されてあった。シウィアがリゼルと話している時も大切そうに抱えているハープは、女神の贈り物と本には記されてあって、それから代々王家に生まれた姫に渡しているとも書かれてあった。


(だから、こんなに大切そうに)


 自分ごときが触れてはいけないなと、リゼルは思った。


「では、私も」

「え?」


 首を傾げられても、主が自己紹介をしてくれたのに自分がしないのはいけないだろうし。片手を胸に添えて、リゼルは自己紹介を行う。


「好きな物は……強いて言うならば剣」

「わぁ。リゼルは、とても強いと御父様からお聞きしました」

「………それは、光栄です」


 未だに自分の功績が何なのか分からないが、取り敢えずこう言えば良い。思い返してみても、自覚が足りないため全然分からない。これからシウィアを護衛するには、無自覚は色々なところで致命的なミスを犯してしまうだろうし。


「ふふ、続きをどうぞ」

「はい。………好きなことは手合わせと、剣を磨くことでしょうか」


 剣を磨けば、心の清めに繋がる。少なくともリゼルはそうだ。掃除好きな人が『掃除すれば心も綺麗に!』と言うのと同じである。好きなことは手合わせ、と聞くと王城にいる侍女らは怖がるだろう。だが、自分の今の実力を試せる手合わせは、リゼルにとってとても好きなことだった。


「あと、姫様と同じで好きな食べ物も苦手な食べ物もありませんよ」

「っ! 同じ、ですね!」


 因みに、シウィアは十五歳でリゼルより一つ年下らしい。一つや二つの年の差など関係ないので、気軽には絶対に、絶対に不敬なので無理だが、シウィア()()気軽に話し掛けてくれるようになると良いなと思った。

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