4話 近衛騎士団長
部屋から出れば、王城の廊下が目に入った。ここは最上階の王の部屋がある場所。近衛の部屋もそこに護衛としてあるから、何か王が眠っていると思うと緊張する。だが、そんな感情も顔に出さないで、リゼルは近衛の服に着替えて廊下を歩いた。
(綺麗だな)
そう感想を抱いてしまうのは仕方ないだろう。大きいとはいえ使用人がいない大きな家は汚れは絶対あるし、小屋は自分で掃除するような形だった。だが、王城はどうだろう。使用人が活き活きと掃除をして、時折すれ違う侍女たちが自分のことを見てくるのは別として、綺麗に掃除されている。
「ねぇ、見て。リゼル様よ」
「騎士からたったの二年で近衛になったそうよ。凄いわよねぇ………」
「しかも、平民であの顔立ち……! 狙えるかもしれないわ」
会話からリゼルと同じ平民と思われる侍女二人が、自分を見てコソコソ頬を染め見惚れながら話している。うっとりと、しかしこちらに聞こえるように。実を言うと、悪意、敵意の視線よりも好意の視線の方が多くあるのだ。騎士は悪意がある者はいるが殆どは尊敬の目、侍女は恋する乙女の目。
だが、尊敬してくれるのは嬉しくて喜ばしいことだが、ああやって「格好良い」「チャンスがあるかも」とコソコソ話をする乙女たちに好意の視線を向けられるのは、なんだか落ち着かない。
(恥ずかしい、んだと思う。きっと)
昔からそうだった。落ち着かないというのは、好意の視線を向けられて羞恥が勝つからだ。村でも母の知り合いの女性たちに「息子さんとってもかっこ良いわねぇ」と言われると薄ら頬が染まる。今だって、顔は反射的に無表情になってしまうが薄らと頬が紅潮している。
「……………ここか」
回廊を渡り、そのまま廊下を少し進むと木で造られた扉があった。そこの横には近衛隊訓練場、と書かれてある素朴な看板が立っている。
「よしっ………」
七時よりも早く来た。だから誰も居ないはず。そう思いながらリゼルは呼吸を深く吸った後に開けるのが少し苦労する扉を開けた。
近衛訓練場は、当然騎士よりもレベルが高い訓練を受ける。そうじゃないと王族を守れないからだ。そこには、それに見合った道具などがあった。どうやら、木剣があるようだ。剣は必要ないと思っていて持ってこなかったのは、どうやら正解だったらしい。
「流石に、早く来すぎ………?」
ボヤァっとしていると、リゼルの問いに答える者がいた。
「そうだな。今はまだ六時四十二分だ。早過ぎる」
「———————っ⁉︎」
思わず距離を取る。素早い動きで距離を置いた。
それを見て、リゼルと同じ近衛の隊服を着ているの男は目を見開いた後に、堪え切れないとばかりに「ふっ」と面白そうに噴いた。
「いや、驚かせる気ではなかったんだ。許せ」
「…………近衛騎士団長、でしょうか」
少し警戒しながらそう呼ぶと、彼は「あぁ」と力強く頷いた。
近衛騎士団長は、詳細が書かれていた本に絵姿と性格が載ってあった。くすんだ肩まである茶色の髪は低い位置で一つ結びにして、漆黒の瞳は力強く相手を見据えている。
「失礼致しました。反射的に避けてしまう、悪い癖です」
「いやいや。近衛としては良い癖なんじゃないか? ………お前が、新入りか」
「はい。初対面から、失礼しました」
「大丈夫だ。……確かに、近衛にもただの騎士にもこの顔立ちは居ないな」
リゼルの顔をジッと見詰めて、そうリゼルの顔立ちについて語る近衛騎士団長にムッとする。だが、少し照れくさい。恥ずかしがり屋で、近衛としての才能もある彼は本当にモテるのだろう。だが、王城にいる皆はリゼルが照れ屋ということを知らないようだ。
「それは、褒め言葉と受け取っても良いですか?」
「もっちろん。どうだ、手合わせといこうか」
誘われて受けない気はない。入隊初日に近衛騎士団長と勝負しようと、リゼルは無表情よりも少し決意した顔で頷いた。
近衛騎士団長の名前はヘンリーというらしい。細身で長身、しかも剣も扱えるとなれば、それは侍女たちに人気が出るだろう。
「そういえばな、最近、王宮の女性たちがリゼルと俺どっちが好みかみたいなことしてるそうだぞ。リゼル、お前本当に顔が良いからぁ………人気なのも頷ける! しかも近衛に二年で昇格だ」
リゼルを褒め称えるヘンリーは、何故かリゼルは顔が良いというところで納得しているようだった。少し照れ臭く、ただ落ち着かない複雑な気分が自分を襲う。詳細の書いてある自室にあった本に書いてあったが、ヘンリーも平民上がりらしい。騎士から近衛騎士に昇格したのは騎士になってから丁度五年目。近衛騎士団長になったのはそれから一年前だという。
「ヘンリー近衛騎士団長、女性方に人気なのですか?」
「何以外そうな顔してんだ。お前もだろう」
「俺……俺は、人気じゃないですよ。だって」
「だってじゃないから、うん。リゼル俺より人気あるからな」
ここまで言われると何も言い返せない。リゼルは木剣を持ちながら固まった。
「そろそろやるか。皆が来るぞ」
「……見られるのはやめて欲しいです」
「リゼルが剣を振るの見たら皆、褒め言葉しか出なそうだがな」
「やめてください。そういうの、慣れてないんです」
「多分俺より剣技の才能がある。近衛になって、もっと訓練するが良い」
「はい」
そう言葉を交わした後、リゼルとヘンリーは同時に踏み出した。木剣がぶつかり合いまた離れる。だが、先に動きを変えたのはヘンリーではなくリゼルだった。
もう一度木剣がぶつかり合った時に、ヘンリーは遠く離れ、リゼルが逆に距離を縮めた。それにヘンリーは目を見開き、面白いと言うように目を細める。
「器用だな」
「どうも」
最低限の言葉を返しつつ、リゼルは距離を縮めていく。それを予想していたかのように、リゼルの攻撃を跳ね返した。
「っ!」
二人の戦いはずっと続き、剣がぶつかり合う音だけが響く。あと数分で何人か先輩である近衛騎士たちが来るだろう。先輩たちに挨拶もしたいなと、リゼルは近衛騎士団長と戦っている時に余裕で考えていた。




