3話 家族からの手紙
朝起きると同時に、ノックする音が聞こえて来た。きっと、こんな早朝だが国王の従者が来たのだろう。リゼルは彼の用事がもう既に分かっていたため、支給された白と黄金色を基調とした輝かしい近衛服に急いで着替えた後、素朴な扉を開けた。
「新・近衛隊士リゼル様。おはようございます」
「………おはようございます」
「はい。では、今日から使っていただく部屋までご案内させていただきます」
堅苦しい敬語を使われ戸惑いながらも、リゼルは「宜しくお願いします」と姿勢を正したまま深く腰を折った。その姿は誰もが見ても見惚れるほどの美という字が似合う姿だった。
〜〜*〜〜*〜〜
近衛の部屋も一人部屋で、王の部屋の横に近衛の部屋がズラァと並んでいる形だ。いつでも時間が掛からず王に近い場所が、護衛対象の自室の横。だから近衛の部屋は国王の部屋の横にある。護衛するべき相手が王女であるリゼルの部屋も、王の部屋に近い場所にある。
「こちらが、貴方様の部屋でございます」
「ありがとうございます」
「詳細は部屋の机の上に本が置いてあるため、それをご覧ください。では」
「はい。改めて、ありがとうございました」
従者は役目を全うしたと、リゼルの元を離れ階段を下って行く。国王の執務室へと向かっているのだろう。とても仕事熱心な従者だ、国王の人を見る目は確からしい。
「………入るか。落ち着ける部屋だと、良いな」
そう呟きながら、リゼルはあまりにも平民には慣れない豪華な扉を開ける。入室すると、そこにはあの小屋の倍は広い部屋があった。近衛というだけでこんなにも部屋が凄いのは、うちの国だけだろうなとリゼルは思った。
(机の上にある本………あれか)
リゼルは部屋を一瞬ボーッと眺めたが、すぐに本のあるそれはまた豪華な机の元に早足で向かった。
「重い……」
(詳細と言っても、何が書かれて………)
ずっしりとした分厚い本を読むために、本当に自分が座って良いのかと思いながらも椅子に座る。座り心地の良い椅子だった。
本を机に置き、一ページ目を開く。そこには、まず注意事項が書いてあった。
(不敬な言動や、王族の方に自分からは話し掛けないように、か。それを守らなければ、近衛失格じゃない………?)
まだある注意事項を一通り読み終われば、次のページを開く。紙を捲る音だけが、この部屋に響いた。今日は休みを貰っている。二日連続休日だと逆に暇になってしまうが、この本を読み終わるだけで今日が終わるからだろう。
そして、数時間後。読み終わったが見事深夜になった。
「……………朝じゃなかった?」
全てこの本に書かれている内容を頭に入れて、リゼルは自分がそれほどに集中していたことに驚きつつもクローゼットの中に用意されていた寝間着に着替えてベッドに横たわった。
(明日は、朝の七時に近衛専用の訓練場に………)
そこで、リゼルの意識は途切れた。
〜〜*〜〜*〜〜
「…………めっちゃよく眠れた………」
ピヨピヨと小鳥の囀りを聞き目を覚ましたリゼルの第一声は、これだ。本当に、よく寝れた。一騎士だった、小屋に住んでいた時のベッドよりも寝心地が良かった。近衛と普通の騎士の差が凄いと思ったが、思えば近衛はそれほどの実力を持つ者がなるものということだ。ということは、自分の剣技も国王に認められたということで。
(………嬉しい)
相変わらず表情は変わらないが、内心ではそう思っている。
二日連続で休日を過ごしたため、今日の予定は詰めていきたいと思っている。まだ近衛になって一日も経っていないリゼルには、仕事は回らないだろう。逆に雑用係にされるかもしれないが。
「リゼル様。お目覚めでしょうか」
ノックがし終わったと同時に、昨日とは違う者がそう扉越しに尋ねてくる。近衛になっただけで、そんな丁寧に扱われるのはなんだか慣れない。自分は平民で、王族でも貴族でもないのに、と。だが、平民とはいえ騎士の家系だからだろうか、丁重に扱われている理由は。
「起きています。何か、御用でしょうか」
「はい。………失礼します」
自分の従者でもないためリゼルの方も敬語を使いながら、用を聞く。近衛といえどもただの騎士だ。毎朝こうやって訪ねてくる訳でもないのだろう。国王の従者のような彼は、断りながら入室して来た。
「こちら、御妹さんからの手紙です」
「フローラからの………? あ、ありがとうございます」
「はい。では、私はこれで」
用が済むと、彼は退室して行った。
(今は……、六時五分か。読む時間はあるから、読もうかな)
近衛初の訓練は場所も違うため少し早めに出ようと決めてから、リゼルは平民が持っているものよりも少し綺麗な封筒の封蝋を手で取った。
手紙には、近衛就任の祝言の文と、自分はどうしているかが綴られていた。
『新・近衛様、リゼルお兄ちゃんへ。
お兄ちゃんが騎士になって、僅か二年! 僅か二年で近衛になるのはお父さんとお母さんから、めっちゃ凄いと聞いたよ! 今はお兄ちゃんは十六歳だね。私はあともうすぐで十二歳になるよ。できれば、日がズレても良いからお祝いに来て欲しいな。
リゼルお兄ちゃんが近衛になって護衛をする方は、お姫様なんだよね! お父さんから聞いたよ! ふふん、うちのお父さんなんでも知ってるよね! わぁ、凄い‼︎』
賑やかな手紙でフローラは何も変わっていないなとリゼルは思いながら、手紙の続きを読んだ。
『私はお母さんとお父さんといつも通りに暮らしてるよ! 最近は乗馬にもハマって来たんだぁ。お兄ちゃんも、暫くは近衛の仕事とか覚えるのに忙しくて無理かもしれないけど、偶に帰って来て私と一緒に乗馬しようよ!
私は最近始めたばっかだから、騎士として二年乗馬をやってるお兄ちゃんに教えてもらいたいな!
あっ。お城でタイプの女の人がいたら教えてねっ! 相談乗るよ! リゼルお兄ちゃんの唯一の妹、フローラより』
まったく、と呆れながらも、なんだか緊張がほぐれたような気がした。今日の予定は、近衛の仕事を覚えることを中心として、雑用でもなんでもやろう。
近いうちに王女との顔合わせを行うそうだが、緊張する。




