2話 今日で終わり
「はい、次顎クイ!」
「……………あご、くい? 何それ」
「え、リゼル顎クイ知らんの⁉︎ だれかー、顎クイできる人〜!」
同僚の一人が持って来た『イケメンにして欲しい行動』という本を、イケメンであるリゼルは同僚たちにやらされていた。顎クイ、ということをリゼルは知らないため、同僚たちが見本を見せてくれる。もちろん、同僚たちが嫌がるため男同士ではなく『こういう感じ』というのだ。そのため、顎クイというのを見せられても分からない。
「ごめん。違うので良い?」
「あぁ、良い良い。じゃあな………台詞で!」
「うん。良いよ」
いつも通りの表情で、リゼルはなんてことないという風に頷く。だが、それは思ったよりも衝撃的な言葉だった。
「これ!」
ニカッと同僚が本のページを見せて来た。そこには……。
(………『君を愛している。本当に信じられないくらい』………………?)
「は?」
思わずそう、低い声で呟いてしまった。同僚たちも「どれどれ?」「見して!」と本のページを読み、読み終わればギャハハと笑っている。思わずだが、本当に思わず睨んでしまった。仕方ないと思う。
「これ、俺だけがやるって酷くない……?」
「平気っしょ! ずっと無表情なんだから、これくらいいけるいける!」
リゼルは同僚たちの後押しに負け、演技のかかった声で台詞を読む。
その耳と頬は火照っていて、言い慣れていないことが窺えた。
「『君を、愛している。本当に……信じられないくらい』」
「うっわぁ〜〜〜! 破壊力やべぇ!」
「こんなの城の女たちが聞いたら倒れるでしょ!」
そして、「次これな!」という言葉にリゼルは気が遠くなるのを感じた。
〜〜*〜〜*〜〜
「じゃーーなーーーー!」
「うん。今日はありがとう、楽しかった」
「それは良かった!」
もうすっかり夜になり、流石に皆も自分たちの小屋に帰って行く。彼らを玄関まで見送り、同僚たちの「明日からまた厳しいあの鍛錬!」「うわ最悪ー!」という言葉が遠くなるのを聞き、リゼルは椅子に座った。
「静かだな………」
そう一人呟くと、この静かな部屋によく響いた。同僚とも言えるし友人とも言える彼らがこのリゼルの小屋を去った後、どこか寂しく感じる。
ベッドに立て掛けている国王から今日あの謁見の間で渡された、近衛騎士だけが使える白と金を基調とした剣だ。剣と同時に、同じ色を基調とした盾も貰った。
「…………綺麗だな」
思わず剣と盾を持ち、盾を構えてその後に隙のない動きで剣を振る。持ちやすく、振りやすい。盾も防御力が高いようだ。
父に言われた言葉を口にする。
「近衛は、己の身分のためになるものではない。王家への忠誠心を忘れない」
(………いや。王家の忠誠心は言われなくとも消えない)
尊敬するここフィシリーフ王国の王族のためならば、この首をも捧げよう。そう思えるくらいには。リゼルは、幼い頃からの近衛になるという夢を騎士になって僅か二年で叶えられた。嬉しくて、堪らない。
リゼルは今日鍛錬が休みだったのもあり、動きたくてウズウズしている。
近衛の剣と盾を取り、リゼルは剣を振った。
「ハッ! フッ、ハァッ!」
もちろん、物から離れたところで振っている。
隙のない動き方はもちろん、相手の攻撃を避けた後の攻撃までも完璧だ。
「………っ、ふぅ……」
剣を振っているうちに、もう十一時だ。寝るか、とリゼルはベッドの方へ向かう。そして、ダイブして横たわりながら考えた。
(この部屋も、今日で終わりだろうな)
明日になったら、侍従か誰かに城の中にある部屋に案内されるだろう。この王城より離れたところにある素朴な小屋ではなく、王城の中にある王族までとはいかないものの豪奢な部屋。そんな部屋のベッドは、平民であるリゼルは経験したことない。
(そんな豪華なベッドで、寝れるかな………)
そううんうん悩んでいると、いつの間にか夢の世界に入っていた。




