17話 妹の焦燥
フローラはとんでもない困惑と焦りに駆られていた。
兄、リゼルが何処からか飛んで来た矢に左腕を刺されたからだ。頭が良い自分の兄は一目見てその矢の横に付いている瓶の中身がザレンカの毒だと分かったようだ。その言葉を聞き、信じられないくらいフローラは顔が青褪める。
「ねぇ、どうしようお兄ちゃん! 助かるっ……助かる方法ないの⁉︎」
「そうだな………っ、体内に入っちゃってるから………」
猛毒が体内に入れば、リゼルの身体ではあと一時間で死に至るだろう。己の目の前で死ぬリゼルを想像し、フローラは膝から崩れ落ちた。フローラも、まだ十二歳。怖いものは怖いと感じるし、涙腺が刺激されれば泣いてしまいたい。
でも、今は泣くことは許されない。現状、頭を巡らせれば何か思いつく。
(お城に行っている人に助けを求める? でも、お城に行っている人たちは全員……お貴族様って言ってたし………でも、このままお兄ちゃんの死ぬ姿なんて見たくない)
体内にザレンカの猛毒を注入するのは、まだ研究されていない。そして、研究されていないということは猛毒に対抗する薬もないということ。ここで心優しい貴族が居たとしても解毒剤は手に入らないだろう。
(———あっ)
うんうんと悩んでいる内に、フローラは思い付いた。
我が家は、騎士の家系だ。
騎士の家系だが平民。それはフローラだって知っていた。もちろん、我が家が騎士爵を賜っていない理由も。自分たちのひいお爺さんが、騎士爵を断ったのだと言う。だが、それでも王家は何も褒美なしとは出来ず、平民にしては大きな家を与えた。
(お兄ちゃんは近衛で、私とお兄ちゃんの家は騎士を家系)
騎士の家系ということを門兵に言えば、助けてくれるのではないか。薬師を呼んでくれるのではないか。王家だって、剣技の才能が他の近衛よりもあるリゼルを、そのまま見殺しにすることなどなかろう。
「待っててね、お兄ちゃん!」
(私、絶対に助ける)
王城より少し離れた場所にフローラたちは居る。走ればすぐのため、フローラは馬は使わずに己の足で走った。
門には、巨人ほどの大きさの門を守っている門兵がいた。彼らにフローラは「あっ、あの………っ‼︎」と話し掛けた。
「? どうかしたかな、お嬢さん」
「私、リゼル・アリーラの妹です! お兄ちゃんが大変なんです、来てください!」
勢いで言い切り、フローラは門兵二人の顔を窺う。彼らは困った顔をして見合わせ、暫く経った後に小さく頷いた。
「王女殿下を連れて来るから、少し待っていてね」
「うん。大丈夫だから、安心して良いよ」
子供相手に向ける微笑を見て、フローラはパァァと花が綻ぶような笑みを見せた。




