16話 妹との乗馬
父と母の恋愛話に花を咲かせた後、フローラとリゼルは庭にある小さな馬房で馬と触れ合っていた。
フローラの愛馬はコクハと言うらしく、黒い鬣の白馬だ。十一歳の誕生日、父が草原にてそのコクハを捕まえて来てくれたらしい。
「わぁ〜、レホク! 昔より随分たくましくなったね〜」
「ふふ。嬉しそうだね、レホク」
妹の優しい手付きと言葉が昔を思い出させたのか、レホクはフローラの手に己の頬を寄せ、撫でて撫でてと言うように擦り寄った。その様子を見て、リゼルは微笑んでそう言う。リゼルが正式な騎士になってから、愛馬のレホクもただ草原を楽しく駆け回るのではなく、ちゃんとした訓練を行うようになった。それ故に、たくましく見えるようになったのだろう。
「コクハと言ったよね、初めまして。………女の子、だったかな」
初めましてと言い、リゼルはコクハの鬣を撫でてあげる。それが気に入ったようで、コクハはブルルと嬉しそうに首を振った。
すると、フローラがハッと思いついたようにして人差し指を顎に添える。
「うぅ〜ん。じゃあ、目的地は王城前で!」
「分かった。それじゃ、行こうか! レホク!」
リゼルはフローラを伴い、草原へ乗馬に出掛けた。
♢*♦︎*♢
愛馬と草原を走るのは今日で二回目となる。
だが、今は特別だ。これから妹が一人で乗馬が出来るように、馬を走らせながら指摘をしている。指摘しやすいように、リゼルはフローラの後ろを走っていた。目的地は王城で、王城に辿り着いたら指摘はやめて改善されているかを見るのだ。
「この速さだったら、もう少し馬との距離を近付けた方が良いよ。馬も人も、バランスが悪くなってしまうから」
「分かった。他! 他はない⁉︎」
「え? えぇと」
わざと厳しくしてみるも、フローラは全然怯えない。怯えるというか逆に指摘する度に瞳をキラキラさせてリゼルが居る後ろを見る。その想定外の様子に、リゼルは戸惑ってしまう。
「時々、馬を撫でてあげると良いよ。……こんな感じで」
「よしよし、ふふっ。どうかな!」
「う、うん………良いんじゃないかな」
そう指摘をしながら、リゼルとフローラは兄妹楽しく乗馬をした。
♢*♦︎*♢
フローラとリゼルは通行人の邪魔にならないよう王城より少し離れたところで馬を止めた。レホクとコクハはまだまだ走れるようで、尻尾を軽く振って二人を待っている。
「ふふん、どうだった?」
「凄い良かったよ。フローラは昔から飲み込みが早いね」
両手を両腰に当てて得意げにするフローラに、リゼルは頭を撫でて褒める。彼女が飲み込みが早いのは本当で、ルッパク村の学校では学年一位だった。因みに、リゼルとフローラは頭が良い兄妹としても村で知られている。
「でしょでしょ! 私の自慢なの———」
「っ!」
フローラが言葉を紡いでいる最中に、薄ら遠くに見える森の中から何かが出て来た気がする。それはリゼルに向かって素早く空中を走り、すぐに見える距離に近付いてきた。
そして、リゼルが逃げる前に———それは腕に当たった。
「ッ⁉︎」
「お兄ちゃん⁉︎」
僅かに裏返ったフローラの声は、今の現状を表していた。
それが刺さった左腕を見ると、矢が刺さっていた。今はそれを推測するほどの力が何故かない。だが、普通の矢ではないことは分かる。
矢の横には瓶が接着されていて、それは驚くほどに軽い。
そして、その瓶の中に入っているのは———。
「…………」
紫色の、液体だった。
数時間前の記憶が蘇る。王女シウィアと草原に向かい、それを採集した。そして結果、自分の軍手が痛々しい紫色へと変わった、恐ろしい猛毒。
「ザレンカの、毒………」
呟いたリゼルの声は近くにいたフローラにも聞こえた。
「ざ、ざれんか………それって、猛毒でしょ! うそ、うそうそ!」
「大丈夫。……大丈夫だからね」
サァと顔が信じられないくらい青褪めているフローラは、どうするのか狼狽えているみたいだった。周りに大人はいる。だが、その大人たちは全員王城に集う貴族。平民なんて気にも留まらないだろう。
(猛毒を体内に入れている………あぁ。死ぬ、だろうな)
リゼルだって、猛毒を体内に入れても丈夫な身体ではない。
ただ、死を覚悟するしかなかった。




