15話 微笑ましく大切な時
家に帰れば、まずは話をしようとダイニングルームに向かった。王城のように長机をズラァと椅子が囲むのではなく、一つの机に家族分の椅子が並んでいるだけだった。だが、見慣れたそれはリゼルに帰って来たという実感をもたらす。
「ねぇねぇお兄ちゃん。好きな人出来た? 出来た?」
「い……ない。うん、居ないよ」
居る、と答えそうだったリゼルに自分自身も驚く。
両親はもちろん、フローラもリゼルがそう答えそうだったことに気付いていないようで、家族に気付かれないようにホッと胸を撫で下ろす。
「なぁリゼル。後で、手合わせをしないか」
「………! やる、やりたい……!」
「お、お兄ちゃん。めちゃくちゃ食いついてるねぇ」
机から身を乗り出して言うリゼルを見て、母はクスクス微笑ましいものを見るような眼差しを向け、フローラは呆れている。父は、息子が剣術を好きになり夢を叶えたことが嬉しいようで、機嫌が良い。いつか、両親に孫を見せてあげたいなと思った。
「お兄ちゃん。私と乗馬もしようよ!」
「ふふ。うん、良いよ」
「うぅん。じゃあ、乗馬を今やって来て、素振りは夕方にやったらどうかしら」
乗馬は手紙にも書かれていた通り、フローラに教える。乗馬を昼間にやって来たらと提案した母の考えは、ある程度察せれた。きっと、子供二人が草原を駆け巡る予定だと察して、昼間の方が良いと言ったのだろう。素振りは父が一緒のため、夕方でも出来る。
「やった、ふふっ! あ、でもお腹空いてない?」
「そうね。どうかしら? お腹空いていたら、すぐ作るわよ」
「あぁ。その方が良い」
家族が昼食を勧めてくるため、リゼルはその提案に乗ることにした。丁度、お腹も空いていた。
〜〜*〜〜*〜〜
「はい。どうぞ」
「ありがとう、母さん」
久し振りの母の作ってくれた昼食は温かく、皿越しで触れば丁度良い温かさだった。リゼルは、「いただきますっ!」と手を揃えて、家族に見守られる中遠慮なく食べ始める。食堂のご飯も美味しかったが、やはり自分が生まれた時から知っている味は、温かみが違う。
「お兄ちゃん、昔よりも美味しく食べるようになったね」
「そう、かな?」
フォークで行儀良くパスタを食べていると、フローラがそう言って来た。それは意外だったので、リゼルは首を傾げ、逆に問い返してしまった。フローラは満足そうに「うん」と頷いた。
「でも、家族以外には何故か表情筋が働かないから………」
「あぁ〜……昔からそうだよね、お兄ちゃん」
「変わってなかったのねぇ〜」
三人を見て、父が口を開いた。
「だが、リゼルにも大切な人が出来たら、笑顔になるんじゃないか?」
「「「え?」」」
リゼル、フローラ、母の三人が父の方を向いた。
父は気まずそうに視線を逸らし、言う。
「ほら……誰だって、異性を好きになるものだろう」
「あぁ〜! お父さん、お母さんが好き好き大好きだもんね〜!」
「ちょっ、フローラ……!」
揶揄うような冗談を含む声音で言いながら、フローラは父を指差した。父は恥ずかしそうに頬を染め、母の方を向く。リゼルも父の視線を追って母を見てみると、母は乙女のように頬を染めていた。
そして、アリーラ家は暫く両親の恋物語に花を咲かせたのだった。




