12話 草原に咲く毒の花
馬を急に走らせたシウィアを、リゼルも馬を走らせ追いつく。
彼女は追いついて来たリゼルにふふっと微笑んだら、走る速度を上げた。それでもシウィアの愛馬、フォラは余裕そうだ。リゼルの愛馬であるレホクも余裕なので、走る速度をこちらも上げた。
「姫様っ、危ないですよ!」
「さぁ? 少しくらい、王女らしくないこともしたいんですよー!」
すぐに追いつくと、シウィアも諦めたのか馬の速度を少し下げた。リゼルもそれに合わせて下げる。活発な王女様だが、こんな性格の主の方がリゼルは逆に護衛がしやすいと感じていた。
「あっ、あそこです。ザレンカがある場所」
「っ! 姫様、私が前を行きます。貴女は後ろから」
「ふふ。本当にリゼルは忠誠心が厚いのですね。一応王族だけどれ、私は王女扱いされていないのに」
クスクスと笑うシウィアに、リゼルは恐れ多いがムッとする。
(王家にも忠誠心はある。けど、俺が一番に忠誠しているのは貴女だ)
シウィアと出会う前。つまり顔合わせの日よりも前は王家を忠誠していたが、それは王族全体。リゼルは人ひとりに忠誠心が芽生えたことがなかった。だから、今忠誠している彼女は生涯ずっと敬意を示す相手になるだろうと、リゼルは自分のことながら感じていた。
「———そのため、分かってないんです」
「っ、え?」
ポカンとしていた。失敗だ。
でもシウィアは聞いていなかったリゼルを怒ることはせず、笑ってもう一度話してくれた。本当に魅力的なお姫様だ。
「クスクス、貴方が聞き逃すなんて意外です。もう一度、言いますねっ」
「…………申し訳ありません。お願いします」
その忠誠を誓っている相手の話を聞き逃す失態を、と自分を恥じて自分に苛立ちばがらもお願いする。
「———ザレンカはフィシリーフ王国でしか咲いていないとはいえ、自国でもあまり栽培に成功していません。成功したとしても、それは両手で数える程度」
真剣な眼差しで、少し曇った顔をして語るシウィア。彼女の言ったことは事実で、この国でしか咲いていないとはいえ、それでもザレンカは猛毒があるというのもあり、栽培が難しいと植物研究者の間では囁かれている。
「栽培に成功しないとその花自体の研究も出来ない。なので、ザレンカは花弁以外の部分に毒があるのか、ないのか分かっていないのですよ」
少しだけキラキラ瞳が輝いていたシウィアの話を真面目に聞き、リゼルは「なる、ほど………」と納得する。
「ふふふ。なので、今からそれを研究します」
「はい。………軍手を持って来たので、私がお持ちします」
ザレンカは茎を千切ったことすらない、とても丁重に扱われている植物だ。自然の毒はそれほどに恐ろしいと皆感じているからこそ、まずは栽培方法から研究している。
「あっ。でも、貴重な花を千切っていいのでしょうか」
「国王陛下から言われた公務なんでしょう? なら大丈夫です」
シウィアの公務は娘を想う父からの命令とも言う。愛娘に猛毒の花と言われるザレンカの研究を急かしているのは気に入らないが、それでも王家への忠誠心は消えないため、その言葉を口にはしなかった。
「………よしっ。では、千切りますよ」
「はい! お願いします!」
少し怖そうだが、それをも吹き飛ばす明るい声でシウィアは言った。頷き、リゼルは軍手越しにザレンカの茎をぷちっと千切った。
そんな時だった。
茎の中から紫色の液体が流れて、地面に垂れた。
「———っ⁉︎」
「リゼル! 手を離して!」
地面に垂れた液体は、次々と緑溢れる草花を痛々しい紫色へと変えていく。花弁も、茎も、危険だったのだ。
リゼルはシウィアの命令通り、反射的に手を離す。だが、そのせいで草へポトッと落ちてしまい茎から溢れ出る液体を地面に全てつけてしまった。
「っ、早くこれを回収しないと」
「姫様、おやめください! 私がやりますので」
「…………っ。では、この瓶に液体を入れてください……!」
シウィアが肩から下げていたショルダーバッグの中から出て来たものは、空の瓶。ザレンカの資料集の他に空の瓶も入っていたらしい。実験するため、ザレンカを回収するためのものだろう。リゼルは有難くお借りした。
軍手も紫に染まりつつある。これではあともうすぐで、リゼルの手も毒に触れるだろう。その前にリゼルは液体を出来るだけかき集め、外に漏れないよう瓶に入れた。そしてすぐに、瓶の蓋を閉めシウィアに渡す。
「あ、ありがとうございます。ごめんなさい、何にも出来なくて」
「良いんですよ? 私は貴女の近衛ですから」
シュンとする彼女に、リゼルはそう言う。
そろそろ帰らなくては、とリゼルは思いながら己の手に猛毒が回ってこないうちに軍手を急いで外す。
「では、帰りましょうか」
「そうですね。リゼル」
手を差し出して、シウィアをエスコートする。彼女はクスクス笑いながらもその手を乗せてくれた。そして、先程のハラハラした雰囲気とは打って変わり、穏やかな空気を纏っていた。




