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9話 二人しか知らない出来事

「公務の内容は、お花の研究ですね」

「花の……研究ですか?」


 シウィアに彼女の自室で聞かされた公務の内容は、花の研究だった。本を漁ったり、この緑豊かなフィシリーフ王国の草原に行き、実物を見たりと忙しいらしい。シウィアは疲れたら言って良いのでと言っていたが、近衛であり王女の護衛騎士としてそんなの言えない。


「はい。主に、ザレンカという花についてですね」

「ザレンカ…………はい? ザレンカ?」


 シウィアが何でもないという風に言って退けた花の名前は、ザレンカ。フィシリーフ王国にだけ咲いているという貴重な花。だが、交渉の場には持っていっては絶対にならない。

 ザレンカは、真っ白な花弁に少し薄桃色が混じっている可愛らしい花だ。それにこの国以外に咲いてはいない。そのため相手国に主に王女がいる場合、交渉にはとても役立つ代物だろう。


(でも、ザレンカは………王女が触れて良いものじゃない)


 そのザレンカには、花弁に猛毒がある。花弁を一度でも触れば、その触ってしまった指などが痛々しい紫色に染まってしまう。確実に。

 流石のリゼルも、顔が青褪めた。


「大丈夫です、リゼル。第一王女という身分なのですから、これくらい当然」

「ですが、第一王女は民が守らなければいけない存在です」

「その王女が、国民に嫌われていても?」

「はい」


 即答したリゼルを見て、シウィアは目を見張る。リゼルが言い淀むと思っていたのだろう。だが、リゼルは王族がどれほど尊い身分か、守らなければならない存在かをキチンと理解していた。


「貴女は尊い方だ。それを、民の大半は出来損ないと侮辱している」

「………でも、お兄様の方が尊いわ。王太子だもの」


 シウィアには、第一王子の兄がいる。リゼルよりも二つ上の十八歳のため、シウィアにとっては三つ年上の兄だ。


(姫様は、何か勘違いしている)


 唇をキュウッと結び、拳を握り締める。


「身分じゃありません。貴女自身です」

「私自身ですか?」


 身分よりも大切なものだってある。リゼルの大切なものは、主であるシウィアだ。だからリゼルにとって、誰が何と言おうともリゼルの尊いものはシウィア。


「姫様。私の大切なものは、仕えるべき主のシウィア殿下ですよ」

「……………っ⁉︎」


 無表情のままで、しかし少しだけ穏やかな声音で言えば、シウィアは頬を染めた。どうしたのだろうかと、リゼルは首を傾げる。急に出た熱というのは考えにくいため、他の可能性を考えていた時、シウィアが口を開いた。


「あ、ありがとうございます」

「? いいえ」


 敬愛するべき主人にお礼を言われるのは、嬉しいものなのだなと思った。

 椅子に座ったまま膝の上に置いていた手を握り締め俯いているシウィアに、リゼルはどうしたものかと悩んでしまう。だが、不敬を承知で彼は彼女に手を差し伸べる。


「公務に行きましょう。ザレンカは、私が手袋で触ります」

「は、はい。ありがとうございます」


 恐る恐るだが、シウィアはリゼルの手を取ってくれた。その手の温もりに、少しだけ精神的な疲労が癒やされた気がした。

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