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プロローグ:己の才能

初めての男主人公恋愛系です。上手に書けましたでしょうか……。

 昔、父にこう言われたことがある。


———近衛は己の身分のためになるものじゃない。それをどんな時も忘れないように。


 真剣な表情と眼差しで、リゼルは息を呑んだ覚えがある。

 リゼル・アリーラという平民の美少年には、両親と妹がいた。妹はフローラという名で、リゼルより四つ年下の可愛らしい少女だ。リゼルと同じ金髪碧眼、そして黒くシンプルなカチューシャを付けている。

 フローラは、リゼルよりも色恋沙汰に詳しかった。


『お兄ちゃん、好きな人できた? できたでしょ』

『できてない。………できる訳ない』


 確信めいたことを言う妹に、リゼルは毎回そう答える。フローラの部屋には本棚がたくさんあって、その全てが恋愛小説だった。だからか、リゼルの恋愛話を聞きたがる。

 いつか聞かせてやれると良いなと思いながら、リゼルはそう答えていた。

 ある朝のこと、リゼルは平民とは思えないほど大きな庭を愛馬と駆け巡っていた。そう、馬が全力で走れるくらいには大きな庭だ。家も豪邸とは言えないが普通の平民の家よりもとても大きい。


『父さん? 何してるの?』

『あぁ、リゼルか。見て分からないか? 素振りだ、素振り』

『素振り』


 父が木剣を手に取り素振りしているのは結構意外で、リゼルは素振りという言葉をキョトンとしながら繰り返す。父は満足げに頷いた。そして、『リゼルもやってみるか』と己が持っていた木剣の持ち手をリゼルへ向ける。


『えっ、良いの⁉︎』

『あぁ。……その方がお前も、後々良かったと思うだろう』

『どうして?』

『我が家は、騎士の家系だ』


 それを聞いた時、初耳過ぎて驚いた。


(俺の家が? 騎士の家系? いや、初耳なんだが)


 頭上に疑問符がどんどん浮かび上がる。首を左右に傾げる忙しいリゼルを見て、父は堪え切れないとばかりに噴いた。それにぷくぅと頬を膨らませたのは美少年ながらとても可愛らしい。

 リゼルは、一番初めに思った疑問を父に打ち明ける。


『騎士の家系なら、どうして騎士爵を賜ってないの?』

『………私のひいお爺さんが断ったんだ』

『えっ、へ、そうなんだ。結構微笑ましい理由なんだね』

『そうだろう。私も聞いた時そう思った』


 だが、リゼルは騎士爵を受け取らなかったことをひいお爺さんに感謝した。その方が絶対に自由だし、侍女や執事もいない。礼儀作法もなくても良い。最高ではないか。


『この話はもうおしまいだ。素振りをしよう』

『うん。分かったよ父さん』


 頷いた後、ウキウキしながら父に借りた木剣を握る。木と言っても先は尖っていて、刺されたら痛そうだ。素振りは思ったよりも楽しかった。


『…………手だけじゃなく、体全体も動いてみるか』

『はい!』


 いつの間にか敬語になったが、別に良いだろう。今は教師と生徒みたいなものだ。

 リゼルは父の真似をして動く。相手の攻撃を避ける動きなど、細かく。

 そしてゼェハァと息がしづらくなってきた時、父は言った。


『———お前には、剣技の才能がある』

『え、結構嬉しい。ありがとう』


 素直に礼を言うリゼルに微笑みかけ、父は言葉を紡いだ。


『リゼル。我が家は騎士の家系だと言ったな?』

『あ、言ってたね。それが、どうかした?』

『お前は将来、大物になるだろう』


 父の確信したような口振りに、リゼルは照れ隠しに『大物……』と呟いた。それは、騎士になるかもしれないということか。しかも、とても強くなる。


『ありがと。城とかに仕えてみようかな』

『それが良い。近衛も、お前は二日程度練習したらなれるだろうよ』

『いや、それは流石にない——』

『あるんだ。鍛錬されたお前が剣を握れば、誰も敵わないほどには』


 真剣な父の顔に、リゼルは何も言えなくなった。少し照れるし、信じられないとも思う。自分がそんな凄い人間なんて、幼い頃のリゼルはそう簡単に信じられなかった。

 だが、リゼルは年相応の笑みで礼を言う。


『ありがとう。僕、近衛騎士目指してみる』

『あぁ。だが、これだけは覚えておきなさい。一番大事なことだ』


 父は頷いた後に、言い聞かせるように優しく言った。


『近衛は己の身分のためになるものじゃない。王家に対する忠誠心を忘れるな』


 最後に父は『それをどんな時も忘れないように』と言い聞かせ、リゼルにもう家に入ろうと促す。リゼルはその日ずっと、その言葉が頭から離れなかった。

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