よくあるリッチの倒し方〜間違えて浄化しちゃいました〜
気づいたら死んでました。
でも別に問題はないです。
生きてた頃より、やること減って効率上がりましたし。
生前は賢者をやってました。
争いは非効率、名誉は保存場所の無駄。
図書館で本を読んで、たまに旅して、また本。
このループで十分です。
ただ周囲からは「もっと外に出ろ」だの「交流しろ」だの……。
あれは時間泥棒です。
で、ある日。
砂漠の遺跡で古い石板を調べてたら、隠し呪いが発動して肉体が崩壊しました。
普通はそこでゲームオーバーですけど、私は「じゃあ魂だけで続行」ってことで骨に乗り換え。
結果、リッチになり、なぜかそのうちエンペラーリッチに進化してました。
条件は不明。バグですかね?
⸻
進化後、暇だったので魔法を片っ端から極めてみました。
火、水、風、土はもちろん、雷、氷、闇、光。
召喚も試しましたが、出てきたのは妙に陽気なインプだったので、すぐ解散。
結界魔法は便利です。
研究に集中したいときに外音を完全遮断できるし、湿度調整もできる。
そして何より、クリーン。
これさえあれば、数百年経っても骨は新品同様。
たまに自分で自分にかけて「おお、輝きが戻った」なんて感心していました。
⸻
住む場所は選定しました。
条件は静か・湿気少なめ・火事リスク低・訪問者ゼロ。
答えは簡単――ダンジョン最奥。
危険すぎて誰も来ないし、警備(魔物)も標準装備。
骨ボディなので疲労ゼロ、空腹ゼロ。
たまに膝のパーツが逆向きになりますが、歩きながらカチッと直せます。
すれ違った冒険者は大体悲鳴を上げて逃げますが、手を振ってあげると更に加速してくれます。
効率的です。
道中の罠は解除、魔物は回避。
「食べても味しませんよ」と一言添えると、大体帰ってくれます。
肉ないですから。
……ただ、ウルフ系だけは例外でした。
あれは骨が好きらしい。
通路で遭遇した瞬間、目がキラーンと光って突っ込んできました。
咥えられたら間違いなく持ち去られます。
私は即座に壁走りで回避。
ウルフは興奮して追ってきましたが、
「骨は低カロリーで栄養ありませんよ」と冷静に告げると、一瞬止まり……そしてまた追ってきました。
どうやらあの目の輝きは“味”ではなく“コレクション欲”です。
最終的に、転移魔法でワープアウト。
骨は骨でも、自分の骨は譲りません。
⸻
最奥に着くまでにそれほど時間はかかりません。
途中でやる気のないスライムにも遭遇しました。
私を見るなり体を半分に割り、「お通りください」とばかりに道を空ける。
骨は低カロリーですから、食事対象にならないのでしょう。
この特性は地味に便利です。
⸻
最奥は理想の環境でした。
本棚を並べ、巻物や遺物を保管。
インク代わりに魔力で光る文字を刻み、意識体だけを飛ばして世界を観測する生活へ移行しました。
意識体の旅は快適です。
王都の図書館で埃だらけの地図を確認。
南の島で発酵飲料の作り方を覗き見。
修道院で薬草目録を丸ごとコピー。
「これは有用……かもしれません。まあ使わないでしょうけど」
そんな感じで、記録フォルダがどんどん肥えていきます。
最近のマイブームは「屋台メニューの価格変動記録」です。
一年ごとの串焼きの値段と串の長さを比べると、だいたい経済の景気が読めます。
……だから何だって話ですが、私はこういう“どうでもいい知識”も好きです。
⸻
何百年もそんな調子でした。
正確な年数? 記録はありますが、どうでもいいです。
ある日、遠くで魔力が揺れました。
世界崩壊レベルじゃないのでスルー。
ルールです。
世界規模の危機以外は基本放置。
…その判断を軽く後悔しました。
最奥で骨を磨きつつ、海綿の乾燥具合をチェックしていたら、空気がふっと揺れました。
暗闇にヒビ。
光が滲み、柱になり……転移ですね、これ。
事故か、神のいたずらか、失敗魔法か。
私はローブのフードを深くかぶります。
骸骨顔は初見だと八割叫ばれるので。
できるだけ柔らかい声で、こう言おうと決めました。
「こんにちは。落ち着いてください。クリーンをかけますね」
光が弾け、小柄な影が転がり出ます。
少年です。
服は土まみれ、手には小袋。
視線が泳ぎ……私で固定。
――盛大に漏らしました。
⸻
「大丈夫です。クリーンを――」
私が手を伸ばすと、少年は悲鳴をあげて後ずさります。
あ、でも腰が抜けてるので移動距離ゼロ。
物理的に不可能です。
「怖がらなくていいですよ。殺す気はありませんし」
……あれ、むしろ今の言い方は逆効果でしたか?
少年は震える手でそこらの石を掴み、私に向かって投げつけてきました。
石は私の頭蓋骨に当たり、コツンと軽い音を立てて床に落ちます。
もちろんノーダメージ。
「はい、無効です」
次は壺。
古代文明のデザインですね。割るのはもったいないので、受け止めてそっと床に置きます。
「これ、後で修復しますね」
続いて骨片、木片、椅子の背もたれ、なぜか干し肉まで。
投げやすい物は全て投げ尽くしたようです。
当たるたびに、私は冷静にコメントしました。
「それは軽すぎます」
「形状的に飛ばすには不向きです」
「……あ、これは意外といい回転でした」
「干し肉は食品ロスになります」
⸻
やがて少年の動きが止まりました。
弾薬切れ、というやつです。
これで落ち着くかと思いきや――袋の中をまさぐり、最後の武器を取り出します。
白い粉です。
(……塩?)
ぱっと投げられたそれが、ふわっと空中に舞い、私のローブと骨に降りかかりました。
――次の瞬間。
全身の魔力がざざっと逆流し、視界が一気に暗くなります。
「……え?」
脚が勝手に崩れ、指先が砂のようにほどけていく。
「え、これ……塩で……死ぬんですか?
いや、塩分摂取じゃないですよね? 物理的接触……あ、成分が……」
頭蓋骨の中で高速に分析が走りますが、処理が追いつかない。
思い返せば、海水浴は避けて正解でしたね。
数百年の知識を蓄えたエンペラーリッチ、まさかの塩で終了ですか。
「……記録更新ですね」
視界が完全に闇に飲まれる瞬間、数百年分の記録をざっとスキャンしました。
古代遺跡の地図、王都の禁書目録、屋台の串焼き価格一覧。
全部、面白かったな。
⸻
光が消え、床にはただの塵が残る。
少年はよくわからないまま袋を背負い直し、ふらふらと最奥を後にした。
――数日後、このダンジョンに最強の魔物がいたことを知る者は、誰一人としていなかった。
生前、知の賢者として世界に貢献し、ここに幕を閉じる。
その者の名は――リック・ドレイン。