第七話「鄙サ」
はぁはぁはぁ。
とっくに足は限界で、一瞬でも止まればこの勢いのまま倒れてしまうだろう。
周りは薄暗く、乾いた咳がでそうだった。
換気扇の音や何かわからない機械の音が絶え間なく響き、反響している。
僕と古見さんは路地裏をずっと走って何者かから逃げていた。
後ろを見る余裕なんてないので全くわからないが、常に僕の背後からは足音が聞こえる。
しかも、一人だけではないのだ。二人、いや三人だろうか。
明らかに一人ではない、複雑な足音がずっと聞こえている。
先頭を走っている古見さんは、追手を振り切ろうとしているのかなんどもなんども十字路を曲がっている。ただ、何度角を曲がったとしても後ろの足音が小さくなることはない。
とんでもない量のアドレナリンが出ているのか、それとも死に対する本能なのか。
もうとっくに限界を越しているはずの僕の足は、まだ動き続けていた。
疲れていて何も頭が回らない。ただ、1つだけ疑問に思うことがあった。
それは——『なぜ僕らが追われているのか』ということだ。
どれだけ思い出そうとしても、追いかけられ始めた記憶も、路地裏へ逃げ込んだ記憶もない。
今はそんなことを考えている暇はない。とてつもない恐怖心。捕まったら確実に死ぬ気がする。
なぜ死ぬ気がするのかはわからない。ただ、本能が『逃げろ』と叫んでいた。
とてつもない恐怖心は違和感からきているのだろう。
さっきから、足音は聞こえるが怒鳴り声や荒い息継ぎは全くと言っていいほど聞こえてこない。
はっきり言って不気味だ。おかしい。
バグなのかとも思うが、バグなら古見さんがなんとかしてくれているはずだ。
もう1つ。気になる点がある。
古見さんも同じく息遣いが聞こえないが、おそらく気のせいだろう。
古見さんが急に立ち止まった。
「どうして!」
「チッ。行き止まりみたい」
古見さんは息を切らしながら答える。
目の前にはダンボールが積まれている。その奥は、コンクリートの——壁だった。
おしまいだ。
怒鳴り声が聞こえ、慌てて後ろを振り向いた。
するとそこには、最初会った時の古見さんと同じようなカラフルで奇抜な服装をした少年少女が数人立っていた。
――古見さんと同じ服。
「古見さん。まさかとは思うけど、知り合い?」
「違う。こんな人たち——知らない」
古見さんは珍しく怯えている表情をあらわにしており、その小さな体は小刻みに震えていた。
「鄙サ險ウ縺吶k縺ェ」
彼らが何かを言う。その言葉は、明らかに地球の言語ではない。
日本語、英語、フランス語、ドイツ語、そのどれもと似ておらずもはや言語とも認識できない音だ。
また彼らが喉から不気味な音を鳴らす。
何も理解できないその音に僕は得体の知れない恐怖を覚える。
ただ、これだけはわかる。彼らは何かに怒っている。
顔に目立った変化はないのに、言葉は理解できないのに、激怒していることだけは嫌でも理解できた。
怒鳴る彼らの表情に変化はないが自分と同じ目線、またはそれよりも下からにもかかわらず、もっと高所から睨まれているような、そんな威圧感があった。