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第六話「優しさ」

 自分の席はどこだったっけな。


 埃を被った記憶のタンスを探りながら視線を動かして考える。


 少し考えたところで『席替え』という行事を思いつき記憶をたぐって考えるのは諦めた。


 まだ恐怖心を拭いきれず、ゆっくりと(つたな)い足取りで探してゆく。


 それぞれの机には、中に何か残されていたり、横に何かかけてあったり。そこに誰かが座っていた痕跡がある。


 どれも、明確な誰かの居場所だった。


 もしかして、僕の戻る場所なんて用意されていないのか? と思い始めた頃に、窓際の一番前の角の机に限界までプリントが詰められているのを見つけた。


 誰かが届けてくれる、そんな幻想をどこかで抱いていた。


 少し苦労しながら引き出す。本当に限界まで詰められているせいか、なかなか取り出すことができなかった。


 やっと引き出せたと思ったのも束の間。


 プリントの束が、雪崩のように床に散った。


 まるで、張りつめていた心の糸がぷつりと切れたように。


 どこかで、泣き出してしまいそうだった。



  散らばったプリントが床を覆い尽くし、黒い紙の海みたいになっていた。


 一枚一枚にびっしり詰まった文字が、どれも重たく、僕を押し潰そうとしているようだ。


 まるでその海に溺れてしまったかのように息ができなくなる。


 締め付けられるような苦しさを紛らわすために胸を叩く。肺が苦しくなり咳き込む。


 息が苦しい。咳が止まらない。このまま誰にも気づかれずに潰れてしまうんじゃないか――そんな不安が、胸の内で膨らんでいく。


 誰か――助けて。


 また、古見さんの幻覚が見えた。


 声が聞こえる。


「大丈夫? 手伝おうか?」


「聞こえてる? おーい」


 もう僕は学校に残る気力は残されていない。


 古見さんには『母親に早く帰れと急かされたから帰るよ』とでも言おうか。


 「おーいってば」


 立ち上がろうとして、膝がぐらつく。


 そんな自分の体が、やけに情けなくて、思わず笑ってしまった。


 たったこれだけで、そこまで弱っていると言うのか。


 ――肩を掴まれて、後ろに引っ張られた。


 咄嗟(とっさ)に振り返る。


 目の前には、小柄な人影――古見さんがいた。


「古見さん......」


「なに? またしんどくなったわけ」


「......うん」


 はぁ、と古見さんがため息をつく。


「ごめん、迷惑かけて――」


「謝らないで」


「……えっ」


「別に悪いことしてないでしょ? それとも、何かしたわけ?」


 僕は黙って下を向く。


「……プリント、片付けよ。これじゃ、バグも見つからないから」


 僕は「わかった」と言いながら、重い手で散らばったプリントを拾い始める。


 ふと隣を見ると古見さんもプリントを拾ってくれていた。


 僕の目線に気づいたのか、古見さんは一瞬こちらを向く。


「二人でやった方が早いでしょう」


「ありがとう」


 僕は色々な気持ちが混ざりすぎて、ただ一言お礼を言うだけで精一杯だった。


 

 二人でゆっくり誰もいない廊下を歩く。外の熱気と対照的に、廊下は静かで少し薄暗かった。


 突如古見さんが立ち止まる。振り返ると、僕の目をまっすぐ見つめ、真剣な表情をしていた。


「もし、またさっきみたいにしんどくなったら、相談ぐらいのれるから」


 突然の言葉に、僕は何かしなければと思った。何か対価を払わなければ。


 だが、そんな必要はないのだろう。これは『優しさ』なのだから。


 久々に触れた。こんなにも、心があったかくなるんだ。


 心に溜まった靄は晴れつつあり、そこに溜まった膿も少しずつ、薄れていく。


 ――そんな気がした。


「古見さんってさ。たまに優しいよね」


 古見さんは、すぐに怒った表情になった。


「たまに? いつもでしょ」


 自信満々な、少し意外な古見さんの返事に僕は思わずくすっと笑ってしまった。


「なによ。だいぶ元気になったみたいね。笑ってる暇があるなら早く探して」


 僕はただ、前を向いて、「ありがとう」と言った。


 

 * * *

 


 柔らかい布団に身を沈めながら僕はぼんやりとしていた。普段古見さんみたいに僕のことを心配してくれる人はいなかったから不思議な感覚だった。


あれが優しさなのか......としみじみと考える。古見さんにもらった言葉を頭で繰り返しながらゆっくりと、目を瞑った。

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