第五話「思い出は消えない」
確か、僕は3組だった気がする。微かな記憶を頼りに教室を目指す。
ずっと不登校だった影響で去年の記憶と混合し、はっきりと思い出せない。
やはり僕は古見さんの前で強がっていただけのようで、気分はとても重い。
僕の足は思うように動かなくて、まるでもう一人の僕が『行かないで』と引っ張っているかのようだった。
扉から中をそっと覗く。僕がいなかった教室はあっさりと姿を変えていた。
後ろには何かのプリント、黒板にこれからの行事予定が書かれている。
その横には、小さく集合写真が貼られていた。
いつ撮ったんだろう......と僕は思った。
外から手を伸ばして机の中身を取れないかなと試みる。僕の手はガラスに阻まれた。
扉についている小さな窓は動く気配を見せなかった。
もう、入るしかないようだ。
本当は覚悟なんてなにもない。本音を言えば誰かに——古見さんに隣にいてほしい。
ただ、そんなことを言ってしまうと彼女は引いてしまうだろう。
彼女に引かれてしまったら、今度こそ僕の居場所はなくなってしまう気がした。
目を瞑れば大丈夫。見なければ、一瞬の時を超えられれば。硬く目を瞑り、意を決してドアをあける。―― 一歩踏みだす。
教室に入れた――と同時に記憶がフラッシュバックした。
『どうしてそんなに暗いんだよ』
『そうやって、また薄笑って誤魔化すのはもういいんだよー?』
『こんな簡単な命令もわからないわけ?』
――溢れ出す憎悪の言葉。
誰もいない教室には、俯く僕とその周りを数人が囲っている様子が見える。
「おえっ......」
思わずえずく。いっそ、吐けたら楽なのに。
暗い感情が溢れ出す胸を抑え、頭を振る。
『過去のことだ、これは過去のことだ』と自分に言い聞かせる。
しゃがみ込み、頭を抑える。
『まだ死なないで』
頭の中で誰かの声が反響する。
「辛いよ……居場所なんてないのに、どうして、逃げることは許されないんだっ……」
言葉にならない絶望が、喉までせり上がってくる。
そんな絶望を和らげるかのように古見さんの声が聞こえる。
『死ぬぐらいなら私に人生を貸して。この世界には君が必要なの』
僕は顔を上げられないまま、目の前の机に手を置きなんとか体を支える。
「無理だ......。誰にも必要とされてない」
『でも世界を救える』
『私は君のことをよく知っている。君はまだ死ぬべきじゃない』
「そうだ......僕には——生きる意味があるんだ」
そっと目を開ける。目の前は闇に包まれていた。
その中で、古見さんのカラフルな靴下と透き通った声だけがはっきりとしていた。
突然、暗闇に飲まれたことにひどく動揺する。
どうして暗いんだ? ここは学校じゃなかった? バグ? それとも......失明?
少しずつ戻ってきた手足の感覚を頼りに、僕はすごく当たり前な結論にたどり着いた。
――違う。僕は目を瞑ってるんだ。
どうやら、自分でも知らぬ間に目を瞑っていたらしい。
手の甲で涙を拭き、目を開ける。
幻覚が消えた教室は、始業式の日と特に変わりなく優しい日の光が差し込んでいた。