第四十二話「エージェント」
「お前.....なにを」
「よかった。間に合った......」
僕のそばに駆け寄ってきた砂藤さんは、そういいながら僕の手を握ってくれた。暖かな感触が、伝わってくる。
「砂藤......さ——」
「しゃべらなくていいから」
僕のお礼を砂藤さんは遮り、優しく僕の手を地面に置いて立ち上がった。そして、僕の後ろに目をやった。おそらく、そこにはやつがいるのだろう。
服のこすれる音とともに、立ち上がる音がした。
「なにをするんだ」
「林道君は、死なせない」
「なぜだ」
その問いかけに、砂藤さんの表情は硬くなる。こんなにも感情がむき出しになっている砂藤さんを、僕は見たことがなかった。
「友達だから」
「はぁ......」
奴がため息をついた。こつ、こつ、と靴の音がして、こちらに近づいてくるのがわかった。
「目的を忘れたわけじゃないだろうな」
「あなたの目的なんて知らない。でも、林道君を殺すことだけは許さない」
「世界を修復してるんだろう? なら、なぜこいつを助けるんだ」
砂藤さんの表情が少しずつ、疑惑の表情に変わっていった。奴の言葉の意味が分からなかった。どうして、世界を修復することと、僕が死ぬことが関係しているんだよ。やっぱり、僕は異物だったってことなのか。生きていちゃダメな存在だったのかよ。少しずつ火をともしかけていた僕の心に、強く風が吹いた。心の火は今にも消えそうだった。
「私たちは、〈エージェント〉だろう? なら、見つけた異変はすべて修正するべきだ。なぜ、そのオブジェクトに肩入れをするのか、理解に苦しむよ」
「えーじぇんと......」と彼女は小さくつぶやいた。さっきまでの憤怒の表情は消え失せ、疑惑の色が支配していた。
「お前は、ダメだな」
そう、エージェントが言ったとたん、砂藤さんの体が大きく傾き、飛ばされた。彼女は無防備に壁に激突し、人形のように力なく地面に落ちた。砂藤さんが、負けた? それだけが、理解できた。ストレスと痛みに浸けられた僕の脳は、もう切れかけていた。考えをまとめようとしても、すぐに崩れ、完成することはない。希望も、未来も、なにも見えなかった。
足音とともにエージェントが僕の前まで来て、覗き込んできた。鼻水や涙でぐちゃぐちゃになった顔を見つめた。そして「よし。生きているな」と言った。




