第四十話「靴」
しばらく歩いたころ、先頭を行く市松さんが立ち止まった。
「くる......」
轟音が上からなった。コンクリートの欠片らしきものがパラパラと落ちる。
上からくる。それだけはわかっている。けれど、足が思うように動かなかった。
ドゴッ。ゴロゴロゴロ。
そんな、大きな音とともに天井が崩れた。
「危ないっ」
とっさに砂藤さんの手を引いて走った。無力なままでいたくない、その願いが体を動かしてくれた。
あたりに散る瓦礫の粉を吸い込んだのか、少しせき込みながら彼女は言った。
「助かった」
彼女のきれいな顔には傷一つついていなかった。僕は安心して、ほっと胸をなでおろした。
「くるぞ!」
土埃の奥からの声で現実に戻ってきた。僕は何をボーっとしているんだ。いまはそんな状況じゃないだろ。僕が彼女を助けた、その真実はどうでもいい。みんなで生き残る。それが最優先だろ?
「私たちは大丈夫だから、早く逃げて」
少なくとも、僕が足手まといであることに違いはない。彼女に迷惑をかけたくない。なら、ここは逃げたほうがいいのだろう。きっとうまくいく。今はそう信じよう。
「わかった」
返事を手短に済ませ、僕は駆け出した。無力なのなら、無力なりに手伝わなくてはいけない。今まで読んできた小説、見てきたアニメを思い出せ。強者が負けるのはどんなときだ? それは、弱者をかばっている時だ。さっきまでは気づけなかったけれど、今はまさにその状況。だから、必死で走った。
後ろから市松さんの声が聞こえる。武器が地面をえぐる音。二人は素手だ。敵うわけがない。僕には二人を信じることしかできない。
一縷の希望を胸に、ひたすら走った。
でも、やっぱり僕は無力だった。
一瞬の出来事だった。
後ろから「よけて!」と彼女の声が聞こえたとき、僕はとっさに動けなかった。僕は避けずに、あろうことか後ろを確認した。
僕の目がとらえたのは僕めがけて飛んできている小さなナイフだった。
それを認識した瞬間、僕の足に激痛が走った。
「あぁっ——」
僕は転んだ。顔の横を強打し、慣性のままに床を滑った。ほほがひりひりと痛む。肺が限界を伝える、足が、痛い。
止まったとたん、疲弊がどっと押し寄せる、なんてことはなく、すぐに足の痛みがすべてを支配した。痛みを感じないために足をできるだけ動かすな。固まるんだ、その場に。でも、逃げなくちゃ。動いたら痛い。無理だ。敵がくる。これ以上迷惑は——。
涙がほほを伝った。気づけば、僕は泣いていた。もちろん、こんな痛みは初めてだった。
足音が聞こえた。僕はかすれた声で言った。
「砂藤さ......」
一歩、また一歩とそれは近づいてきて、視界に靴が写った。
黒い、靴。そいつがしゃがみ込み、上から僕を覗き込んだ。
そして口を開いた。
「砂藤は、来ないよ」




