第三十九話「非常階段」
その扉から顔を覗かせたのは、仏頂面のあいつら......ではなくて疲れの表情が隠しきれていない砂藤さんだった。
「大丈夫?」
彼女は僕のひどく怯えた、情けない様子を見て、真っ先に心配の言葉をかけてきた。彼女だって疲労困憊で、傷ついているというのになんて優しいのだろう。そんな言葉に冷え切っていた僕の心は少し温まる。いつまでも無様な姿を晒してはいけないな、と僕は気合を入れて震えを隠して立ち上がった。
でも、いくら隠そうとしても僕の足は言うことを聞いてくれない。仮面を被ろうとすると足の震えがひどくなり、足の震えを抑えようとすると顔が露骨に引き攣ってしまう。それほどに死の恐怖という本能が体に染みついていた。あの時は全く感じなかったあの感覚。これでも、僕の心は人間に近づけているんだ、と思った。
「なんとか。砂藤さんこそ、大丈夫なの?」
「まあね。なんでかわからないけど、私の体って頑丈みたい」
そう言って砂藤さんは自分の体を見回した。
「そういえば、市松さんは——」
「いっちーは、私を逃がしてくれた」
そんな。逃がしてくれたってことは——
ゴンッ、と大きな音が鳴った。
扉の向こうで何かがぶつかる音。
そして、扉が開かれ、血まみれの手がかかった。
そこから間髪入れず勢いよく入ってきたのは、市松さんだった。
「市松さん」
「うん......。 ああ」
その返事は弱々しい。身を挺して砂藤さんを守ったのだろうか。敗れた服の隙間から、血濡れた皮膚がのぞいていた。
「私のせいだ」
砂藤さんがそう呟いた。
「私が、みんなを巻き込んだから」
「そんなこと——」
「ううん。そんなことある。あいつらは、きっと私の行動を咎めるために襲ってきてる」
言いたかった。砂藤さんのせいじゃないと。悪くない、って。でも、今の僕は口だけしか言えない。しっかりとした理由を、安心させられることを何も言えない。
ガンッ——
突然大きな音が非常階段の中で反射し、響く。
「ここに長時間いるのも危ないな......」
そういった市松さんはすぐさま立ち上がって階段を降り始めた。
階段を駆け下り、一階まで来た。見渡して思う。やっぱりそうだ。このデパートから人がいなくなっている。
ついさっきまで賑わっていたデパートには、まだ人のぬくもりが残っていた。煌煌と明かりが照っていて、飲食店から流れてくるおいしそうなにおいが鼻をくすぐる。
でも、そこにいるはずの人は僕らを除いて一人もいない。
「不気味だ......」
思わずつぶやいた一言に、後ろからやってきた砂藤さんがうなずいた。




