第三十八話「酸欠」
思わず振り返る。真後ろにいた襲撃者と目があう。ガラスのように美しいその瞳には微塵も人間味がない。憎悪、歓喜、緊張、そのどれとも該当していない。虚無と呼ぶのが相応しい。
僕に権限はない。でも襲撃者が高速で接近してくるのが嫌でもわかった。
だめだ。殺される——
「避けて!」
地面に白い円が浮かんだ。その中が光ったと思ったら、突如地面がせり上がった。直径1Mほどの円柱が出現し、勢いよく襲撃者を吹き飛ばした。襲撃者が弧を描いて宙を舞い、そのまま天井にぶつかった。
「これは......」
「早く逃げて!」
そうだ。衝撃的な出来事に驚いている暇はない。こうしている間にも市松さんは戦っているんだ。僕は、せめて逃げないと。どうにかして一矢報いたい。ただひたすらに足を動かした。僕を追う足音は聞こえてこない。少なくとも距離は大きく離れている。隠れるか? いや、どこに? 権限で見つかるのでは? 考えていないと足が止まりそうだった。
目の前に大きな服屋が見えた。そこに隠れるか? と考えたがそれはわかりやすすぎる。あえて通り過ぎて左折する。
そこに緑色に光っている非常口を見つけた。ここが最適だ。扉を押し開けそこに入り込む。静かに、でも急いで金属製の重い扉を閉めた。
止まって初めて気づく。
息が、苦しい。
全力で走ったのは久しぶりだった。アドレナリンが出ていたのか、一度立ち止まってしまった僕はもう動けなくなっていた。
足の感覚がない。僕のものではないみたいに感じる。
ひたすらに息が苦しく、荒い。喉が、足が、休息が必要だ、と訴えてくる。
頭が感じたことがないほどに重く、改めて頭部の重さを実感する。
酸素が足りてないんだ、と嫌でもわかった。
遠くで微かに音が聞こえる。地面が揺れる。何かが倒れる音。ガラスが割れる音、コンクリートが、砕ける音。市松さん達を助けたい。力になりたい、と願う。ただ、自分を守ることさえおぼつかない僕にとってそんなことは夢物語だとわかっている。せめて頭脳でもあれば何か考えついたかもしれない。せめて僕が授かった権限がもっと強ければ、なんておこがましい願いが浮かぶ。
突然、鉄扉が勢いよく開いた。僕は焦って、両手で体を引きずり少しでも離れようとする。でも、その必要はなかったようだ。




