第三十五話「あと一瞬早ければ」
新たに、一人、二人、三人......。元々いたやつを合わせると、合計四人。
皆、真っ黒な衣装に身を包み、能面を被っているかのように無表情。
違いがあるとすれば、身長や性別だ。女子が一人、男子が三人。表情は同じでも、顔は違った。
本当になんなんだ。襲撃者は何人もいるのか......? 虫のようにうじゃうじゃと......。
全員が一斉に右手を横に突き出した。彼らの手の先が白く眩く光り出し、輪が生まれる。
それは天使の輪のように美しい。彼らの異常なまでに白い手が、何かを取り出すように輪の中へ消えていった。
「——嘘だろ」
こんなのどうしようもない。今すぐに、逃げ出さないと、そう思った。そもそも逃げられるのか? 明らかに異常な、襲撃者から?
彼らの手には、それぞれ異なる武器が握られている。はっきりと、わかる。やばい、と。勝ち目がない、と。
相手の手札は屈強な体、そして権限。対する僕らのカードは市松さんただ一人。相変わらずただの荷物でしかない僕は、絶望するしかなかった。
市松さんが一歩前に出た。腕を僕を庇うように手を伸ばしている。市松さんも思っているようだった。——無理だ、と。
「林道......逃げろ」
静かに、けれどはっきりと市松さんは言った。確かにこの場に僕がいてもなにもできやしない。足手纏いだ。でも、市松さんを置いて逃げるのは違うだろう? 何度も脳が逃げろと告げている。足が動かない。逃げなくちゃ。一人で、かつ素手で市松さんは手一杯だったんだ。
それが今はどうだ? 複数人。しかも、全員何かしら武器を持っている。多勢に無勢。あまりにも——
「林道くん」
隣にいた砂藤さんが僕の肩に手を置いた。白く細い手が視界に映る。その華奢な体はあまりにも脆そうで、でも同時にそれすら守れず、逃げようとしている僕の非力さを認識する。
「ここは任せて。生きて」
そんなの......あんまりだよ。
砂藤さんは僕に生きろと、言ってくれたじゃないか。彼女がいなくなったら、僕は、どうすれば。
「でも——」
「逃げろ」
誰もいなくなったフロアに市松さんの声が反響した。逃げなきゃ、だけど、そんなのって!
しばらく苦しむ僕の様子を見ていた砂藤さんが前を向いた。そして、襲撃者に手をかざす。
「なんで林道くんを襲うのか理解できないけど、説明してもらえないのなら、もういい」
その手の先に緑色の英文が現れた。その文字が二、三行と増えていく。
「待て」
襲撃者のうちの二人が砂藤さんに向かって走り出した。走り出しが見えなかった。初速が速い。
ただ、市松さんもそれを見逃さずに走り出す。襲撃者の方が速い。でも、距離は彼の方が近い。
ナイフが、彼女に向かって突かれそうになる。同時に、市松さんがナイフを握る手首に拳を落とす。命中。拳がナイフを握る手首に命中し、軌道が外れ襲撃者は体勢を崩した。砂藤さんが気づき、後ろへ下がろうとする。直後、足がもつれて、その場に倒れた。
宙に浮かんでいた文字が、即座に輝きを失い、消えた。
そのすぐ目の前で、もう一人が刀を振り始めていた。刀身は空を斬り、倒れた砂藤さんの首元へと向かう。
僕は何も考えられなかった。少しでも触れてしまえば、簡単に終わってしまう。砂藤さんが死んでしまう。 やめてくれ。ここは仮想世界だろ。ここぐらい、おかしくあれよ。
ナイフを弾いた市松さんの目が、今まさに振り切られようとしている刀を捉えた。——その瞬間、彼は左足で地面を蹴り、頭を下げた。その姿勢のまま、突っ込む。
だめだ。見ていられない。僕は耐えきれず目を閉じようとした。
その微かな視界の中、砂藤さんの表情が見えた。涙を流す暇もなく、唐突に訪れた出来事に彼女は目を大きく開き、諦めたような乾いた笑みを浮かべていた。
あと数十cmで、と言ったところで市松さんの肩が襲撃者の胸に直撃する。その衝撃で襲撃者の体がのけぞる。けれど、振られた刀は勢いを止めず、標的へと向かう。
あと、もう一瞬早ければ、間に合っていたのかもしれない。
刀の先端が砂藤さんの首を掠めた。




