第三十四話「渡さない」
「彼って——林道のことか?」
僕のこと......? やっぱり、あの襲撃時の狙いは最初から僕だったのか。でも、どうして?
僕は——味方に数えられてすらいなかった。
後ろで砂藤さんが立ち上がった。
「渡さない」
そしていつもより一段低い声で、そう言った。襲撃者は......砂藤さんの味方だって言ったのに。
背後からこつこつ、と足音がして、砂藤さんが歩いてきた。僕は驚いて彼女の顔を見つめる。その表情は固く、真剣だ。普段の様子からは考えられないほどに彼女の感情は、はっきりと表に出ていた。
「あなたが......バグを直したの?」
すぐに返事は返ってこなかった。
襲撃者が下を向いた。どこか悲しげな雰囲気を匂わせたあいつは、ため息をつき、顔を上げる。表情に変化はない。
そして、しっかりと砂藤さんの目を見つめた。
ゆっくりと、口を開き——
「当たり前だろう?」
......と言った。
その声を聞いた砂藤さんは口を閉ざしたままだった。静かに言葉を噛み締めているように見えた。
「もし事実なら、どうして林道を襲うんだ」
「彼だけ、味方じゃないのはおかしいだろ。林道だって、仲間としてバグを探しているんだ」
「俺らの要、と言ったっていい」
「はっきり言って意味がわからないな。理由は明確だろう?」
「なっ......」
市松さんはその回答にあまりに意外だったようだった。襲撃者の言う理由。僕たちはそれに全くと言っていいほど、心当たりがなかった。
襲撃者にとって、二人は仲間である理由。——僕だけを襲う理由。僕らの違いはなんだ? 僕が、死にたがっていたから?
「じきにわかる」
襲撃者はそう言うと、右手を前に出し、指を鳴らした。
パチンッ——
世界が一瞬歪んだ気がした。黒い波が、視界を右から左へと、高速で移動した。世界全体が、波打つ。
それと共に、いつものあの脳に直接訴えかけるような違和感が走る。
猛烈な吐き気が、僕を襲った。
「うっ......うぇっ」
咄嗟に下を向き、手で口を押さえた。胃がひっくり返る感覚。思わず膝をつく。苦しい......けど。
込み上げてくる胃酸を必死で堪えた。舌に少々甘酸っぱい味が広がる。
口から垂れた涎を拭き、ふらふらと前を向いた。
「くそ......こんなのどうしろって言うんだ」
市松さんの嘆きが聞こえた。僕は崩れかけた姿勢を無理やり持ち上げて、顔を上げる。襲撃者に特に変わりはない。違うだろ、そう自分に言い聞かせ、首を動かし周りを見た。
ああ、これは——無理だ。
周りには襲撃者が複数人。
いつの間にか僕らを囲うように、静かに佇んでいた。




