第二十三話「大丈夫?」
そいつは片腕を痛めた市松さんに数度追撃をする。その度にバシ、バシと人の肌からなっているとはとても思えない強烈な打撃音が響く。
見ていることしかできず無力感を感じた僕は何かできることがないかと後退りながら辺りを見渡した。
その瞬間気づいた。先ほどまでの喧騒が全く聞こえず、溢れかえっていた人々は誰一人いない。この騒ぎをみて逃げたのだろうか。
いいや、違う。逃げたのなら叫び声やら聞こえていたはずだろうし通報してくれて警察が来ているはずだ。今は乾いた空気の音と拳が空を切る音しか聞こえない。
やはりこいつはバグなのか......?
前方から市松さんの苦しそうな息が聞こえてくる。
「市松さん! 何か僕にできることは!」
「大丈夫だ」
明らかに押されている。おそらく相手の一撃一撃が重いのだろう。避けきれず受けるたびに唸る声が聞こえる。
それに比べて相手はいま戦闘を開始したのかと思うほど息切れもしておらず表情も苦しそうではない。喜んでも苦しんでもおらずその表情からは何1つ情報が得られない。
はっきり入って不気味だった。
「林道!!」
市松さんの叫び声にハッとして辺りを見るといつの間にか市松さんと戦っていたやつはどこにもいなくなっていた。
「あいつはっ......がっあ——」
突如背中に激痛が走り、体が宙を舞う感覚がした。
後ろから車に当たられたみたいだ。
地面が......迫って——。
* * *
どうやら寝ていたらしく、僕はゆっくりと目を開ける。
あれ? 僕の家の天井はこんなに白かったか? 病的な白さをしたその天井に僕は微かな違和感を覚えた。
人の気配を感じ目線を下に向けるとそこには眉を顰め心配そうな顔をした砂藤さんがいた。
そうだ。僕はあいつに殴られて——。
僕ははっとして体を起こす。
「砂藤さん——」
僕が起き上がったのを見て彼女は一瞬嬉しそうな表情を見せた。だが、その後すぐにいつもの無感情の表情に戻った。
「生きててよかった」
先ほどの心配そうな顔を思い出す。僕のことを心配してくれる人がいるなんて。
いつも感じていた胸の締め付けとはまた違った布団で包まれるような感覚が胸に広がっていった。
「今、看護師呼んでくるね」
そう言って立ち上がる彼女の腕を掴んだ。振り返る彼女に僕は言う。
「大丈夫。なんともないよ」
「ほんと?」
「うん。ありがとう」
僕は後ろを向いて目を袖で拭いた。




