第二十二話「鼓動」
「林道くん。あれがバグか? 聞いてたのと違うんだけど」
「いや......違います。いつもはあんなのじゃないです」
「困ったな....」
そう言っている間に僕たちの瞬きがかぶってしまった一瞬の隙にじわじわとそれは近づいてくる。
「市松さんっ......!」
「花怜を呼ぶか?」
砂藤さんを呼ぶのも確かにいいのかもしれない。だけど普段の感じを見るにおそらく砂藤さんはバグに慣れていない。
いや、呼んだ方がいいのか? 砂藤さんじゃないと対処できないのか? くっそう......。震える足を必死で押さえながら本心を隠すように頭をフル回転させて考える。だめだ。どうにかなるはずない。今まで人型のバグなんて遭遇しなかったじゃないか。砂藤さんも何も言っていなかったじゃないか。情報があまりにもなさすぎる。
こんなのどうすればいいって言うんだ。
一歩後ずさる。すでに僕の半分は強烈な本能で満たされていた。
”死にたくない”
「光輝!!!!」
市松さんの一声ではっと現実に戻された。だめだ......こんな時こそしっかりしないと。僕は砂藤さんに頼られているんだから......。
「市松さん。あいつを倒せますか」
市松さんの顔が目を向こうへ固定したままほんの少しこちらへ傾いた。
「できる限りのことはするよ」
その瞬間、人影が消えた。
「まずい!」
どこだ?? 必死に見渡すがそれらしき姿はない。どこを見ても人、人、人。こんな人混みの中でどうやって見つけたらいいんだ。
ヒュッ
風を切る音が聞こえたと思ったその直後、パンッと衝撃音が耳に届く。
僕の目と鼻の先には市松さんの腕があった。その先には——さっきのあいつ!
さっきまでは遠くて見えなかったが、今ははっきりと視認できる。
全身黒で統一されたシンプルな服。上はカッターシャツ、下のズボンはベルトで閉められておりやけに綺麗な服装をしている。
大きく開かれた目に光は微塵もない。そこに並ぶ口や眉も絵の具で書かれているかのように微動だにせず、速く振りかぶったはずなのに髪型は一糸乱れず揃っている。
タンッという着地音と共にそいつは着地する。
「大丈夫か」
「大丈夫です......」
苦しさで息を止めていたことに気づいた僕は慌てて肺に酸素を流し込む。
それと同時に胸から重くうるさい心拍が体から響いて伝わってくる。
ようやく現実が飲み込めてきた。僕は今殴られたのか? そして市松さんに助けられた?
横にいる市松さんも僕と同様に息を切らしている。
そして、右腕で押さえている左腕は小刻みに震えていた。




