第十九話「間」
しばらく三人、何も言わずに歩いていた。行きとは違い、すれ違う大学生の姿はまばらだ。
僕は砂藤さんの隣を歩きながら、市松さんのことを考えていた。
砂藤さんを「花怜」と呼ぶ彼の声に、どうしても胸の奥がざわついてしまう。
この少し踏み込んだ質問も、仲がいいからなのだろうか、などとあらぬ想像をしてしまう自分を情けなく思った。
そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、市松さんが口を開いた。
「そういやさ、花怜ってどうしてこの世界がシミュレーションだって思ったんだっけ?」
確かに、それは僕もすごく気になっていた。
「一番は——UIが見えること。あとは......私が変な服着てることぐらいかな」
砂藤さんは自分の来ている服の裾を少し持ち上げ、眺めながら言った。
自覚あったんだ......と僕は思った。この前僕が言及したことについて気にしているのかもしれない。
「なんでその服着てるの?」
まるで僕の頭の中が透けていたかのように市松さんが質問した。
砂藤さんは口に手を軽く添え、何かを思い出すように眉をひそめた。その仕草は、どこか遠い記憶をたどろうとしているかのようだった。
「別に好きってわけじゃない。でも——自分が着る服はこれだって思ったから」
「それが製作者に好かれてるって言った理由?」
「うん。理屈じゃ説明つかないから」
「ふーん。なるほどな」
市松さんは頷いた。
「製作者とコンタクトをとったことはないのか」
「ない......と思う」
彼女の言葉に、わずかに空白ができた。「思う」? 自分のことなのに、なぜ確信がないのだろう。
僕が戸惑っていると、市松さんが口を開こうとした。
「思うって——」
「あ、あの。私行きたいところがあるんだよね。そこでいい?」
市松さんがなにか言おうとしたがそれを遮るように彼女はいつもより少し大きな声で言った。
いつも無表情を貫いている砂藤さんにしては珍しく、何か隠そうとしているようだった。
市松さんもなにかを察したようで「うん」とただ一言言った。
「林道君もいいよね」
「もちろん」
僕が返事をすると、砂藤さんは足早に歩き出した。行動だけ見ればいつもど同じだがそこにいつもの余裕は見られなかった。
僕らは近くの洋食屋に来ていた。ガラス張りの店内は、チェーン店しか行かない僕にとって、少し居心地の悪い場所だった。
入店時、市松さんは慣れた様子で奥のソファー席ではなく、手前のテーブル席を選んだ。その自然な振る舞いに、僕は思わず感心してしまう。
彼と僕の間には、生活習慣だけでなく、見えない壁があることを改めて思い知らされた気がした。
隣に座っている市松さんと一緒にメニューを見る。
パスタ、ハンバーグ、オムライス、どれもとても美味しそうで久しぶりの外食に心が踊った。
メニューの上から少し見える砂藤さんをチラリと見るとどうやら何か迷っているらしく、視線が左上と右下をひたすら往復していた。
「ん〜じゃあ俺はナポリタンにしようかな。林道は?」
砂藤さんを見ていてメニューを決めていなかった僕は少し焦った。
時間がかかるとなにか迷惑がかかるのではないかと思い、咄嗟に目についたハンバーグ定食を注文した。
「花怜は?」
「待って」
砂藤さんはだいぶ激戦だったらしく、「決まった」というまで数分かかった。




