第十五話「大学生」
僕が朝ごはんを食べている間、砂藤さんは少し遠慮がちに周りを見渡していた。
どうやら家の中までは、彼女の権限でも覗けないらしい。僕の家のリビングなんて何も面白味ないと思うんだけど。
一通り見渡した砂藤さんは特に何か喋り出すわけでもなく頬杖をついてどこか虚空を見つめていた。
僕はこのなんとも言えない空気を早く終わらせたくていつもよりも少し早く咀嚼した。
その雰囲気を感じ取ってくれたのかそっぽを向いたまま砂藤さんは言った。
「今日の話なんだけど」
「会わせたい人がいるっていう?」
「実は、君以外に権限を持ってる人がいるんだ」
「え?」
僕は思わず口を開けたまま固まった。僕以外にも権限者が? 少し心の均等が崩れ、傾き、いくつかのものが滑って落ちた。
「いや、同じ権限じゃないんだよ」
砂藤さんのその一言で体勢を戻した僕は落としたものを拾いながら質問した。
「住所は彼が......?」
「それは私。悪かったって」
砂藤さんはそう言うと頬杖をつく手を入れ替えた。表情は変わっていない。
束の間の沈黙を破るように少し早口で喋り出した。
「詳細はまた後で教える。彼にも修復を手伝ってもらってるの。同じく手伝ってもらっている林道くんには伝えておいた方がいいと思って。協力できたら効率も上がるでしょう?」
「そうだね」
僕も頬杖をつく。砂藤さんの目線はいつの間にか虚空から床へと落ちていた。
最後の大きなかけらを少し無理をして口に放り込む。リスみたいに頬が膨らんだ。
スタスタと歩く砂藤さんにひたすらついていく。
いつも飲み慣れた街の景色はいつの間にか全く知らない景色になっていた。
「あのー、どこに連れて行かれてるの?」
「言ってなかった? もう一人の権限者に会いにいく」
もう一人の権限者。何か特別な人たちみたいなニュアンスのその言葉は僕を少し高揚させた。
僕だけに与えられたと思っていた役割。独占ではなくなったが、それでも特別感は胸いっぱいに残っている。
世界に必要とされている――今までの不思議な体験が、それを確かに実感させていた。
しばらく歩くと一際目立つ大きな建物が視界に映った。
そこは多くの人が人生の道で通る場所——大学だった。
高校と同じ”学校”というだけで僕の体は萎縮したようで自然と足取りは重く、歩幅は短くなった。
中途半端な時間だというのに、門からはひっきりなしに大学生らしき人々が出入りしている。それが、僕の異物感をさらに際立たせた。
皆、オシャレな服を着こなし、まさに「大学生」という雰囲気をまとっている。
そんな中、砂藤さんは何一つ態度を変えず、平然と歩を進める。
その服装さえ見なければ、後ろ姿はどの大学生よりも大人びて見えた。




