第十三話「静寂」
数分探したあと、プログラミングコーナーで砂藤さんを見つけた。てっきり新書や文芸コーナーにいる者だと思いそこを重点的に探していたので少し時間がかかってしまった。
「砂藤さん」
砂藤さんに名前を呼びながら近づく。どうやら集中しているようで反応はない。
砂藤さんもやはり異変に気づいていないらしく、暗闇の中でまるで何も問題がないかのように本を読んでいる。
近距離でもう一度名前を呼ぶと、ようやく気づいたようで、顔をほんの少しだけこちらに向けた。
『何か用?』と彼女の顔に書かれている。
「バグを見つけた」
「ほんとう? どんなバグ?」
僕の用事がまともなものだとわかった途端、砂藤さんは口を開いてくれた。
そんなに僕に労力を使いたくないのだろうか――少し悲しくなる。
「世界が暗い。本も読みづらいでしょ」
「普通じゃないの? いつもこれぐらいだから慣れてるよ。 本当にこれがバグだっていうの?」
何回このくだりを繰り返すことになるのだろう。
アインシュタインのような天才が、他人から変人に見える理由が、少しだけわかった気がした。
……いや、そんなふうに思うのは、さすがに奢りすぎか。
けれど、あれだけの権限を持っている砂藤さんですら、なぜこの世界のバグに気づけないのだろう。
そもそも、なぜその役割に僕が選ばれたのかも、まったくわからない。
僕はアインシュタインなんかじゃないし。
「本当だよ。なんか、いつもみたいに......UI? それをみて確認してよ」
「わかった」
なぜか少し不服そうな表情を見せながら、砂藤さんはいつものように目を閉じ、静かに俯く。
この動作も、やはり気になる。
目を閉じている間、そこに何が見えているのだろうか。また質問してみてもいいかもしれない。
やがて、砂藤さんがゆっくりと瞼を開けた。
「確かに。ライトが機能していない」
「ライト?」
「うん。なんていうかな。この世界に設置されてる”明かり”が”明かり”として機能していないの。私もあんまりわからないんだけど」
「世界全体が停電してるってこと?」
「まあ、そう言う感じ。そうだね。ありがと。今日はもう解散でいいよ」
「え?」
突然の解散宣言に思わず驚く。それと同時に砂藤さんに連れまわされているのをどこかで楽しいと思っていた自分に気づいた。
普通に考えて自分の意思を尊重されず振り回されることのどこが楽しいのかわからない。
だけど、友達と遊んでいるという、ただそれだけで楽しかった。
「ちょっとね、このバグ、直すのに手こずりそうなんだ」
「わかった」
「じゃあ、またね林道君」
砂藤さんはそう言って駆け足で去っていった。一瞬見えたその横顔からは焦りの色が浮かんでいた。
砂藤さんも手間取ることがあるんだなと僕は思う。前回はすぐに直していたので一見簡単に直せる物だと思っていた。
よく考えると、この前も直したあとにどこか疲弊してる様子を見せていた。僕の前では我慢しているだけで実際は結構疲れるのかもしれない。
次会ったときに何か甘い物でも渡そうか。
今度こそ砂藤さんの呪縛から解き放たれた僕はゆっくりと漫画を嗜もうと漫画コーナーへと足を向ける。
だが、数歩歩いたところで肝心なことに気がついた。
暗い。この暗さじゃ満足に読めない。
『窓から差し込む明かりで読めばいいじゃないか』と思いかけたが、ふと周囲を見渡してすぐに諦めた。
どうやら太陽光もなくなっているようで差し込む柔らかな明かりなどどこにもない。
書店と言うことも相まって、静寂と、誰かがページを捲る音だけが残っていた。
こんな暗さでは何もできやしない。
僕は観念して、渋々帰ることにした。




