第九話「お待たせ。待った?」
パンを食べ終り、ベッドに寝転ぶとふかふかの綿が体を包み込む。冷えた空気が火照った頭を落ち着かせてくれた。
最近色々なことがあった。その上、悪夢まで見た。頭がパンクしそうだ。1つの頭ではとても追いつかない。
机の上に置きっぱなしにしていたスマホが鳴った。頑張ってくれた頭を冷やし、絶賛一人を満喫していた僕は目障りに思った
普段メッセージが来ることがあまりないためいつもなら手が届かない少し遠くに置いていても何も問題はない。
だが、最近僕の世界には砂藤さんというイレギュラーが入ってきたため、僕のいつもの感覚ではうまくいかないようだった。
またスマホが震える。仕方がない。この前のように家に突撃されては困る。
ゆっくりと起き上がる。せめて内容ぐらいは確認しないとな。
手を上に伸ばし、大きくあくびをする。体はまだ起きていないようだった。
スマホの画面を指で触り電源をつける。僕もスマホみたいに起きられたらいいのにと少し思った。
『9時にショッピングセンター』
画面にはそう書かれていた。
* * *
待ち合わせ時刻の30分前、気合を入れすぎたと思った僕はどこで待つのが最適かなと辺りを見渡す。
館内とは違って入り口付近には椅子がなかったため、仕方なく柱に身を預けることにした。
しっかりと空調が管理されている館内は外とは打って変わってとても心地よく涼しい。あたりには子連れの親子が多く見られ、どれも買い物目的のように見えた。
逆に、僕のような高校生を探しても見当たらない。当たり前か。誰が朝9時からショッピングセンターへ行くのだろうか。
中学生だったら有り余っている元気で早起きし、朝早くから遊ぶことができるかもしれない。
だが、高校生になるとそもそもここでは遊ばないし、朝も起きられやしない。その点では少し中学生の方が羨ましいと思った。きっとどこにいっても楽しむことができるのだろう。
そんなことを考えていると、自動ドアから出てきた家族連れの後ろに砂藤さんが見えた。
あれ? と僕は思う。夢で見たのと同じ、カラフルな服装をしている。製作者の干渉なのか、はたまたやはり趣味だったのか。
真偽は本人に聞いてみないとわからないが相変わらず目立っているわけではなかった。
砂藤さんはきょろきょろと辺りを見渡している。いつもなら崩れない無表情も、一人のときは少し緩むようで顔に「どこにいるの?」とでも書いてあるかのようだった。
目が合い、僕は手を振る。砂藤さんは少しだけふっと笑いゆっくりと僕の方へと来た。
「おはよう」
「おはよう。てっきり来ないのかと思った」
そのいじり方は心にくる。だけど、あの頃のとは違って憂鬱な気分はあまり感じず砂藤さんという居場所があるおかげで生きる意味がはっきりと見える。
本当は今朝の夢が現実で今夢を観ている真っ最中なのかもしれない。
「砂藤さんのおかげだよ。いつ家に来られるかと思ったらひやひやしてね」
「この前嫌がってたから、今日は遠慮した」
案外気が利く。ただプライバシーにガツガツと入ってくる人ではなくなったみたいだ。もしかしたら今も権限を使わずに素で接してくれているのかもしれない。
「ありがとう。ところで、その服装どうしたの?」
「ん?」
砂藤さんは自分の服に視線を落とすと、指で裾をつまみ、首を傾げた。何か思い出そうとするように、わずかに眉を寄せて口を開いた。
「おかしい......?」
「いや、おかしいと言うかなんと言うか。夢で出てきた服装と同じだなぁって思って」
僕を見つめたまま瞬きを2回。そのまま固まった。
「どうしてだろう。いや、なんとなく——かな。はは」
そう言う彼女は自分の髪の毛をくるくると指で回していた。目は明後日の方向を見ていた。
「また製作者にいじられたんじゃなくて?」
「そういうわけじゃ。ただ、この服を着たいなって、思ったから......」
やっぱりセンスの問題だったのか? と僕は思う。だが、その格好はちょっと——隣を歩く僕からすると周りが気にしていなくても落ち着かない。
ただ、砂藤さんはもう気持ちの整理がついたようで、何も言わずに先先と歩き始めている。
僕は一歩遅れて後ろをついていくことにした。




