九十九 女の子にも宿る譲れぬ矜恃
コロネとマリカの戦意がビシビシと伝わってくる。スピリチュアルコアシステムによってそれが可視化さているのも相まってプレッシャーが半端じゃない。性別の違いで差別や区別をするつもりは無かったが、普段おっとりしているコロネだからこそ初めて知ったことがある。
「レイはあげない。レイが私を選んでくれたなら……誰にも譲れないよ。ここは」
「そのお方の背中にばかり隠れてきたくせによくもそんな偉そうな口が叩けますわね。そのお方は隣を歩ける者じゃなければ相応しくありませんわ!」
「それはレイが決めることだよ……少なくともあなたが決めることじゃない。仮だったとしても、一緒にアストラの景色を楽しもうって、間接的にレイがそう言ってくれたから……強さを示すことがあなたの言う資格に変わるなら、私はあなたにだって勝ってみせる――」
女にも譲れない矜恃というものがあるのかもしれない。確かに俺は俺の意思でコロネをパートナーに選んだ。誰に何を言われようと今さらその事実を撤廃する気もないが、意地をぶつけ合う二人に水を差すのは野暮というものだろう。
見届け人としてコロネを見守ろう。攻略組最前線を走る霊峰の幹部と、出来たてほやほやヒナっ子クランのコロネ、レベル差も相まって誰もがその結果を安易に決めつけるかもしれない。だが不思議とコロネは魅せてくれそうな気がする。
(マリカも気付いたか。甘えたつもりのない攻撃でもコロネは弾いてくる……攻めっ気のある守勢故に距離を取りたくなるだろうが、そうすれば本命の法撃にスタミナを奪われる。ほぼゼロと遜色のないレベルで穴熊を運用してるからなぁ……)
「コイツ……っ!穴熊をなんでここまで……っ!!」
「変式範囲型、ブレイズリング」
「っ!!」
ブレイズリングを避けるために距離を取らされたマリカに対し、コロネは大杖のまま次の詠唱を始めた。始めた頃に比べて距離感の掴み方も完璧、言霊フェイクによるイグニションバーストが飛来した。
「アイシクルインパクト……!」
「ホラ吹きが!!当たる訳ありませんのよ!!」
(流石のマリカ。炎球をフレーム回避……コロネは杖を下げてない…………?)
大杖は両手で持たなければ法撃を撃てないし詠唱も出来ない。だが左手に持ったまま右手には片手剣、背中に隠すように杖を所持しているが何かを狙っていることだけは明白だ。二回ほどパリィの受付フレームをズラした両者の刀身がぶつかり合い、火花が弾け飛ぶ。
「そんな見え透いた手にかかると思われてますの?」
「シールドバッシュ……っ!変式威力型――」
今のシールドバッシュが直撃していればコロネのコンボが決まっていた。射線修正によって大きく湾曲し続けた先程のイグニションバースト、それがマリカの背後から迫っていたためだ。波状衝撃波によって強制的に炎球に叩きつけ、続けて待機している氷法撃の威力型まで綺麗に繋がる。
だがシールドバッシュも炎球も共に縦の軸のせいか、横に避けたマリカには当たらない。続く氷の威力型も同じ。だがコロネは氷槍を迷いなく撃ち放つ。なるほど、狙いははなからマリカではなく、自ら放った炎球のようだ。
「フローズンブラスト!!」
「っ……!?」
小規模な水蒸気爆発にマリカの体勢が少し崩れた。間髪入れずに突撃回避を行うコロネがゼロ距離へ。右手に盾、左手は片手剣、胴体へと半身になりながら盾を持つ右肩をぶつけ、同時にマリカの反撃を封じるように左肘を押し込んで右腕の動きを抑制していた。
(マジか。体術なんて教えてないのに)
「タートルバッシュ!!」
「うぐぁ……っ!」
「ストライク……」
「誰がそんなコンボに――」
掌底波。ストライクバッシュを囮にキャンセルし、剣を持ったまま顎へと拳を殴りあげる。そのまま再び顔面へと盾で殴打を叩き込み、スタンから繋ぐはかち上げ効果のあるアサルトストライク。いつもとは持ち手の違う盾と片手剣にも関わらず、上手く扱えていることに驚きが隠せない。いつの間にこんなに強くなってんだこの子は。
「アサルトストライク!!……シールドバッシュ!!」
「うぐ……っ!空中コンボ……っ!?生意気ですのよ!!ワタクシにだって!!負けられない意地がありますの!!」
マリカの選択はグラビティパージ。対してコロネは、弾けないと悟りあえて盾のガードをズラして落下攻撃を地面に受け流しやがった。スキルウェポン直後の僅かな硬直、そしてマリカ自身の驚き、刹那ほどの後隙に彼女はマリカの脇へと腕を差し込み、反対の手は胸ぐらを掴む。
「今のレベル差じゃ致命傷までは持っていけないから……ごめんね」
「なっ……!?待ちなさっ!?」
美しい一本投げだ。崖へとぶん投げられたマリカが驚きと共に苦虫を噛み潰したような顔へ。空上マウントを出そうがコロネは大杖を構えている。否、イグニションレインを間髪入れずに放って容赦がなかった。これではマウントを出そうが怯んで落下は不可避。レベル差という壁を地形利用で埋めやがった。大したものだ。
「……勝ったよ!!レイ!!私一人で勝てた!!」
「あ、あぁ!知らない間にめちゃくちゃ上手くなってんな!?ついつい見入っちまった!!ナイスだ!!」
「絶対に負けたくないって思った……!私は……レイの隣に…………相応しいよね……?」
「……相応しいかどうかなんて言うまでもない。俺もコロネには隣でこのゲームを楽しんで欲しいって思ってる。同じ気持ちでいてくれるなら資格とか、そんな難しいこと考えなくていいだろ?」
「……!うん!!あっ……あの人の装備拾ってあげないと……下にポータルないよね?どうしよう……」
喧嘩を売られたというのに聖人か。だが装備を放置や奪って敵対関係になるよりかはライバル関係の方が遥かに良い。こちらは悪くないとはいえ、万が一にもクラン規模で霊峰が報復に来ては無理ゲーすぎる。
「じゃあせっかくだから解放されたエンゲージリングの第二効果を使ってみるか」
「 降りられないよ?どっちかが降りないと――」
「――上で待っててくれ」
「レイィィィィィ!?」
ほぼ垂直の崖だが今のレベル帯まで上げれば降りることは不可能では無い。難しいことに変わりは無いが、僅かな岩の窪みや出っ張り、たくましく生えた木などを利用して、少しずつ勢いを殺しながら降っていけば死にはしない。
徐々に高度を下げつつ、残り十メーターと少しで時短する。壁を蹴りながらバク宙し、五点接地転回法によって落下の衝撃を相殺した。パラシュート降下でも実際に使われる技術であり、自衛隊等がこのゲームを訓練に利用する一つの理由でもある。
リアルでは最悪死んだり大怪我をするが、ゲームなのでミスっても意味は無いし、自信がつけばリアルでの成功確率にも直結するのだ。が、アストラではほとんど利用場面はないので積極的に取得に技術を磨く一般プレイヤーは少ない。
「コロネ〜!!降りたぞ〜!!」
なんか声が聞こえた気がしたので待つ。五秒後に手を繋いだ状態でコロネが真隣へと転送され、驚きながらも嬉しそうに効果を喜んでいた。実際に自分が使うのは初めてだが、これ普通にチートだろ。
「すっご……っ!?これどこに居ても飛べるんだよね!?」
「あぁ、双方がサブスロに指輪を装備しておかないとダメだけどな。そんなことより忘れてた。ほい……!」
「っ……いぇーい!」
「うぇーい」
マリカを無事討てた事にハイタッチをしていなかった。奴の装備を拾って雑談を交えて待っていると、心底不機嫌かつ悔しそうなマリカが萎えながら歩いてきた。座る俺達の眼前にて膝をつき、この世の終わりのようにブツブツと何かを言う。
「ああああああ……レイ様と並ぶために培ったものがぁぁぁぁ…………あぁ、ゼロ様ぁ……!愚かで弱者な私目をどうか罵倒してくださいませえ……」
「……何言ってんだあいつ」
「はい、マリカさん!」
「……は?ひ、拾ったのならばそれはあなたのものでしょうに!!どこまで私を侮辱すれば気が済みますのよ!!」
「また戦りましょう!今度はお互いにレベル七〇の時に……!その時も、その次も……!その次の次だって絶対に負けません!レイの隣は誰にも渡しませんから!」
「っ……この生意気な泥棒猫が。流石はレイ様が見初めた相手と認めるべきですわね……その防具やサブウェポン、ほとんどが星七や星六の貴重品ですのよ?奪ったままにしておけば私をかなり弱体化させたままにできますのに……」
「弱いマリカさんに勝っても意味なんてないです。それに、自分の装備はレイと一緒に取りたい……!だから、これは返します!はい!!」
押し付けるようにされたマリカの装備は持ち主へと。返り討ちにした時は奪っても良いと言ったのに、誰に影響を受けたのか清々しいものだ。だがマリカもコロネを認めたようで、怒りや憎しみの籠った瞳が遥かに違うものへと変わっている。
「そう……ですのね。レイ様、この方はもう知ってますの?」
「あぁ。その上で俺から申し込んだからな」
「そう……コロネさん、一つ約束してくださいな。ゼロ様はとてもお強い方です。ですが心まではそうとは限りませんの!!ですから……!もしもレイ様が同じように悲しい瞳をした時は……!」
「私が笑わせるよ。これだけは誰にも譲りたくない……から」
イケメンすぎるだろ今のセリフ。どうやら二人の間に絆が生まれたらしい。相互フレンドを結んで少し話した後にマリカは去った。さて、俺達も欲しかった指輪の第二効果も会得出来たことだし、そろそろクランとして活動を再開しても良い頃だろう。だがコロネが。
「つ、次のミッションも楽しみだね……」
「あえ?うえ!?や、やるのか!?あ、あぁ!と、とりあえずミッションだけ消化してって意味かぁ!?」
「……バカ」
エンゲージミッションの第三段階目は、クリア後にベイビー機能が解禁される。俺としては解禁後はスキップ機能で過程をすっとばし、赤ちゃんに設定された機能や性能を見るだけで良かったのだが。
だが恥ずかしそうにしながらもこちらの様子を伺う彼女のそれは、俺とその過程を飛ばさず楽しんでも良いと言っているようにしか見えない。過去一のキョドり方を披露してしまったが、こればかりは本当に俺は悪くはないと思うんだ。だって男の子だもん。
『斧』
打撃特性に特化したものが多い武器種。モーションの重たい技が多く、威力を重視した武器の一つ。技に特有の性質として、空や海中では下へと急速に落下するものが多い。
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