九十五 開戦、バレクアンドラ
何気に初対面の超伝導状態のサゼロキロロだが、頭で理解している数倍はヤバい。足場も相まって本当に手が付けられない。だが手すりも支柱もないこの不安定な戦場だからこそ、辛うじて俺は奴の攻撃を凌げていた。
「やっばぁ……いぃぃ!ひやぁぁ……っ!?ふぉぉぉぉぉぉ!?」
「レイ!?大丈夫なの!?助けに行きたいけど……!」
「来たら死ぬぞ……!!ひょぇぇぇぇぇ!!」
階段からあえて落ちて、鉄板にぶら下がることでなんとか攻撃を凌いでいる。雲梯遊びレベル九九九くらいの高次元な戯れだ。ふざけるな。時折垂直に回転する足場の仕様も相まって握力がやばい。上にはバケモン、下は沼、どうすりゃいいんだこんなの。
「この……っ!シールドバッシュ!!下に落ちやが……あかぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
波状衝撃波を全身の歯車を分離することでかわしやがった。だがひとまず捕まる手を突き刺すような猛攻が止んだため、即座に逆上がりの要領で飛び跳ね、不安定で細い足場へと戻る。とにかく暴走モードを解除しない事には無理ゲーが限界突破だ。
「変式威力型……!!ブレイズブラスト!!」
飛来した歯車という名の刃があちこちにぶつかり火花が弾け飛ぶ。ほぼゼロ距離で放った威力型がコアを爆裂させたがどうなるか。結論から言うとまるでダメ。全然動きが早いままだし、なんならちょっと怒ってるのか動きのキレが非常に良い。
「落ちろやァァァァァ!!シールドバッシュ!!シールドバッシュ!!シールドバッシュぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
全部避けられ、対して俺への反撃を同じくして紙一重で避ける。首を狙われればバク宙しながらギリギリでかわし、そのまま足場の鉄板にぶら下がっては隙を見て上へと戻る。まるでサーカス団のピエロにでもなった気分だ。多分だが正攻法ではないのだろう。
(ユニクエとは言えプレイヤースキル依存で勝敗が決まるわけがない……っ!!さっきのギロチンを使う?いや多分違うな……!!もしかしたらサゼロキロロの正攻法を知らないと勝てないとか……?)
仮説を立てよう。そもそもここはサゼロキロロから泥するレアなアイテムありきで突入できる高貴なユニーククエストです。つまりはこいつを履修済のプレイヤーしか入れないのは道理、イキって俺依存の力技討伐によって不法侵入したひこやか一同は、もしかしたら詰んだ可能性がある。
「なら今見つけろ俺!!お前ら!!ちょっと待ってろ!!今からこいつの正攻法を見つけてやらァァァァ!!」
超伝導状態下の時、全身を形成する刃付き歯車も高速回転しており、生半可な物理攻撃は呆気なく弾かれダメージが通せない。なぜ初見のクセに分かるかと問われるならば、通常状態でも物理攻撃は通りにくいんだもん。いつもより高い音できゅいーんいってるんだからそう思うのは至極当然だろう。
「変式威力型!!サンダーブラスト!!」
鉄板から逆上がりしつつ、踊り場折り返し地点の鉄板を蹴って宙で軌道を変える。すれ違うようにサゼロキロロへと雷光の刃をぶち込んだ。何度も、何度も何度も何度も何度も、炎でも良かったが刀身のように扱える雷光法撃の威力型が近接戦闘では使い勝手が良い。
(足場が悪すぎて死ぬほど戦いにくい……っ!こちとら曲芸士じゃないんだぞ!!それにこんなちまちま削っても時間が足りないんじゃ――)
未知の最前線の扉が軋む。固く閉ざされていたはずの扉が静かに、音を立てて開くような感触を確かに感じた。電気を纏い始めたサゼロキロロの挙動が明らかにおかしいのだ。活性化して歯車の回転は過去一だが、法撃コンボの時よりも遥かに殴りやすくなるほど動きが鈍っているではないか。
「レイ!!ここからでも法撃なら援護できるよ!!どうすればいい!!?」
「……後衛組は…………全員雷光法撃だ――」
俺の指示によって後衛三名から一気に雷撃が飛び交った。こいつらにとって雷、すなわち電気とは生命エネルギーそのものなんだと思う。アストラユーザー一般常識、炎、氷、雷のコンボはショートによるダウン現象。
だが恐らく今から見える光景はそれとは違う。外部から受けた雷をエネルギーに、過剰に活性化したコアによって自ら高温になる。そして墓穴を掘るように勝手に限界を超えてくれる。すなわち、オーバーヒートだ。
「正攻法……見つけたりぃぃぃぃ!!!!」
超伝導状態による臨界電流を迎えたサゼロキロロは、外部から受けた電気エネルギーを自らの糧としていた。だが許容量を超えたそれらは過剰なまでにコアを活性化させ、正常な動作が不可能なまでに自ら発熱したようだ。やはり固定観念に囚われてはいけない。強化状態を避けるため誰もやらなかった事だ。
全ての歯車が落下し、無様かつ無防備なコアがさらけ出される。しかもかなりダウン時間も長そうだ。本来ならば嬉々としてみなが不屈の怨恨を使ってラッシュを持ちかける場面だが、ここは下が処理場なのだ。何をするまでもなく勝手に逝く。
「あばよサゼロキロロ、クソモンスだが新たな発見は嬉しいもんだな」
垂直になった足場からコアや残っていた歯車が落ちていく。ジュッ、と短い音を立てながら奴は沼の底の藻屑となった。かっこつけて「ふっ」とか笑ってたら足場が垂直になって死にかけた。ここまで来てこんな間抜けな死に方してたまるか。
「やったなお前ら!!多分サゼロキロロの正攻法だぞ今の!!」
「感想会は後よ!!あぁもう……!あなたの危なっかしいところ見てると本当にハラハラするわね!!早く階段登って!!見てるこっちの心臓が痛いわよ!!」
「チョコさんおこで草。ま、おk〜サクッと登るよ……!!」
特筆すべきこともなく登頂完了。おっかなびっくりな様子の仲間を待ちつつ、突発的なアドレナリンの過剰摂取による動悸を抑える。山場は超えたと信じたいが、通路の奥を見るに罠の見本市はまだまだ続くようだ。
振り子ギロチンやトマホークの飛来なんてものは序の口、四角い空間の中に差し掛かったと思えば、部屋そのものがダイヤルロック方式の鍵のように回ったり、とにかくなんでもありのトラップハウスだった。
だがようやく鉄臭い監獄のようなエリアを抜け、青色の空と太陽の光を拝むことに成功する。機創戦艦バレクアンドラの甲板へ到着というわけだ。何やら俺達以外とも戦っているようであり、船体の周りには飛び交う天使の姿が。
甲板の中央には巨大な主砲と禍々しくもメタリックな骸骨がカタカタと震えているのが見て取れる。嘲笑うかのようで、それでいて確かな悪意が感じられる腹ただしい演出だ。汽笛のような咆哮と共に、虚空から出現した六本の腕が臨戦態勢を取る。
「いよいよバレクアンドラ本体と戦闘っぽいなぁ……!よっ!」
独立して自由奔放に動く巨大な腕にはそれぞれ鉈や斧、機関銃などが握られており、天使達と共闘しながら本体を討伐する流れだと予想する。迫り来る攻撃を見切り、本体らしき顔面へとヘヴィースマッシュを叩き込んでやった。
「かってぇ……っ!?やっぱお前もゴリゴリの機械野郎か……!」
ならば法撃と言いたいところだが、間髪入れずにチョコが弓を、オレンが大剣で打撃を叩き込む。打撃はそれなりに手応えは感じられるがやはり微妙な雰囲気。俺が試すまでもなく、パーティー全員がバレクアンドラの弱点属性を探ってくれた。
(手応えは炎か……サゼロキロロと同様に超伝導状態から大ダウンみたいなパターンか……?だが初見でモーションもよく分かってないやつに試すには危ないか)
「変式時雨型……」
「コロネ……っ!?やる気か!!」
「私達ならきっと……!どんな初めても楽しめるはずだよ!!『ユーピテルレイン』!!」
突き刺すような腕共の攻撃を潜り抜け、落雷の嵐の中威力型の詠唱を行う。確認の意味合いも兼ねて目配せの最中に全員の顔触れを改めて見たが、誰ひとりとして臆しているものはいなかった。コロネへと手首を二回捻り、回復の合図を送りながら放つはアバランチブラスト。
「おらぁ!!アバランチブラスト!!続けてくらいやがれ!!サンダーボルト!!」
「「ライトニングボルト」」
チョコ、アンリと続き三名のイカヅチが追い討ちの如く駆け抜ける。汽笛らしい咆哮にフレーム回避を合わせ、一気に活性化した奴の動きの速さに目を細めた。見立て通り顔面にはコアがあるのだろう。過冷却状態から高圧電流が奴のエネルギーとなり、全てのモーションが一気に加速する。
「リジェネレイト!!」
「背中は任せとけ!!」
コロネと背中合わせに。回復法術によって一気にヘイトが傾いたため、コロネの後ろから来るやつは全て俺が引き受ける。三本の腕にはそれぞれ鉈、斧、大剣、波状攻撃の如くタイミングをずらすように切り込んで来るが、残念ながら音ゲーのノーツにしか見えない。
巨大かつ馬力も相当な印象を与えてくれるバレクアンドラ(腕)だが、そのリズムは悪手だ。威力だけならば呪刀シルヴァーナの固有スキルもイカれてる。しっかりと堪能してくれたまえ。
「カースサイン!!」
三度の連撃が激しい轟音と共に腕共を吹き飛ばす。甲板に打ち付けられるもの、顔面の骸骨に弾け飛ぶもの、はたまた空にまで吹き飛んでいくもの、弱点ぽい骸骨までの道のりに邪魔者はいなくなった。間髪入れずにぶち込むは『ユーピテルブラスト』だ。
「変式威力型……!!ユーピテルブラスト!!」
上級雷光法撃によって完全にヘイトを取り返す。ダメ押しのヘヴィースマッシュを叩き込み、完全に固定砲台と化したアンリが火を吹いた。カード六枚とセンチネル二機、完全に手放しで八枚の砲台が骸骨を捉えていた。不気味に笑うアンリの表情はとても楽しそうでなによりです――
「…………見てるこっちが同情したくなるな。ほい追加〜『ライトニングボルト』」
無数の稲光が奴を焦がす。発光しすぎて若干目が痛いし、よく敵が見えない。だが奴の咆哮と共に体に大きく慣性がかかった。座標高く空を飛んでいながらも、周りの雲がありえない速度で真横に伸びているではないか。
「はっや……っ!!??うぉ……っ!!」
景色が伸び続けている。バレクアンドラの飛行速度が半端ではないせいか、ちらほらといた天使達の姿も見失い、光すらも置き去りに俺達の視界が真っ暗になった。だが二秒後、ガラスの砕けるような音と同時に視界に飛び出した光景は、現世とも言えるアストラのオープンフィールドと瓜二つの大陸だった。
『変式法擊』
練度を積み上げたウェポンスキルが千差万別に変化するように、法擊もまた形を変える事が可能だ。範囲型、威力型、時雨型、何かを犠牲に何かを伸ばす。エネルギーの保存法則に従い、連ねた詠唱によって法術はその形を変える。
Now loading…