九十四 未履修のツケ
アンリのレベルも地味に上がったため、これより未知の最前線『機械要塞の歯車』に関するユニクエ攻略へと洒落込むことにする。このユニークアイテムは単体では機能せず、チョコに調達を頼んだ二種のアイテムと錬成する事で意味を成す。
『八分違いの指針』と『時空の歪んだ円盤』、そして『機械要塞の歯車』。これらをクラフトする事で名称が『並行世界の時辰儀』に変わる。このアイテムを使用する事で、八分違いの並行世界とやらに飛び込める権限を得るという流れだ。
「メタいこと言うとユニクエの鍵だ。テキストには並行世界とこちらの時空が重なるタイミングを可視化出来るとか色々書いてるが、まぁどうでもいい」
「そう?で、なんでアンリはこんなにやつれてるの?」
「昨晩……レイにめちゃくちゃにされた…………優しくしてって……言ったのに」
「戦闘訓練な。よし、早速行くぞ」
なぜここまで知っておきながらゼロ時代に攻略していなかったのか、その理由は闘技場である。丁度PvPにハマったタイミングだったため、あれよあれよと後回しにしているうちに存在をすっかり忘れてしまっていた。
後出しでフォルティスに教えようとも思ったが、「なぜもっと早くに言わなかったんだ」とか色々口うるさそうなので無かったことにしたのだ。ハマっている事に熱中して何が悪い。
『血濡れた異界の侵食因子を開始します。レベルシンク五〇――』
「は?」
開幕からいきなり地響きと気味の悪い汽笛のような咆哮に体が硬直する。近代的な街並みの中、血塗れの壁や城門を吹き飛ばしながら巨大な方舟が徐々に高度を上げていく。繋がれていたのか不明だが、巨大船から弾けるように鉄の鎖が鞭打っていた。
引きちぎられた鎖が無慈悲に街並みを破壊しながら、くっそデカい機械仕掛けの船が全貌を現した。機創戦艦バレクアンドラ、機械要塞の歯車がまさかPVでしか姿を見せなかったコイツに繋がるとか誰が思う。
「フラグだったのかよ……っ!!まさかのバレクアンドラ降臨……っ!!お前ら!!死ぬ気で船にしがみつけ!!鎖でもなんでもいい……!!多分置いていかれたらクリア不可だ!!」
PVでも同様にみなが船体にどうにか張り付こうとしていた。バレクアンドラはゴリゴリの船の形をしているが、どういうわけか浮遊するように空へと浮かんでいく。第一フェーズにしてもかなり派手な演出だ。武装した機関銃や甲板に取り付けられた三式弾がアホみたいに飛んでくる。
「うぉぉぉぉぉぉぉ……!!イレイザー……!!離れたら逆に蜂の巣になる……!懐に走れぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「レイ……!!」
「捕まれコロネ!!」
イレイザーで無差別な弾丸の雨をゴリ押しで潜り抜け、離陸寸前のバレクアンドラに絡みついた鎖を握る。同時に駆けつけ飛び跳ねたコロネを引き上げ、共に鎖に宙ぶらりんのまま船体が完全に浮き上がった。
「ダメよ……!!絡みついた鎖が外れるわ!!」
「イカリを回収してやがる!!そっちの鎖に飛べ!!」
船体の横に取り付けられた鎖の射出場所にはプレハブ小屋サイズの穴があった。流石は見上げるほどの巨体、イカリの大きさも規格外。一斉に俺達は決死の跳躍を繰り出し、間一髪ながらにイカリの収納場所へと転がり込んだ。
だが息をつく暇もなく四方から極太の針が飛んできやがる。威力も相当なもので、受け止めたイレイザーにからごっそりとエーテルが持っていかれた。映像で見るのとはまるで訳が違う。敵の体内にいるという状況はすなわち、どこから攻撃が飛んでくるのか全く予想が出来ないのだ。
「伏せろ……っ!」
「あっちに階段があるよ!!」
「待て!!」
「わぷ」
走り出そうとしたコロネの首根っこを掴み、倒れてきた体を支える。階段の見える通路は明らかに誘導されている。針の弾幕が見るからに薄く、事実コロネを捕まえていなければ彼女は死んでいた。通路に見えていた場所が捻れるように収束し、また元通りの階段の見える枠組みへ。
「トラップハウスかよ……!?」
「レ、レイに助けて貰ってなかったら……!」
「……っ!!『タイダルウェーブ』!!」
二人して青ざめていると、突如として大技を放つオレンの声に気付く。ひび割れていた壁、それが大剣の剣撃によって崩壊した。汽笛のような咆哮に体が硬直するも、すぐ様に暴れているであろうバレクアンドラによって体が壁へと叩きつけられた。
「がはっ!!」
「危ないっ!!」
「早く行くわよ!!こんな針まみれのところにいたらすぐに死ぬわ!!」
「言われなくても……!!ガードサンキューなコロネ!!行くぞ!」
砕けた壁から飛ぶようにして退散し、鉄格子のような網目の床を走り抜ける。だが今度はトマホークが両左右から飛来し、足元からは毒々しい水飛沫が吹き上がった。イレイザーで事なきを得てはいるが、このペースではいずれ魔力切れを起こして詰む。
「くっそ……!!普通にムズすぎだろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
トマホークは紙一重で見切れたが、何やら上部のパーツがガチャガチャいってやがる。ほら見ろ、今度は半円月型のギロチンが振り子のように設置された。通路を跨ぐように揺れているため、タイミングを見て走り抜けるしか選択肢がない。
「っ……!俺の合図で全員着いてきてくれ!!一瞬でも判断が遅れたらトラップの連鎖で即死だ!!行くぞ!!」
そして恐らくはチンたら検証している暇はない。クリア条件が討伐だけでなく、『目的地に到達するまでにバレクアンドラの討伐』と記載されている。巨大すぎて慣性を感じにくいが、コイツは空を飛びながらどこかに向かっているのだ。
後続の事を考えて振り子ギロチンを紙一重で駆け抜けていく。前や上だけでなく横も見ながら飛来するトマホークをかわし、時折噴射する猛毒っぽい水飛沫を跳ねてかわす。が、着地から一歩目を踏み出した瞬間の事だった。
「いぃ……っ!?ぶね……っ!」
「どんな反射神経してんのよ……!?」
鉄格子の床、パネルの一枚が突如として外れた。ギリギリの反射神経によって飛び越えていなければ逝ってたんだが。だがギロチンエリアは抜けた。仲間達も同様に抜けた足場を飛び越えるのに手を貸し、さらに奥へと進むと剥き出しで浮遊した階段が。
階段の足場は一定周期で垂直に九〇度回転し、またもや時間経過で元に戻る。幾つかは動かない基礎的な足場もあるようで、タイミング良くそこまで移動していく流れだろう。だがここまでのトラップだけでも運営の意地の悪さは目に見えている。安置に見せかけた場所にピンポイントで初見殺しを敷いているに決まっている。
「…………誰か先頭行きたい人いるぅ〜?☆」
「「「「「っ……」」」」」
そんな勢いよく首を横に振るな。人がせっかく未知の最前線の前を明け渡そうと言っているのに、君達に足りないのは野心だぞ。決して俺が行きたくないからこんなこと言ってるわけじゃない。あくまで譲ってあげようという親切心だ。
「頼むよぉぉぉ!?まじで先頭おっかないんだって!!??見た!?初見殺しまみれ!!まだ序盤も序盤なのに何あれ!?前からおかしいと思ってたけど、アストラ運営がついに壊れたァァァァァァ!!」
「で、でもレイじゃないと多分みんなワンパンだったよ!自信もってよ!」
「そ、そうよ!!あんた以外には先頭は勤まらないわ!!ぜ、全然先頭とか羨ましいんだけどね〜??あ、いいです。私は行かない」
「私だと多分最初の針で死んでた!!レイっちの伏せろの声がなければぽっくりだね〜!」
クソが。体よく持ち上げやがって。三人がかりで背中を押すんじゃない。物理的に押されたらガチで落ちる。階段の足場は分厚さ一センチもない程の鉄板が浮遊しており、手すりもなければ支柱もない。その下には煮えたぎる紫色の液体がフツフツと妖気に沸騰しており、落ちたら見ただけでも即死だと分かる。
「……踊り場の折り返し六回でまた部屋のようなとこか?下からじゃよく見えないな……一気に来るともしもに対応できないから、間隔を開けてタイミングよくついてくるんだぞ」
「「「了解!!」」」
「漢気だな!!レイ!!流石だ!!」
「勇敢……」
お前らがひよるから俺が行くしかないんだろうが。下手にビビるとバランスを崩してあの世行きは確定、ならばいっそ振り切れ。そう、崖から飛び降りまくった最初期のように、恐怖という感情を脳内麻薬によって中和する――
「ふへぁぁぁぁぁぁぁぁ!?こええええええええ!!」
足場が平行になった瞬間に一気に駆け上がる。上品に一段ずつなんて登れるか。二段飛ばしで最初の安置さえも飛び越して次を目指す。タイミング的にはそろそろ、ここで一気に飛ばして安置に着地一択である。
「ふぃぃぃぃぃぃ!どんなもんだいコレィ!!……へ?」
悲報、両サイドから振り子ギロチンが六枚ずつ飛んできた模様。十三枚おろしにされるなんて冗談じゃない。だが前も後ろも垂直になった足場のせいで逃げ場すらない。なんせ足場の細さは一センチもな――
「――まさか暇を持て余した神々の遊びが役に立つ日が来るとはなぁ!!」
一本橋。ステラヴォイド正門前にて橋の手すりの上を走り抜ける無駄な遊びのことだ。紙一重でシュレッダーギロチンから抜け出し、僅かな細い足場へと飛び移りながら上階を目指す。なんだよ、意外と楽勝じゃないか。
「お前らはゆっくり来いよ!!俺が先に全部トラップの位置を……うん?」
次から次へと退屈させないダンジョンだ。階段上部からカツカツと何かが降りてくる。こんな狭い足場でエネミーと戦うなんて冗談じゃない、なんて言うと思ったか。俺クラスのプレイヤースキルともなるとそんなもの御茶の子さいさいなんですわ。
「運営はバカなのか!!??サゼロキロロは連れてきちゃダメだろ!!待て待て待て待て待て待て待て待て待て待てぇぇぇぇぇぇぇ!?」
悲報、階段からサゼロキロロが降りてきた。しかも悪ふざけ全開、『超伝導状態』。機械系統の敵は炎→氷→雷の順に当てるとダウンする。が、敵にはもちろんAIが組み込まれていて避けたりするわけで、何かの間違いで氷→雷と当てると手が付けられない暴走モード突入である。
過冷却状態のコアに流した雷光法撃によって活性化し、なんと通常から全てのモーション速度が脅威の一.五倍になる。そりゃ雑魚なら許すよ。だがサゼロキロロ、てめーはダメだ。クソオブクソモンスの活性化なぞ、ゲームバランスの崩壊以外のなにものでもないのだから。
『人間族』
最も平均的な種族の一つ。特筆する事の無い最も基礎的なステータスであり、全ての事態に臨機応変に対応可能な万能の種族だ。
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