九十三 脳筋ビルド矢倉
メイド【潔】に進化したメイさんは課金アイテムの効果と同等の性能を有していた。以前は庭の手入れしか出来なかったが、室内の清掃や家具の耐久値の緩やかな減少効果を解放していた。
「サゼルキロロの周回も終わりかぁ……ひたすらダルかった」
「あんたが死んだ瞬間全滅だもの。あいつの正攻法ってなんなのかしらね」
「謎である。運営の悪ふざけだろうって事で霊峰時代から深くは検証してなかったな。けどユニークアイテムを落とすんなら悪ふざけじゃすまないんだが」
苦労して手に入れた『機械要塞の歯車』である。なんと累計二十四回の挑戦と、十三回の討伐の経緯を経てようやく泥した。勝率は約五〇パーセント、俺の集中力が途切れたら負けとか言う緊張感ある戦場だった。
調子に乗ったオレンが前に出すぎて、だいしゅきホールドの餌食になった時は阿鼻叫喚の地獄絵図。死ぬまで体を引き裂かれてトラウマを植え付けられた。くらう方も見る方も、絵面のインパクトが恐怖以外の何物でもない。オレンの悲鳴が今でも耳にこびりついたままだ。
「わったしは二度と行きたくないね〜!!アハハハハハハハ」
「目が笑ってないぞオレン……」
「だって身動き取れないままジリジリ体力と肉を削られたんだよ?肉片が歯車に挟まってたんだって?アハハハハハハハハハハハハハ……!」
バグったオレンは時間経過で元に戻ってくれる事を願う。だが悪いことばかりではない。しつこく深層へと張り付いていたおかげ、いやサゼルキロロのせいで思いがけずパーティー平均レベルが五〇近くまで跳ね上がった。道中の雑魚も貢献していたが、目的もあったおかげかいつの間にかという印象が強い。
アンリはまだ四十三だが、創立メンバー四人も五〇を達成。これならば『機械要塞の歯車』のユニクエにも十分挑めるはずだ。ただこいつだけではまだ突入条件が満たせていない。他にもあと二つほど集めるべきものがある。
「ひとまずオレンは置いといて……サゼルキロロの周回で精神衛生が著しく汚染してると思う。休憩がてら二つほど必要な素材を集めようか」
「それだけあれば行けるんじゃないのね」
「あぁ。とは言ってもこいつ以外は比較的楽勝だ。アレクフォールの地下に湧く雑魚から極稀に落ちる素材がいる。『八分違いの指針』と『時空の歪んだ円盤』、出来れば知識のありそうなチョコを中心に頼みたいんだが……」
「あぁ……あの二つって何に使うのかと思ってたけどそういうこと?そりゃ取ってくるのは構わないけれど、あんたは何を?」
「アンリのレベリング兼特訓と、レベル五〇が来たからコロネにちょっと立ち回りのコツを伝授しようかと思ってる。いいか?」
「私はもちろん。みんなも良いみたいだし、オレンとハザマは私について来てもらうわね」
レベル五〇からはアストラ上級者の仲間入りである。レベルシンク五〇超えのダンジョンからは、ほぼ確定でダメージを受けるギミックが隠されている事が多い。回復アイテム等は持ち込み数の制限もあり、タンクとヒーラーのコンビは息を合わせなくてはならない場面が多々あるのだ。
回復法術には現時点で二つの種類が新たに授けられ、『リジェネレイト』と『クイックヒール』にはそれぞれ特徴があるのだ。平たく言えば遅効性と即効性の違い。クイックヒールは全体力の五パーセントを瞬時に回復し、さらに一〇秒間、二秒毎に徐々に回復していく。
「でだ、俺はどちらかと言うとリジェネレイトの方が好きでな。後にオレンとも取り決めはするけど、一足先にハンドサインを決めておこうと思ってる」
「どっちの回復法術を使うかってこと?」
「いや、クイックヒールは即効性があるから声出しで十分だ。敵の大技や地形変化、後はそれら以外にも掛け合いの暇がない時に使う感じになるかな?」
「分かりました先生!」
とりあえずサインは手首を二回クックッと曲げる感じで行く。リジェネレイトは三〇秒間の間、二秒毎に徐々に体力が回復して行く。即効性がない代わりに総回復量はクイックヒールより高く、継続時間も長いため俺の戦闘スタイルにはこっちが合う。
一度かけてくれればその分ヒーラーもアタッカーになれるし、パーティー火力が上がればその分殲滅が早まり、討伐までのプロセスが減って快勝しやすい。中にはヒーラーの独断で回復法術を使ってしまい、ヘイトが散り散りになって阿鼻叫喚なんてこともありえるのだ。
「ちなみに回復はアホみたいにヘイトを取りやすいから要注意な。コロネならよっぽどじゃない限りは心配はないと思う」
「レイほど上手くはいなせないけど……私強くなってるかな?」
「あぁ、過去一の成長速度を持つプレイヤーだよ」
「えへへ、ありがとう!」
カジュアルなクランや集まりの中で、姫プレイヤーと呼ばれる方は何故か率先してヒーラーを預かる事が多い印象。だがそれは悪手だ。アストラのヘイトシステムの理解が薄く、意味もわからず回復して敵が一斉に姫に襲いかかる光景は何度も見てきた。
ヒーラーには信頼を預けたタンク役に速やかにヘイトを返す立ち回りが求められる。アタッカーでもある自覚を持ってもらい、自分が攻撃しやすいよう盾役に守ってもらうのがセオリーだ。悪い言い方をすれば敵意を押し付けるのだ。
「じゃあヒール講座はここまでにして、アンリの訓練に行こうか」
「何する……?」
「アンリは戦術とか、くい込んだゲームの話しは知ってるのか」
「……嫌い…………近寄りたくない」
翻訳すると近接系統は怖いため自分には向いていないとの事らしい。口数は少なくとも話しているうちに慣れてきた。基本的にアンリはパーティープレイを好むようで、それならばいっその事振り切ったビルドを勧めてみるべきだ。
「『矢倉』をやってみるか」
「はい先生!『矢倉』って穴熊のような戦術の事ですか!」
「そう、近接マンに突っ込まれたら一巻の終わりだが、全て遠距離武器に振り切ったアタッカー専門ビルドだ。PvPに持ち込むなら穴熊とは比にならないほど難易度が跳ね上がるが……まぁ、殴るだけのパーティープレイなら悪くは無いかな」
使用武器種は杖、センチネル、『カード』の三種だ。第二席レンカも俺とやる時以外は使用する事のある攻撃に全振りしたイカれた脳筋ビルド。杖とセンチネルで無数に遠距離放火をしながら、加えて『カード』と呼ばれる設置型法撃装備を駆使して敵を討つ。
カードは一枠に対して六枚の装備であり、任意の場所に向かって投擲し、浮遊して停止する特徴がある。その後は事前に選択した爆発か光剣の射出が発生する。発動タイミングは最短でも設置から二秒、最大で十秒まで待機が可能であり、これまた脳みそが悲鳴を上げるほどめんどくさい武器でもあるわけだ。
「ちょい待ち……ないから買うわ。星一でも使用感は分かるしな……ほい」
「買ったよ……」
「おk。こうして投げたら……爆発かエーテルで生成された剣を飛ばす。アンリはとにかく難しい事は考えなくても大丈夫だ。ひたすらセンチネル、カード、そしてメインの杖でフルボッコにしてくれれば十分貢献できる」
コロネが。
「……これ、全部避けて突っ込んで来た敵はどうやって対応するの?」
「気合い。そもそも近寄らせずに一方的にボコボコにする脳筋思考から生まれたビルドだ。対人戦でこれを使うやつは脳死でイカれてるか、相当上手くてイカれてるかの二択だ。まぁ、イカれてる事だけは確実だな」
「だ、だってこれイレイザーを割られてエーテルがなくなったら何も出来なくない?」
「正解。殺られる前に殺ろうとか言う危険な思想を持つバカが考えたビルドだ。ちなみに発案者は第二席」
「あ、あの怖いけど綺麗な人……」
ゼロとレンカによる穴熊vs矢倉はかなり認知度の高い名試合と言われていた。闘技場でマッチングしてお互い初めましての対戦の事だ。悔しいが法撃合戦では俺の方が分が悪く、近接を狩るための穴熊も機能せずかなり苦労した記憶。
「お、まだ動画残ってるじゃん。ほら、矢倉はこういう感じだ」
共有した動画を二人に見せる。動画投稿サイトに誰かが投稿したゼロvsレンカの試合。とても懐かしい。七年前だと言うのに未だにコメントが来ているようで、再生数も半端では無い。
『近寄らないで……っ!!』
『……死ね』
『お前が……死ね…………』
『スラスト』
『無理……てか当たってるでしょ……今の…………』
『残念、服。早く楽になれ』
『ふざけないで……チビ……え?は?――』
口の悪いやり取りの後、俺が初めての試みである突撃回避ドロップアサルトによるサマーソルトの誕生だ。突っ込んでくるセンチネルの一機目をフレーム回避し、二機目をサマーソルトで蹴り飛ばす。そしてゼロ距離から全エーテルを絞り出した『アポカリプス』によって、互いの魔力を空っぽに持ち込んだ流れだ。
「……なんか二人共口悪くない?」
「対人戦は大体こういうもんだ……勝ちに執着するあまり殺気がね……」
この一戦が俺とレンカの因縁の始まりでもあり、PvP界隈にて騒がれる起因でもある。では座学はこのへんにして、アンリにはセンチネルとカードの使用に慣れてもらう実践授業へと移ってもらおう。
『カード』
エーテルを消費する法撃の武器種。一枠で六枚のカードを使用可能であり、光剣による刺突、もしくは爆破を任意に選択できる。カードは設置から二秒後以降に設定したタイミングで発動が可能だ。
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