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九十二 オムライスのアルケミスト


 俺がキレているにも関わらず笑うハザマに殺意が湧いた。だが次第に笑顔を浮かべる瞳からぽつりぽつりと涙が頬を伝う。笑っているのに泣くという、意味のわからない状況に胸ぐらを掴む力が緩む。


「ゼロさぁん……っ!お久しぶりですぅ…………!!『セリナ』ですぅ……!」


「…………は?」


 プレイヤーネーム『セリナ』。霊峰で活動していた頃に仲の良かったプレイヤーの一人だ。効率厨の多かった霊峰の中でも、俺とカオリ特有の無駄な行動にも率先して着いてきていた変態プレイヤーだ。


 色々とあったが、セリナは〝天啓の導〟に特定された被害者の一人でもある。それが白姫の逆鱗と騒がれる原因にはなったが、ハザマがセリナとなれば懐かしいにも程がある。ログアウトしてる場合じゃない。


「は!?セリナ!?お前病んで人間不信になったって聞いたぞ!?その中身が神崎すみれ!?待って!?理解が追いつかない!!??」


「レイ、落ち着……………お、落ち着け!わっはっは!!ゲームの世界で実名はタブーであろう!?」


「お、おう!!た、確かに!!久しぶりだなぁ……!」


「本当に久しぶりです……自らをゼロと名乗っていましたが半信半疑で…………サゼルキロロの一戦を見て確信したんです……!あの動きはゼロさん以外にありえないって!」


「……リアルの方は元気に過ごせてるか?昔怖い思いしたよな」


「その節はお世話になりました。おかげさまで元気に過ごせています。メイン垢は……まだ怖くて出せませんけどね」


 無理もないだろう。というより半ば俺のせいで彼女を巻き込んでしまったため罪悪感が未だに残る。カオリは男勝りな上に気の強い性格だが、セリナは気の弱い臆病な子なのだ。


 ゲーム内の揺さぶりならともかく、リアル特定を見せびらかすように自宅を出る瞬間の盗撮写真等を送り付けられていた。天啓の特定班の標的は結果的に、セリナを脅しにゼロを揺さぶるようだったが結果は以上の通り壊滅。俺がゼロをひた隠す主な理由はこれだ。


「俺が仲良くしたせいであんなことに巻き込んでしまうとはな……別に俺が悪いわけじゃないが悪かった」


「いえ、仰る通りレイさんは悪くありませんよ。ゼロさんやマカロンさんと遊んでいたあの頃は本当に楽しくて……怖くて引きこもってからも、あの日々を奪われた事が悲しくて……悔しくて……」


「俺も同じ気持ちだ。だからレイはこうしてなんのしがらみもなく気ままにやってる。同じ被害者だからわざわざ口にしないとは思うが、あまり言いふらさないでくれよ?」


「もちろん!またこうしてあなたとアストラが出来るなんて夢みたいです。その……またお見舞いに行ってもいいですか?」


「あぁ、是非。病院生活は窮屈で退屈なんだ」


「ふふ……また医院長に怒られますよ。おっと、もうこんな時間ですね。呼び止めてしまってすいませんでした。おやすみなさい」


「おう。最後にハザマとして挨拶してくれ……なんか男キャラでその口調は調子が狂う」


「……わ、わはは!!また明日楽しもう!!では!!」


「じゃあな」


 まさか霊峰時代の旧友と出会えるとは驚いた。確かに二枚合わせの鏡突入時に、ハザマはサブキャラを持っていると公言していたが、まさかそれが該当するなんて思うわけがない。アストラには何人いると思っているんだ。


 ログアウトまで残り一〇秒。一足先に落ちたハザマを見送り、静かに目を閉じた瞬間だった。何故か強制的にリアルで意識が覚醒し、目を丸くしていると暗闇の中に人影が。うっすらと見えるそこには怒りを見せるナースが俺のコアレスを握りしめている。オワタ――







 入院生活も二週間を過ぎた頃、ようやく自宅療養が許されるまで回復したぞ。とは言えまだ松葉杖か車椅子が必要だが、めんどくさいし邪魔くさいため松葉杖を選択するつもりだ。


「ダメ!悪化したらどうするの!!」


「いやココロさんや、そうは言っても車椅子なんて邪魔くさいし?松葉杖があればなんとかなるって」


「腕も折れてるんだよ?コケたら受け身も取れないし、絶対にダメ!!車椅子!!」


 腕折れてるから自分で動かせないんだが。献身的なココロの事だ。当たり前のように押してくれるのだろう。言い返しても怒りそうだし、内心心遣いが嬉しいので彼女の言う通りにしておく。


 そして何も連絡していないにも関わらず、アストラ運営が福祉車両を手配してくれていた。平たく言えば車椅子でも乗り降りがしやすいものだ。車椅子の選択をしたのは今のさっきなのに、目を疑うレベルでココロと運転手がスムーズにやり取りをしている。俺のいない所で話が進んでいただろ。


「入院費用等はこちらで立て替えておきますので、琥珀さんはお金の問題は気にしないでくださいね」


「そちらも被害者なのになんかすいません……車まで」


「いえいえ」


 特に何事もなく帰宅した。扉の前まで来たところでココロへと頭を下げる。さて、自宅療養になったはいいが食事事情をどうすべきか。ウー◯ーイー◯連打でも問題はないが、右手が使えないためストレスがマッハである。


「肩貸すね?」


「えっと?もう大丈夫だからココロも家帰りな。明るいうちに帰らないと心配だし」


「え?大丈夫!!後で布団と着替えは持ってくるよ!あ、その前に泊まっていいか聞いてなかった……!大丈夫だよね?確か今は仕事もやめてお休みしてるって言ってたし」


「うん?」


「うん?」


 話しがおかしな方向に進んでいる。仲良くなったとはいえ、俺はある程度の男女としての距離感を守っている。ココロに抱いているかすかな特別感も認めているし、今の関係を壊したくないとも思っている。


 そんな俺の防衛ラインを走り幅跳びの勢いで飛び越えてくるんだがどういうつもりだ。若い男女が一つ屋根の下なんて俺の理性が試されるではないか。こちとら利き手が逝って二週間近くご無沙汰、彼女の波状攻撃に果たして俺は耐えられるのだろうか。


「綺麗に整頓されてるね〜 ソファでいいの?」


「ウン、アリガトネ」


「どうしたの?なんかぎこちないよ?も、もしかして腕か足が痛かった!?ごめんね……」


「ウウン、ダイジョウブダヨ。ゼンゼン、イタクナイヨ」


「そう?あっ、チヨから電話……?もしもし?どうしたの」


 ひとまずチョコから着信が来たらしいので会話は切れた。落ち着け、冷静になれ。彼女は親切心で介護してくれているだけだ。変な気を起こしてみろ、「レイってそんな人だったんだ……キモ」とか言われて死にたくなる自信がある。


 そして何故か通話しているはずなのに俺のスマホにチョコからメッセージが飛んできた。『うちの可愛いココロを悲しませたら分かってる?沈めるから』と、ヤクザの娘だけあって洒落になってないし冗談に聞こえない。


「うん。そう!今はレイのお家にいるの。お世話になってるから看病しようと思ってて……うん!えぇ!?そ、そんなことならないよぅ……バカ……バイバイ!」


「バカ……?なんかあったのか?」


「な、なんでもないよ!?お、お昼ご飯どうしよっか……?そ、その……!私下手っぴだけど……が、頑張って作ろうか……?」


「えぇぇぇぇぇ!?いいの!?ていうか大丈夫か!?包丁持たせて大丈夫なんだろうか!?」


「むぅ……バカにして……!驚かせてあげるんだから!!冷蔵庫の中見ちゃうよ!!」


「あ、あぁ……」


 冷蔵庫の中を確認後、オムライスでいいのか聞かれたので即決で返事した。そう言えばコンカフェのオムライスは美味しかったが、ワンチャン美味しくなる魔法バージョンプライベートを唱えてくれたりしないだろうか。流石に一旦調子乗りすぎか。


 キッチンへと姿を消したココロ、調理の音だけが部屋に響き渡る。なんとなく音だけで調理姿が想像出来るものだ。まな板を取り出し、包丁を置く音。玉ねぎの皮を剥いている音、生ゴミをまとめる袋のカサカサとした音。


(うんうん……なんかこう…………良い。ん?え?)


「ふんふん〜」


 何故かミキサーのような、ちゅいぃぃぃぃぃぃぃぃんという音がしたかと思えば、今度はまるで剣を打っているかのような甲高い音が響く。待て、何を作っている。到底人間が口に入れるものを作っている音では無い。


「ココロさん!?ナニを作っているんだ!?なんでそんなカナヅチみたいな音が……!クッソ……!!松葉杖遠いなちくしょう!」


「オムライスだよ〜 零真はゆっくりしてていいからね〜」


「それは本当ですか!?鍛冶士みたいな音してんだけど!?」


「きのせいだよ!」


 続けてチョコからメッセージが。『追記。お菓子のお礼がてら、その子に手料理を振る舞うよう口添えしておいたわ。楽しんでね』。嫌な予感がする。過去の会話を思い返してみるとそれは確信に変わった。


(ココロの家にみんなで泊まった時……!チョコが過剰にココロに包丁を持たせなかったのはもしかして――)


「お待たせ!!えっと……お、美味しくなあれ…………萌え萌え…………きゅん…………」


「可愛すぎだろ!!な、なんだぁ……全然普通のオムライスじゃないか!……焦らせやがって……」


「もう!わ、私だってやれば出来るんだから!!あれ?スプーンが入らな……!えい!」


 悲報、オムライスから鳴ってはならない音がする。黒板を引っ掻くような音をかき鳴らし、めり込んだスプーンへと一口サイズのそれが乗る。断面は至って普通のチキンライスだが、不可解な音に冷や汗が止まらない。


「はい!あーん」


「……あ、あぁ――」


 口に入れた瞬間に脳内に宇宙が広がった。脳細胞が理解の範疇を超えたせいか、永遠に情報の処理が終わらない。一言で言うならばクソ不味い。美味しくなる魔法をかけてくれたと言うのに全く中和出来ていない。だが心配そうに感想を求める顔に泥を塗るわけにもいかない。


「ど、どうかな……?私料理下手っぴで…………お、美味しくなかったら無理に食べなくても大丈夫だから!」


「お、おおおおおおおおお美味しいぞぉぉぉぉぉぉ!?無限に食べられぇぇぇ……る」


「そ、そう!!??良かった〜!チヨに初めて手料理を振舞った時はね……失神して痙攣されちゃったから心配だったの!!はい、あーん」


 何故か噛む度に味が変化するし、時折むせ返りそうになる酸味が感じられる。体が拒絶反応を示し、胃袋が震え始めた。どんな錬金術を使えばこうなるんだ。だが乗り越えねばならない。そして誓う。俺は二度とこの子に包丁を握らせはしないと。

『斧』


打撃特性に特化したものが多い武器種。モーションの重たい技が多く、威力を重視した武器の一つ。技に特有の性質として、空や海中では下へと急速に落下するものが多い。


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