表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

91/115

九十一 心の在り方と思い出の軌跡


 トライアンドエラーは別に苦じゃないし、むしろ少しずつ洗練されていく自らの動きと判断能力に楽しさすら覚える人間だ。それが琥珀 零真が最強へと到達できた本質でもあると言える。が、流石にこのメイさんのクエストばかりは俺も心が折れそうだ。


 二十七回目の挑戦でようやくBランククリア。しかもメイさんがクソ辛辣。Cランククリアのコメントが『まだルンバの方がマシです。おっと……この世界にはありませんでしたね』と、遠回しに機械文明の方が使えるぞと言われる始末。


『メイドの見習い以下ですね。クリア報酬を受け取りますか?もしくは再挑戦を選択で――』


「再挑戦……!!Sラン取るまでやってやるからなぁァァァァ!?なめんなよまじで!!」


 二階から埃が散るよりも早くに天井を叩いていく。共にコロネには窓枠の埃を落としながら着いてきてもらい、時間差でチョコとハザマが掃き掃除だ。後はオレンとアンリに雑巾がけをしてもらいつつ、そのまま各部屋の窓を開けつつ個別に掃除をしていく。


 僅かでも油断したら当たり判定が悪ふざけな埃に被弾し、クソザコナメクジな清潔度ゲージが減ってしまう。しかも誰か一人でもゲージがゼロになると強制ゲームオーバー、武器修繕の時間潰しと割り切っていなければとうの昔に匙を投げるクソゲーぶりだ。


『ふむ……掃除が行き届いていない場所がありますね。あなた方はメイドには向いていないのかもしれません……報酬を受け取――』


「次ぃ!!」


『メイドの見習いry』

「次ぃ!!!!」

『ルンバry』

「ああああああああぁぁぁ!!次ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」


 繰り返すこと数十回目、ようやくほぼ完壁な立ち回りと清掃が実現した。最早全員に奉仕という心意気はなく、殺意と意地だけが動力源だ。だがこれだけやってもまだメイさんはSランク評価を与えてはくれない。


「惜しいですね。服装も清潔に保たれ、屋内も綺麗になっています。ですが心が……報酬を受け取りますか?」


「……あれ?なんか言葉使いが柔らかくなった?」


「ね?私も思った」


 NPC特有の無機質というか、冷たい感じが消えた気がする。麦穂の解放時に現れるアストライアを例に、システム的な演出の音声と、流暢に喋っている時の差、それほどに感情の有無が感じられた。


「……再挑戦。今思えば館の清掃ってユーフィーのリフォーム以来やってなかったよな」


「確かに……結構バタバタしてて見落としてたかも」


「いや……普通ゲームの中で掃除なんてしないわよ」


「ユーフィーはこの館を最後の思い出って言った。けどそれって言い換えればさ、これから先は俺達との思い出としてずっと記憶に残るんだよな?」


 皆が社会人になってアストラとは疎遠になった時も、ユーフィーはずっとこの館に残り続ける可能性が高い。その時、あいつは俺達の姿を思い出すのだろうか。今でこそ自由に動けるから、思い出を振り返るように埃を落としたりするのだろうか――


「……あれ?清潔度が減らなくなった」


「えぇ!?なんで!?埃を直接払ったのに!?」


 コロネも驚いているが俺も少し驚いている。清掃時の心の持ちようがゲームに影響するなんてびっくりだ。心無しかそれを見るメイさんが柔らかく微笑んだ気がする。


「流石はご主人様。清掃とは結果だけを言うのではありません。館に積もったそれらは全て今を作り上げた歴史の欠片なんです。主の歴史を預かり受け止める事こそがメイドの真髄……今一度心の在り方に絢爛(けんらん)を。クエストの再挑戦を開始します」


「なんだ……めちゃくちゃ簡単なクエストじゃねえかよ。ハザマとアンリは日が浅いから難しいかもしれないけど、なんとなく俺達が居なくなった後に……ユーフィーはどんな想いで館を清掃するんだろうなって考えたらいけたぞ」


「…………ほんとだ!そっか……!上手く言葉に出来ないけど……!なんとなく分かる!!」


「そういうこと……?あれよね〜 部屋の掃除中に古いマンガが見つかって掃除が進まなくなるやつ。あれに近い感覚かしら?」


「チョコっちのそれなら私も分かる!!そっかそっか〜!こういうことがあったよな〜って懐かしみながら掃除していけばいいんだ!!」


 マンガの例えはどうかと思うが感覚的には近いと思う。思えば入口近くのこの刺傷、これは俺が〝スサノオ〟との交渉にキレてナイフを投げたやつだ。そこに溜まった埃が「そんなこともあったなぁ」と思い出させてくれる。


 他にもコロネの自室に充てた一階の部屋、扉を開けたドアノブが壁に当たる設計になっており、へこんでいる。これはチョコが嘘をついて裏切りの演出を見せた時に飛び出したものだ。ユーフィーの思い出だったここは、既に俺達の思い出にも染まりつつあるわけだ。


「なんかこうして足を止めて思い出に浸るのも悪くは無いな」


「うん……!見て!ここオレンちゃんがよく寝落ちしてるからヨダレで染みになってる〜」


「うひゃ〜!?恥ずかしぃぃぃぃ!!自分でやるよぉぉぉぉぉ!!」


「イモータルボックスは皆がよく使うから誇りも少ないわね……でも、開閉が雑なせいで壁がへこんでるわ」


 殺伐とした討伐型コンテンツに長らく潜りすぎたようだ。他愛のない雑談をしながら俺達の歴史を語りながら清掃を行う。理不尽だ、鬼畜だ、無理ゲーだ、なんて言いながらピリピリしていた二〇分が嘘のように過ぎ去った。


 なんならもう少し徹底的に掃除したいとさえ思う。だがメイさんのタイムリミットを告げる声に俺達はクエスト終了を選択した。残り時間二秒、ぶっちゃけ全部は清掃が行き渡っていない。が、これまでの中で一番手応えのある結果だった。


『……素晴らしい。完璧で究極なメイドになれる資質がありますね。私もご主人様達のことをほんの少しばかり知れた気がします。報酬を受け取りますか?再挑戦も可能です』


「……報酬受け取りで」


「……っ!!」


「コロネ……!!」


「っ……イェーイ!!」


 飛び跳ねながらコロネとハイタッチした。クリア評価S。かなりのトライアンドエラーの末にこの結果は嬉しすぎる。なんならサゼルキロロを討った時よりも嬉しい。またもや寄り道する楽しさを思い出させてくれたのだから。


「クエスト報酬になります。では私は一足先に……」


「なになに……?」


 まず第一に確定報酬にあったのがメイさん専用の衣装だ。メイド機能の強化効果があり、これの着用によって『NPCメイド【潔】』に進化する。専用効果は実際に使ってみなければ不明。そしてもう一つ、またもやステップアップクエストのようだ。


「お、お前ら……続編があるぞ……」


「次はどんなタイトルなの?」


「『家主の留守はメイドの本領、お引き取りくださいお客様』……だそうだ。ちなみにゲーム内テキストにはこうも書いてある」


 身も心も楚々、仕える家も心も風光明媚、ならば次は?その身を持って主の館を踏み荒らす愚か者に鉄槌を。一流の戦士は武器を選ばない。同様にメイドに刃物は必要ない。奉仕に必要な全てが武器だ。←これが全文である。


「多分脳筋クエスト……掃除道具とかで戦う感じな気がするなぁ……っ!」


「そ、掃除道具で戦って勝てるの……?」


「少なくともアストラプレイヤーは誰もやったことがないでしょうね……」


「誰が箒やモップで戦おうと思う?思ったよりふざけたハウジングコンテンツだなこれ……」


 だが創立メンバーは誰もが良い顔をしていた。ハザマとアンリは置いてけぼりな印象は拭えないが、このハウジング関係のユニクエは武力だけでは勝てない。勝てないとは試行錯誤の不足であり、攻略の楽しさが残った宝の山だ。


「よし……!一旦今日は休憩でいいよな?そろそろ俺も落ちないと巡回のナースが来たら殺される」


「そういえばあんた入院してるのにインしてたわね……」


「明日もお見舞いに行くよレイ!!」


「マジ?暇だからお世辞抜きで嬉しいんだよなぁ……」


「ところでレイ、あんた退院した後は生活をどうするつもりなの?」


 チョコの疑問に俺は首を傾げた。そりゃ腕と足、肋が治ればこれまで通りネオニート生活に元通りだ。入院費用如きでは俺の貯蓄は瀕死ラインまでは削れない。社畜時代は脳みそがイカレすぎて消費カロリーと摂取カロリーがほぼ同じだった。故に金は意外と蓄えがある。


「普通にアストラするが……?」


「いや、それなりに骨がくっつけば自宅療養になるでしょ?ご飯は?私生活は?松葉杖使うにも腕もイカれてるし、万が一にもコケたらどうするつもりよ」


「……ウー◯ーイーツ…………」


「そういうお金の無駄遣い嫌いなのよね〜!!えっと……嫌じゃ…………な、なけ……れば?私が看病しに――」


 珍しく歯切れの悪いチョコへと被せるようにコロネが吠える。別にゲームの中なので骨折に影響はないはずなのに、俺を守るように手を広げていた。背中越しではあるが、どんな表情で言っているのだろう。


「私が行くからチョコはいいの!!ダメ!!」


「コ、コロネだってバイトの日があるでしょ!?別に二人で……!」


「ダメ!!零真(・・)の看病は私が行くの!!」


 何が起きているのか分からないが、ゲームの中で実名を晒すのはやめて欲しい。一瞬驚いたようなチョコだったがオレンが間に入り、コロネの方は実名晒しに驚いた俺が止めに入った。


「看病はありがとなぁ〜!?実名はやめよっかぁ……?」

「ひぅ……っ!耳元で喋らないでぇ……」

「小声じゃないとダメだろ……?アストラで実名は禁止、分かった?」

「は、はいぃ……」


 とりあえず何故か縮こまったコロネと遺憾な様子のチョコではあったが、これ以上俺の看病役の言及はなく事態は終息した。そして連戦故に皆がログアウトする流れになる。だがぽつりぽつりと落ちていく中、ハザマだけが静かに俺へと歩み寄り、耳打ちで小さく告げる。


「……鈍感なんですね」

「は?何がだよ」

「いえいえ、ログアウト前に一つ、二人きりで聞いておきたい事がありまして」

「……なんかいつものアホ口調が癖づいてるせいで違和感やばい…………」

「ご、ごめんなさい……!モデルバレしたくないので……!あ、あの……マカロン(・・・・)ともう一人、霊峰の頃によく遊んでた人って……記憶に残ってますか……?」

「『セリナ』のことか?なんでお前が知ってんだ?返答によってはクランから除名するぞ。あいつはずっと精神病棟で闘病してんだ……!!」


 〝天啓の導〟に身元を特定されたフレンドがセリナだ。懐かしいセリナ脅し事件が出てきた事に無意識に怒りが現れてしまった。だが胸ぐらを掴んでも、鋭い眼光の先には何故か嬉しそうに笑うハザマがいたのだった。

『片手剣』


初心者からベテランまで誰もが使いやすい武器の一つ。切断と突きによる貫通、そして刀身を叩きつける事で打撃攻撃も可能。近接属性3種を兼ね備えた唯一無二の武器種。


Now loading…

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ