八十九 殺戮のバレリーナ
機械文明を取り入れたアレクフォールの地下は、ある一定の地層からは安置エリア外となる。異界から落ちた隕石、それらが敵エネミーとして闊歩している設定だったかな。
壮大な設定だが別にプレイヤーからしたらただの雑魚敵だ。問題は深層へと降りると発生する状態異常、『暗黒』がうざい。中層からその少し先までは時間経過で目が慣れるため解除されるが、深層にまで行くと常時暗闇の中になる。そのため専用に調合したコイツが役立つわけだ。
「ほい、おまいらの分も用意したぞ〜『暗視の法液』〜」
「あ、私持ってるわ」
「あ、そう?コロネとかは持ってないよな?はい」
「ありがとう!」
『暗視の法液』を飲めば三分間視界がクリアになる。洞窟はもちろん、恐らくは海中マウント等で深海エリアに突入してもお世話になるアイテムだろう。星六〜星七の頭防具に常時暗黒解除の類が付与されているものもあるが、俺は縛りで付けられないので重宝する。
「うげぇ……リポップしてますやぁん…………」
「あれがレイの言ってたサゼルキロロ……っ!」
全身が大小の歯車によって形成されたブリキ人形、手足の先に連れて小さくなった歯車によって人型の形状に見える。左手には長細い楕円形の歯車がチェーンソーとして機能しており、右手の先端には法陣の回転に合わせてエーテルの弾丸を飛ばしてきやがる。
極めつけは全身を形成する歯車全てに小さな刃が取り付けられていること。常に歯車が回転しているせいで当たっただけでダメージ判定、しかも行動パターンに抱きついてくるものがありクソ凶悪だ。違う意味で確殺昇天なので俺はだいしゅきホールドと呼んでいる。
「お前ら……やばかったら敵前逃亡も許す。とにかく近寄るなよ?一つの判断ミスで即死だからな……?」
「でも誰かが前に出てヘイトを取らないと……」
「チョコに言われるまでもなく、俺が引き受ける。だがもしランダムにヘイトが飛んだ時はまじで死ぬ気で避けてくれ――」
コロネのイグニションバーストとアンリのアイシクルインパクトを合図に、サゼルキロロがバレリーナのように回転しながら曲線の移動軌跡を見せつける。巧みに法撃を置き去りにし、最前線の俺へと開幕からだいしゅきホールドしてきやがった。殺意高すぎ、冗談じゃない。
「いやはぁ……っ!?」
情けない声を上げながらも咄嗟に放ったワールウィンドウが活きる。奴の高速移動に対して沿うように身を回し、すれ違いながら横なぎの一撃を叩き込む。だが硬すぎるし回転する歯車のせいで弾かれた。間髪入れずに振るわれたチェーンソーをかがみながら回避し、バックステップで距離を取る。
だがどうやらワールウィンドウは悪手だったようだ。すれ違ったことによって位置関係が逆転し、俺は壁際に。そして奴は広範囲大技のフリスビー祭り(命名ゼロ)を選択していた。全身の歯車をあちこちに飛来させ、無差別に広範囲へと切断攻撃を行うものだ。
「避けてくれ!!この間だけ弱点のコアが剥き出しになる!!余裕のある法撃士は炎優先でよろしくぅ!!ひぇぇぇぇぇぇ!!」
「無理無理無理無理無理無理!?きゃぁぁぁぁぁ!!」
「ふふふ……イグニションバースト……!!」
「ナイスよアンリ!!フローズンインパクト!!」
流石と言うべきか、コロネが悲鳴を上げながらも飛来する歯車をフレーム回避し、その次は盾でパリィしていた。対エネミーでもキャラコンに成長が感じられる。
そしてアンリの放った爆裂法撃がコアに直撃するも、大技終了に合わせてサゼルキロロが疾走する。巧みにチョコの氷法撃をかわし、後衛のアンリへと突っ込もうとしていた。だが生憎とそうはさせない。
「変式威力型……っ!!フローズンブラスト!!」
俺に背中を向けるとは大した度胸である。コアに受けた炎によって奴の体は高温になっており、放った氷槍がその熱に煽られ一気に液体へと変化する。熱伝導の優れた貴様の体には堪えるだろう。攻撃をかわして雷の法撃へと続きたいが、俺がそうせずともコロネが魅せる。
「変式威力型……!!ライトニングブラスト!!」
中級雷光法撃ライトニングボルトの威力型は杖を柄に見立てた雷の一太刀だ。流石は法撃特化プレイヤー、俺と同じくして背中を向けた敵に対して容赦がない。激しい雷撃が体に付着した水分によってショートし、一時的に奴の歯車全ての回転が鈍くなった。
「固有スキル……っ!!『カースサイン』!!」
「私も続くよ!!『タイダルウェーブ』!!」
あれ、カースサインのムーブアシストが解除出来ない。単調なクロス切りからの一閃、弄りようしかないはずの動きなんだが何故?疑問に対して予想される解答に、俺の口角が上がる。
秋月の絶刀終月も同じく、基本的に固有スキルはモーション値が優秀だ。簡単に言うと見た目の割に威力が高く、運動エネルギーを補完した別の動きが難しいのだ。流石は必殺技と言うべきか――
「おら……ァァァ!!」
一撃、膝を着いたサゼルキロロの左肩らへんに一発。轟音と共に奴が手を着くほどの衝撃が走る。起き上がろうとしている所悪いが二発目、当たり前だがまだまだ元気なためすぐに起き上がる。が、最後の一発で派手に吹き飛べ。
偶然ながらに回転する歯車に逆らうように刀身がくい込み、爆音を鳴らしながら破片を撒き散らした。胸部の一部を部位破壊したようで、コイツに破壊要素ってあるんだなと驚いていた。続けてオレンとチョコが行く。
「でりゃぁぁぁぁ!!」
「『シャープネスアロー』!!」
良い感じに小ラッシュが入ったが、ここからが正念場だ。起き上がったサゼルキロロへと一気に距離を詰め、瞬間的に誰にヘイトが飛ぶかを判断せねばならない。俺でさえもコイツの攻撃を見切るにはかなりの神経を使うのだ。コロネや他のメンバーにだいしゅきホールドしようものなら死守せねばならない。
チェーンソーを振り回しながら滑るように曲線移動し、それらを後ずさりしながら紙一重でかわす。だがドンッと背中に衝撃が。またもや壁際、袋のネズミとはこの事か。迫り来るだいしゅきホールドに走馬灯が見え――
「――変式威力型!!プロミネンス……っ!ブラスト!!」
「コロネ……っ!!『モータルスラスト』!!」
コロネの援護によって少し怯んだため命拾いした。だがそのせいでヘイトが一気にコロネに。嘲笑の曲針によるモータルスラスト、高速で切りつけながら神頼みしかない。引け、引け、引け、引け!
「変式威力型!!フローズン……!!ブラスト!!」
チョコの追撃によって水飛沫と氷片が弾け飛ぶ。そして同時に俺の斬撃の一つに特殊なサウンドが走った。嘲笑うような笑い声、曲針の持つ強制的なヘイトの植え付けによってサゼルキロロの鋭い眼光と刃が再度俺へと牙を剥く。だがもう反撃しても遅い。
「変式威力型……っ!サンダーブラスト!!」
「ナイスレイ……!!」
「チョコもな……!!よくこんな狭いコアの隙間にブラストをねじ込んだもんだ!!」
本来サゼルキロロはフリスビー祭りのように、コアを露出する攻撃の合間でもなければ法撃の怯みコンボが通用しない。部位破壊された小さな隙間を狙うコロネもチョコもそうだが、創立メンバーのプレイヤースキルがかなり優秀に感じる今日この頃である。
炎→氷と繋がれば後は雷を撃ち込んで小ダウン一択だ。再びカースサインをぶち込みたい所だがCTが明けていない。適当なウェポンスキルをぶち込み、暗視効果が切れる前に法液へと手を伸ばす。
「しまっ……っ!」
突き刺すような蹴りに一瞬反応が遅れた。手から掠め取るように法液の瓶が砕け、俺の視界が真っ暗になった。絶望という意味合いでは二重の意味で真っ暗だ。微かに光る奴のコア、そして駆動する歯車の回転音しか居場所のヒントがない。
飛び蹴りやチェーンソーの振り回し、継いで法陣の回転に合わせたエーテル弾丸の射出。それらをほぼ視界ゼロの状態でかわす。法液を飲みたいのに飲む暇がない。自惚れるつもりは無いが、恐らく俺以外ではタンク役は荷が重すぎるだろう。
「ひぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……っ!?何も……!何も見えないぃぃぃ!!」
「なんで避けられるのよ!!どうにかヘイトを……!?危ない!!レイ!!」
(見えないんだって――)
チョコの声にツッコミながらも、不意に体が意図せずして吹き飛ぶ。記憶が正しければ吹き飛んだ先は壁だ。体幹のみで体を立て直し、一瞬ほど壁に着地した後に蹴って追撃の攻撃をかわした。しつこいくらい張り付いてくるサゼルキロロに対し、勇敢なサブタンクが真価を見せる。
「――レイっち……!!今のうちに!!ハザッちも来て!!二秒だけ頑張って時間を稼ぐから!!」
「う、うむ!!こ、怖いなぁァァァァァァ!!」
「助かるが……っ!いや、信じるぞ!!」
アイテムの種類にもよるが法液系統は完飲するのに約二秒かかる。完飲前にキャンセルして回避等を入れた場合、バフ効果は得られずアイテムも失う。ソロの美徳も理解できるが、こういう時の仲間は本当に頼もしい。だが二秒もあればサゼルキロロは容易にプレイヤーをミンチに変えてしまえるのも不安の種だ。
「弾いた……っ!」
「うおおおおおおおお!!『フレアソレイユ』!!」
「オレンちゃん!!少し右に!!イグニションバースト!!」
「シャープネスアロー!!」
「ふふふ……っ!アイシクルインパクト……!」
サゼルキロロの卓越したスピンのような動きと歯車による回転が、滑らかなスケート選手のような動きを実現させる。縫うようにひこやかの猛攻をすり抜けたサゼルキロロ、そのチェーンソーがコロネの眼前へと差し迫った。
「弾けろ……!!『ヘヴィースマッシュ』!!」
「レイ……っ!信じてた!!変式威力型……!!イグニションブラスト!!」
「俺も信じてたよ!!変式威力型!!『アイシクルブラスト』!!」
ヘヴィースマッシュを歯車の回転に逆らうように食い込ませる事でチェーンソーを弾き、スイッチしながら炎、氷の順にコアへ叩き込む。コロネのサンダーボルトが続けて飛来するも、距離をとるようにサゼルキロロが回避しながら滑走する。だがそっちに逃げようとも無駄だ。
ここぞと言わんばかりに笑うチョコが真紅の鏡杖を引きながら構え、轟く雷鳴と共に上級雷光法撃の一撃を叩き込んだのだった。
「変式威力型!!『ユーピテルブラスト』――」
貫くように巨大な雷槍がサゼルキロロのコアを穿つ。ダウンに合わせて一斉にデンジャースキルの名を綴った。恐らくはもう瀕死ライン、殺意を束ねるそのスキル名は『不屈の怨恨』だ。
『変式法擊』
練度を積み上げたウェポンスキルが千差万別に変化するように、法擊もまた形を変える事が可能だ。範囲型、威力型、時雨型、何かを犠牲に何かを伸ばす。エネルギーの保存法則に従い、連ねた詠唱によって法術はその形を変える。
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