八十六 カミングアウト
とてつもなく体が軽い。まるでアストラログイン前のあの空間にいるように、重力を感じないフワフワとした感覚に戸惑っていた。体はあるのになんだろうこの浮遊感は。もしかしてトラックに轢かれて死んだのか、それならば転生がお決まりだが導き手は美人な女神でお願いします。
「ばあちゃん……?」
「零真、大きくなったねぇ……疲れたろう?こっちへおい――」
幼い頃に亡くなった母方の祖母がいるんですが。これあれだ。夢でもなんでもなく生と死の狭間にいるやつ。転生とかぬるいこと言ってる場合じゃない。気と病は持ちよう、ポジティブシンキング一択である。
「――まだそっちに行く気はねぇ!!不謹慎だがばあちゃんの相方がもうじきそっちに行くだろうから、その時にまた出迎えてやんな!!俺はまだゲームに熱中したいんでな!!」
啖呵を切った直後に世界が歪む。代わりに重力のある感覚と腹部にのしかかる重圧に気付いた。開いた視界の先には見慣れない天井、右腕と右足に感覚はなく、確認のついでに腹部の重圧の正体が明らかになった。
「コロネ……?」
「んん……」
(泣き跡がある……俺はどれくらい寝てたんだ?まさか付きっきりで診てくれてたんじゃ……)
「琥珀さん!?先生!!琥珀さんが目を覚ましましたァァァァァァァァァァァ!!」
「ふぇ……!?び、びっくりした……えぇぇぇぇぇぇぇ!?零真ァァァァァァ!!」
「いだだだだだだだだだだだだだだ!?ココロさん!!僕の折れた右腕が砕けます!!一旦落ち着いてくださいぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「わわわわわわわわ!!??ごめんごめんごめんごめん……!!」
駆けつけた先生やナースさん、それからコロネから話しを聞くに丸一日眠っていたらしい。目立つ損傷は右腕右足、それから肋骨の骨折らしい。頭も強く打ち付けていた事から、最悪の場合意識が戻らない可能性もあったそうだ。
「零真が病院に運ばれたって聞いて……っ!すっごく心配したの……私だけじゃない!チヨやカレンちゃんだって!!良かっ……たぁ……死ななくてぇ……」
「泣かせるほど心配かけてごめん。だが俺はリアルでもしぶといらしい……アストラで培った回避スキルが功を奏したか」
「こんな時に茶化さないでよぉ……うぅぅ……」
和ませるつもりがまた泣かれるなんて解せぬ。そうこう空白の一日の経緯を聞いているうちに、あれよあれよと見慣れた顔とそうでもない顔がゾロゾロと病室に入ってきやがった。チヨにオレン、それに大人気モデル神崎すみれまで。
リアルでは初対面の奴らもちらほらいるが、人が多すぎてまともに会話が出来ない。後ろの方でこじんまりしてる人とか誰なんだろう。
「あれ……?ひとり見覚えのない顔が……」
「アッ、アッ……は、初めまして……アンリです」
「君がアンリかぁ!ゆっくり自己紹介したいとこなんだけど……アギトさんと親父は大切な話しがあるっぽいな」
「すまないねお友達の皆さん。少し席を外して頂きたい」
カオリと見慣れないOLみたいな人がいたけど誰だあいつ。ひとまずアギトさんから話しを聞く。どうやらレストは本当に現実に肉体を残していなかったらしい。海外のよく分からない場所に研究室を設け、何やら怪しい液体漬けの脳細胞が大量のケーブルや機械と繋がっていたそうだ。
「自らを被検体にあそこまでやるとは狂気だった……それから、最後の最後に守れず本当に申し訳ありませんでした。お詫びにはなりませんが、どうぞ」
「死ぬほどデザート貰ってるのでお構いなく……このコード番号は?」
「アストラで専用の衣装と引き換えられます。性能等はなく、見た目しか変化はありませんので、お好みのものがあればお友達共々利用されてください」
「あ、あざす」
その後は警察からの感謝状と記念撮影だったり、小難しい話しだったり、今後の復旧予定だったりと、長々と話しをしていたらもう夕方だ。残念ながら今日は友達と長く話す時間はないらしい。
「レイっち〜!!平気なの!?痛くない!?」
「何をしたのか高坂さん……運営の人に聞いても教えてくれないのよね?何があったのよ」
「零真が無事に目覚めてくれただけで十分だよぅ……」
「とりあえず無事だし、レストとかいうイカれた野郎をしばいてきたんだ。それから……えっと、神崎すみれさん?ハザマ……ですよね?」
「はい、現実では初めまして。ご存知のようですが神崎すみれと申します。まさか……軽い気持ちで入隊させて頂いたクランの、そのリーダーが事態の中心にいてとてもびっくりしています。お体は大丈夫なんですか?」
「手足がもげたぐらいですよ。生きてるんだから悪運は強いらしい……しっかしあの大人気モデルがうちのクランにいるとなると、どう接していいものか悩みますね…………」
「ふふ、大怪我じゃないですか。可能であれば事件前と同じように、フランクに接していただけると嬉しいです。短くはありますが、天音さんや小金さん、小野崎さんの様子を見ていれば人柄の良さは充分伝わりました。ありのままのあなたとまた、ゲームで遊ばせてください」
「……お、おう!アンリもこっち来いよ〜 なんでそんな隅っこに……」
「角、落ち着く……あと美男美女多い…………身構える」
陰キャを極めたらああなってしまうのだろうか。そして何をどう間違えるとあの男趣味のゲームでこうも女ばかりを引けたのか。唯一の男仲間と思っていたハザマがモデルとか聞いてない。男が俺しかいなくて少し肩身が狭いと文句を垂れるのは贅沢だろうか。
「病室で騒がしくしても体に響きますね。では私はこのへんで失礼します。またアストラでっ!」
「帰る……私も。お大事に……」
ハザマとアンリが退室。残るはひこやか創立メンバーだけだ。そう言えばカオリとあのOLみたいな人は帰ったんだろうか。人が多すぎてお見舞いを後日にした可能性も考えられるか。だがなんで?あいつらは俺が受けた依頼なんて知らないはずなんだが――
「おふっ……ココロ?どした?」
「…………」
人目もはばからず抱きついてきたココロに動揺する。女の子に抱きつかれるなんて経験はほとんどない。泣いている様子でもないし、俺が帰ってきた実感が湧かないとか、そういうお試し感覚か。
「零真だったんだね……ゼロって」
「……アイェェ?」
「レスト?って人が戦闘光景を一瞬流出させたの。すぐに運営が消しちゃったけど……世界を救ってくるって言って、こんなことになってるのに…………あっちの世界ではゼロが戦ってた」
「…………」
顔を布団に埋めていて表情は見えない。チョコを見ても呆れた様子だし、隠すことはもう出来ない。嫌われたり、態度を変えずにこれからも遊んでくれるだろうか。
「……そうだ。俺がゼロだ……黙ってて悪かったな。それから、ゼロがコロネ達と関わる度に距離を感じていたんだが…………幻滅とかしたか?」
「……ううん!やっぱり正真正銘の最強プレイヤーなんだね!!羅針盤の時も守ってくれてありがとう……!」
「……っ!あ、ああ!」
コロネは笑顔だった。今まで見てきた中でもとびきりの良い顔だ。憑き物が落ちたかのように晴れ晴れしい笑顔に、ついついこちらまで釣られて笑ってしまう。トドメは驚きすぎて言葉の渋滞を引き起こしたオレンによって病院に笑い声が響き渡る。
「あえ、あい?あああえ?えええ!?レイっちがゼロさんでゼロさんが零真で琥珀が零真!?ちょっと理解が追いつかないぃぃぃぃぃぃぃ!?どういうことぉ!?」
「そのままの意味だよ。ゼロは俺だ……この際だからもう一つ聞いてくれ。この事実は俺達だけの秘密にして欲しい……良くも悪くもゼロは目立ちすぎた。俺は〝非効率の館〟で静かに平穏で、それでいて激しく未知の最前線を楽しみたい」
「分かった!!私も邪魔されずにアストラしたいもーん!!」
「なんかココロがやけに懐いてくれたな?前よりスキンシップが激しくないか……?全然嫌ではないんだけどね?その……色々と当たってると言うか……」
「……ちょっとならいいよ」
「ココロさぁん!?チヨ!!待て俺は何もしてな……あれぇ?」
ココロ絶対守るマンのはずのチヨがまるで動かない。それどころか少し不機嫌そうにそっぽを向きながら言葉のナイフを投げつけてくる。それなりにこいつらとは長い付き合いになるのに、未だにこうして時折理解不能な時があるのは女心とやらのせいなのだろうか。
「はいはい、女の子にベタベタされて良かったわねぇ〜 私達はお邪魔みたいだし、帰る?カレン」
「あいぇぇぇぇぇぇ?零真が琥珀でレイっちがゼロ?はえ?」
「まだそっちにいたのね……」
何かと騒がしい一日になったが、コロネ達の帰宅と共に絶望的な事態に気が付いた。SNSの通知によってアストラの復旧報告に目が奪われたのだ。悲報、俺コアレスない。アストラをやらせろ。
「もしもしぃぃぃぃ!カオリぃぃぃぃぃぃぃ!?俺のコアレスを病院に持ってきて……くれ…………なくて大丈夫です……」
ナースに睨まれたため静かに世間話に移行した。ゼロとレストの三秒にも満たない戦闘映像によって、カオリともう一人が事態の中心にいる俺に気が付いたらしい。そう、あのOLのようなお姉さんはアストラ界ではこう呼ばれている。
フォルティスと。
現在アストラル・モーメントは復旧作業に当たっております。大変ご迷惑をお掛け致しますが、もうしばらくお待ちください。