表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

85/110

八十五 神愆アストライア


 眼前にエラーを示す文面が出まくっているが邪魔だ。恐らく本来条件を満たせていない麦穂の解放や、運営が無理矢理デンジャースキル等を魔改造してるためバグってるのだろう。だが文句を言う前に連なるエラーコードが次々と消えていった。


『すぐに消す。戦いに集中してもらいたいからね……その曲刀は普通とは仕様が異なるけれど、テキスト効果だけで理解できるかな?』


「多分」


『コンバットチェインは八〇で固定してる。固有スキルの特殊効果時間も無制限にしておく……頼むよ、英雄――』


 星刀・雫は星八と謳うだけあって特殊仕様のようだ。本来曲刀は両手持ち武器であり、納刀時には片手武器じゃなければ他武器は使用が出来ない。だがこいつは世界の虚空を鞘とするため、装備しているのに両手が空くという意味のわからない矛盾が成立していた。


 故に解放した麦穂を右手に持ちながらも、星刀・雫由来の特殊スキルの併用が実現する。『星屑の羽衣』、効果中は回避が特殊なモーションになるそうだ。百聞は一見にしかず、迫り来る斬撃の嵐の中の一つへとジャスト回避を重ねてやった。


「消え……っ!?」


「――よう、烈火の女王のパクリか?」


「……っ! 私が生みの親ですよ!!無駄だ……!!脳と直結している私の方が反応に優れている!!」


「っ……!!」


 固有スキルをぶち込もうとした刹那、理不尽な衝撃波によって再び距離が開く。奴の掲げた左手が握りこまれると同時に、直感で右へと特殊回避を選択。霧のように体が霧散し、少し離れた位置へと再出現、従来の回避よりも遥かに優れた回避スキルに俺もビビっていた。


 だが驚いている暇なんてない。先程までいた空間が歪み、世界が砕けた。空間の切断に加えて圧縮と、やりたい放題ではないか。無法には無法、デンジャースキルなのか運営のシステム改竄かは不明だが、何故かCTという概念がなくなっているウェポンスキルを連打する。


(ジャッジメントを連打してもオートガードのせいで全く通らない……っ!)


「英雄気取りが!!そのまま世界と共に死ね!!」


 アホみたいに飛来してくる視認しずらい斬撃、そして両左右から迫り来る板状の空間に対して後方へと身を返した。圧殺するように空間そのものがひしゃげ、飛び交う斬撃を紙一重で見切る。足を止めた瞬間に逝く。瞬きすら惜しい戦況の移り変わりに脳みそがショートしそうだ。


「良い反応速度と大した精度の予測ですね!!過去に私の手を取っていれば、今頃使い道に困るほどの金が手に入っていたと言うのに!!」


「金と同時にどれだけの罪を背負っていたんだろうな」


「前科など使い捨ての駒に擦り付ければいいんですよ!!」


 霧のように霧散して背後を取る。放つは固有スキル【零閃(れいせん)】、だが想像より撃ち出しが遅い。一秒程度だろうがこいつとの駆け引きでは遅すぎる。現にシールドバッシュのような何かによって体が吹き飛んだ。


(不発……っ!だがアギトが奴のオートガードを分解するまではこれしか有効打がない……っ)


 【零閃】にはガードやパリィが不可と記載されていた。秋月とは違って刀身以上のリーチはないためゼロ距離で放つしか意味は無い。溜めの一秒、その一秒がとても分厚い壁に感じる。奴の攻撃に対して八割以上を直感と予測で見切りを強いられており、俺の集中力にも限界があるんだが無理ゲーじゃないかこれ。


「終わりですよ――」


 疲労による僅かな思考の怠慢、その隙を拾うように斬撃が飛来する。チートによる次元のかけ離れた攻撃手段と反応速度、かっこつけてここまで来たけど無理ゲー極まりない。こんな化け物相手に数分間五体満足だったんだ。それだけでも誰か褒めてくれと切に願う。


「――無理……か」


『それがあなたの願う結末ですか?』


「っ!!」


 背中を押されたような錯覚に体が動く。しゃがんだがごっそりと髪の毛が切り裂かれ、ロングだったゼロちゃんがセミロングに。そして俺の肩へと両手をつき、横から覗き込むように女神アストライアが微笑んだのだった。


『このような結末があなたの望むものとは思えません。我……いえ、私はこれまであなたの勇気と思いやり、そして穢れなき正義を見守ってきました。英雄よ、今一度不屈の心と正義を胸に』


『な、なんだこれ……!?アストラのAIが暴走して……っ!』


「アギトさん……?」


「こけおどしが!!」


 迫り来る斬撃が眼前にて弾け飛ぶ。どこからとなく鳴り響く教会の鐘のような音と共に俺の手に一本の剣が煌めいた。【神愆(しんけん)アストライア】、ただ適当に振るっただけの剣撃、それしきが激しい振動と共に奴のオートガードを全て粉砕しやがった。


「なっ……!?」


『う、嘘でしょう……!?アストラの統括AIがレスト独自のプログラムを侵食しています!!琥珀さん!!今のうちです!!独自の学習機能が奇跡的な事態を産んでいる今のうちに!!』


「っ!!」


 ぶっちゃけ何が起きているのかわかっていない。ただアストラというゲームそのものに自我があるとするならば、コイツは俺にこの世界を去って欲しくないのだろう。それを象徴するかのように追従してくるアストライアが笑う。


『奇跡的だなんて心外ですよ。あなたの産んだ私はちょー優秀な女神ですからね〜』


(AIの癖にやたら流暢に喋りやがる……)


 神愆アストライアの一振によって奴の斬撃もろとも世界が軋み、空間の歪むそれは悲鳴を上げているかのようだった。左の麦穂によるジャッジメントの連打によって、幾重もの光剣がレストの体を貫いていく。


「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ!」


(体力という概念すらないのか?普通なら一本でもワンパンだぞ……?)


『正義なき暴力には裁きを、秩序なき正義には終幕を。人の子よ、更生しなさい――』


 なんとなくアストライアが奴を殺すなと言っている気がしたため、斬撃を見切りながら神愆アストライアで両足を刈り取る。流れるように霧散して背後に、二本の片手剣を振り落として両の腕をも切り飛ばす。


「馬鹿な……っ!私のプログラムよりも…………っ高坂の組んだAIが上だと言うつもりかぁ……!」


「誰だよ高坂って!!」


 固有スキル【零閃】によって、虚空から神速を超えた抜刀が奴の上半身と下半身を切断した。やりすぎた気もするがどうやらまだ意識は残っているらしい。仮想世界に意識を直接繋いでる口振りだったが、仕組みも意味不明で理解の範疇を超えているとしか言えない。


『高坂 聖、すいません……焦って自己紹介が失念しておりました……しかしお見事です。あなたとの激闘、そして痛みの逆流データ、様々な要因が重なりこちらのハッキングに対して対応を遅らせる事が出来たようです』


「と言うと?」


『レスト特有のIPアドレスの解析と、アストラへの侵入経路の特定……簡単に言うと現実での奴の座標が掴めました。警察にもリアルタイムで共有しているので事態の終息が望めます……!』


「……なんかわからないが、めでたしめでたしって事か。これ俺じゃなくてもいけたんじゃ……」


『AIに好かれている、その表現が正しいか分かりませんがあなたの功績も大きいかと。とにかくまだ何が起きるか分かりませんので、後のことは警察と我々に任せてログアウトをお願いします』


「了解」


 拘束されるレストから視線を外し、振り返った先に微笑む女神と目が合った。同時に粒子のように授かった片手剣が消えていく。神愆アストライア、あんなものが世に出回ればユキナあたりがまた発狂するのだろう。


 最後に心配だったユーフィーを見つめた。まだ意識は戻っておらず、安否は不明だ。もしも世界が元通りになったなら、その時は平穏なアストラライフを共に送れることを願うばかりだ。








 リアルへと意識を戻した俺の眼前が真っ暗。特殊な意識の投入装置の扉が開き、差し込む光量に目を細める。笑顔の高坂ことアギトさんを見るに、無事事態は収まったようだ。


「お疲れ様です。この度は我が社の危機を救って頂きありがとうございます。いくら感謝しても足りないほどです」


「いえいえ、つかぬ事をお聞きするんですが…………ちなみに復帰はどれくらいとか目処は……?」


「……ははは!うちのゲームをそこまで愛してくれている事にもお礼申し上げたい。早急に取り掛かり、できる限り早くに復旧出来るよう尽力致します。後ほど商品券等も贈呈しますので何卒お受け取りください」


「よくやってくれた零真……!!警察の方からも感謝状を送るからな」


「うげぇ……なるべく短く頼むぞ?とりあえず今日のところはもう帰っていいのか?ヘリの送迎ですかい?」


「もちろん」


 とんでもない事件に巻き込まれたが無事に終わって良かった。イマイチ何が起きたのか分かっておらず、なんとなく実感が湧かない。本社から出るまでの間、慌ただしく作業していた従業員がみな頭を下げてきて少し居心地も悪い。


「そう言えば零真、最近全然連絡をくれないが仕事や私生活は上手くいっているのか」

「アタボウヨ」

「そうか?随分とあのゲームが上手いように見えたんだが……昔みたいに廃人に――」


 アストラ運営会社は高性能なAI等の技術に優れている。何が言いたいのかと、構内はAIの制御する無人のトラックやフォークリフトが走り回っている。悲鳴と怒号から察するに、制御を奪われた一台のトラックが俺達へと突っ込んで来たのだ。


「ハッキングされてる!!避けてください!!高坂さん達!!」


「まず……っ!」

「零真!!」


「へ?うぉ!?」


 ありえない衝撃に体が吹き飛ぶ。右腕と右足が変な音を立てながら折れ曲がり、全身を打ち付けながら熱いコンクリートへと寝そべった。力が入らないし焦点も定まらない。辛うじて動く左手を頭にやるも、掌にぬめりけと暖かな感触が感じられた。


(やっば……クッソ血が出てやが……る…………)

「零真!!」

「琥珀さん!!救急車を!!早く!!」


 あと少し避けるのが遅れていれば、視界端に映る壁にめり込んだトラックとの間でミンチになっていたのかもしれない。生きててヨカタ、なんて強がりながらも俺はそこで意識を失ったのだった。

現在アストラル・モーメントはログイン制限を設けております。大変ご迷惑をお掛けしますが、生体認証情報を解除して個人情報の保護をしてください。また、無闇に外出はせず身の安全に努めるようお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ