八〇 片道切符の魔境
後から聞いた情報だが、アストラ界からヒヌカミ岳が消えたらしい。当たり前と言えば当たり前だが、ヒヌカミ岳の内部が未踏破エリアでもあり、煌炎竜イグニストさんが全部吹き飛ばしてくれたので更地である。いや主に星零竜ユースティティアとかいうあいつのせいだ。
「別の火山に向かうかぁ……一番規模のデカイ火山を吹き飛ばしてくれちゃってまぁ……」
「なら東の方はどうかしら?海も渡れるようになった事だし、オレンも取ったんでしょ?」
「取ったよ〜 コロッちと可愛いって言い合ってたペンギン捕まえた〜」
という事で俺とコロネペア、チョコとアンリペア、後はそれぞれマウントエネミーに跨り東に爆走である。ちなみにコロネは海中マウントで自走可能だが、なんか絵面が悪くてイジメみたいになるので相乗りだ。海中マウントは現地で働いでもらうとしよう。
「ハザマは霊峰でもよろしくやってたザリガニかよ……キモいんだよなぁ……それ」
「俺は好きだぞ!!キモかわいいというやつだな」
「キモさしかねえよ。てかそいつどこに生息してんだ?昔はいなかったんだが」
「レベルキャップ解放からやってないのよね?そのザリガニ、南の島『スウィートオーブ』に腐るほど湧いてるわ。ロケーションも良いし、またみんなで遊びに行くのも悪くないわね」
「流石チョコ、博識だねぇ」
「アプデ前情報じゃああんたに負けるわ。それよりエンゲージリングに新たなミッションが増設するらしいけど、知ってる?」
「何それ初耳」
一番東のポータルに飛んでもそれなりに移動距離がある。適当に雑談してたらエンゲージミッションとやらが増えてるそうだ。ミッションは昔では三段階、チョコの言葉が正しいのならば四つ目が解禁された事になる。
ミッションをこなせばエンゲージリングのチート性能が解禁されていく。一回目は倉庫の共有、二回目はパートナーとの座標転送権限解放、三回目は大きな声では言えないが、年齢制限を乗り越えればNPCの子供を授かれるようになる。この子供は無条件で友好的なため、NPCメイドの劣化個体としても使えるし、簡単なものならば探索に行かせて素材を拾ってきてくれたりする優れものだ。
「ベイビー機能もぶっ壊れだが、何が増えたんだ?」
「そこまでは私にも……噂で聞いた話しでは子供からの仕送り機能だとか、三点目の任意ポータルだとか、色々飛び交ってるけどね」
「ア、アストラって赤ちゃん作れるの!?」
コロネが驚くのも無理はない。だが恐らくは彼女が思っているような純愛結婚は豪運、もしくは穢れのない二者でもなければ実現しない歪んだものだ。ネカマと結婚して地獄のような雰囲気を作り出しているところを何度か見た事がある。逆はまだ救いがあるかもしれないが、野郎同士の結婚は本当に見るに堪えない。
「まぁ……運営があたおかだから一応そういう機能はある。俺はリアルもゲームも独身だからエンゲージリング関連のミッションはまじで分かんねぇ」
「『最果てのヴァージンロード』、興味があるならこれを検索するといいわ」
「エンゲージリング関連はなぁ……欲に塗れたいざこざが蔓延してたから俺もほとんどノータッチだなぁ……調べてみっかぁ」
とは言え調べても調べても当たり前の既存情報しか出てこない。だがアストラは至る所に未知の最前線をひた隠している。飛び交う憶測や妄想の中に一つ気を引くものがあった。それは通常エンゲージリングを結んでから発生する、エンゲージミッションの変質だ。
ランダムクエストが時折ユニーククエストに派生するように、エンゲージミッションも条件を満たせばユニークミッションへの派生があるのではないか、そういう考察だ。
(何それめっちゃ気になる……けど身内の中から結婚するにもチョコは色々とアイテムを持ってるだろうし…………アンリはない。オレンは……害はなさそうだが)
一番人畜無害で最も信用できるコロネへと目を配ると、恐らく検索エンジンで色々調べているのか顔が真っ赤に茹で上がっていた。多分ベイビー機能に興味津々だと推測する。アストラでそういった犯罪はないとは言った。だがスキップ機能を使わないのであればまぁ、そういう事だ。
「ユニークミッションねぇ……」
「ま、気になるわよね。未知の最前線だし、私と結婚す――」
「――ダメ!!なんかダメ!!」
「「…………」」
ナニを想像したのか知らないが、こちらが恥ずかしくなるくらい真っ赤になっているではないか。だがまぁ俺も大人だ。ここで追撃のイジりをするほど鬼畜ではない。だが間髪入れずにチョコが。
「コロネのむっつり……エッチ」
「だってぇ……うぅぅ……」
「そ、そのへんにしといてやれよ。俺と……多分ハザマも死ぬほど気まづいからさ……」
「う、うむ」
「反応が可愛くてついね」
「チョコのばかぁ……」
なんとも平和な掛け合いをしているうちに目的地が近付いてきた。海を超えるようになってくるとアストラのオープンフィールドの広大さがうざくなってくる。広すぎなんだよまじで。
「ポータルを開けつつ、もう少し海の向こうまで行ったらコロネの出番だ」
「んんんん?火山じゃなかったの?」
「火山は火山でも海底火山があるんだ。一定周期で津波が発生するほどの噴火もするし、まだ海中マウントにたどり着いていない霊峰達もここはノータッチのはず」
「私達が初めて踏む大地……海の中だからえっと?と、とにかく私達が一番最初ってことだよね!ワクワクしてきた……っ!」
「じゃあ頼むわコロネ」
「うん!来て!あざらしちゃん!」
メロい鳴き声と共にアセルカイアの幼体が召喚された。特殊テイムの相乗り効力は通常のマウントエネミーとは異なり、持ち主の半径二メートル以内に加えて、パーティーを組んでいる事で恩恵を受けられる。海水温度も高温な事が予想されるが、恐らくは『炎竜の加護』があれば無害なはず。
「レッツ未踏破の地へ〜」
「わーい」
海中を空を飛ぶように泳ぎ深海へと向かう。コロネしか海中マウントを所持していないため効率は悪いが、見るもの全てが真新しく新鮮な気持ちにさせてくれる。深い海底からはいくつもの気泡が吹き上がっており、岩の亀裂からは真紅の光が漏れて神秘的な光景だった。
「スクショスクショ〜」
「レイの横もらっちゃお!ぴーす!」
「じゃあ反対は私が貰うわね〜」
「わったしも混ぜて〜!レイッちの上貰い〜!」
「神秘的……綺麗、初めての体験……」
「うおおおおおおおおおおお!!」
海底で全員の集合写真というミスマッチな絵面だが、とりあえずSNSに投稿。俺は未知の最前線を出し惜しみしない。楽しいとワクワクの共有に全力である。スマホとコアレスの向こうにいる、顔も知らない誰かに見た事のない景色を届けよう。それによってアストラに意欲が湧いてくれれば一プレイヤーとしても嬉しいしな。
とか後方腕組運営みたいな目線で感傷に浸っていたら吹き飛ばされた。コロネを受け止めるように動いたせいでがっつり抱きついてしまったが、お互いにそれどころではない。海底火山からマグマが吹き出したようなのだ。
「ごぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ!!」
「ハザマぁぁぁぁぁぁ!!まっずい……!チョコ!アンリ!!」
「レイ……!!ダンジョンがある!!」
「マジぃ!?いやだが未知の最前線だろここ……っ!!どうするどうする……っ!」
ダンジョンには地獄の片道切符と呼ばれるハズレが存在する。従来のダンジョンであればリタイアする事で装備を失うことなく帰還できるが、片道切符のハズレはリタイア不可のハードモード。霊峰のタナユキがあんな性格になってしまったトラウマの魔境だ。
「行くぞ……!!このままじゃ俺とコロネ以外溺死する!!海底に装備が落ちたら回収は無理ゲーだろ流石に!!『焔と水碧の庭園』突入!!」
ダンジョン突入口である海底火山の吹き出し口へとアクセス。転送の五秒間がやけに長く感じる。早く、早く入れ。このままではSNSの写真が遺言に――
『――焔と水碧の庭園に突入します。レベルシンク、五〇』
視界が一転する。色々と情報が重なりすぎて若干パニックである。レベルシンク五〇とか言ってたけどハザマ以外それ以下、景色よりも先に目に映る『リタイア不可』の文字、相当なハンデを背負った上での未知のクエスト攻略になる。
広がる広大な湖と周囲に連なる山脈地帯。一部からは溶岩が垂れ流しになっており、接した水辺からは煙が吹き上がる。今となってはあのまま溺死した方が良かったまである。
「すまーん!!リタイア不可引いた!!」
「しょうがないわよ……あのままじゃ溺死だったし」
「リタイア不可って事は……えっと……?えぇぇぇぇ!?」
「コロネも気が付いたか。全ロスかクリアかの二択だ。まさに天国と地獄……だがどうせなら勝っちまおうぜ」
「『忘れ去られた海底』とは違って装備も戦力的にも潤沢とは言えないわよ?やれるの?私達だけで」
「否定的な言葉のくせに顔はやる気満々じゃねぇか。どうせなら星七でも出土してくれりゃあ動画のネタにもなるんだけどな」
ハザマが。
「レ、レイにチョコ……お、お前達は怖くないのか!?」
「「怖い」」
だがそれと同時に高揚感と優越感もある。アストラの未踏破らしきダンジョン、世界で一番最初にこの景色を見たのは俺達だ。全部出たとこ勝負、その場の即断即決に全てを委ねてクリアを目指すとする。
『エンゲージリング』
男性と女性キャラによる結婚イベントを発生させる有料性の指輪の事。購入者特典に専用のミッションが用意されており、クリアすることで指輪の性能を高めることが可能だ。
Now loading…