七十八 プロの意地
背負い投げした瞬間、勝ち確を過信した油断が襲いかかった。投げたプレイヤーが弾丸に撃ち抜かれながらも死んでいない。このままでは俺が角を曲がって身を隠すよりも先に奴の弾が届く。
(まずい油断し――)
「チョリィィィス!!行くぞレイ!!」
「ナイス……っ!!キジル!!そのまま上から行け!!俺は下を走る!!」
屋上を飛び越えるついでに第三席のキジルから援護射撃が。弾丸の雨に捕まる前に手筈通りに角へと進んでフラッグへ向かう。包囲網を突破出来たならワンチャン旗をかっさらえるかもしれない。
「マカロンも来たか!!レンカは!?」
「反対から来てるんじゃない!!足を止めたら背後からやられるわよ!!走れ!!全員突っ込むの!!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!そうしたいのは山々だが……っ!!フラッグ周りもかなり人員を敷いてやがる!!このままじゃ無駄死にだ!!」
「けど止まったらどっちにしろ死……っ!上!!!!」
僕の真上からドラム缶が降ってきた。恐らく引火性の高い液体がたっぷり入ってるやつ。手榴弾までセットという破格な待遇だ。止まることはおろか後退することすら許されない過酷な仕打ちである。
「っ……!」
高度が落ちる前に拳銃で狙撃して爆破するしかない。だが足を止めて振り返る暇もないため、捻りながら前宙し、空中で反転した一瞬のうちに狙撃してやった。距離はあれどありえない衝撃と熱波が俺の体を吹き飛ばす。
「うおおおおおおおおおおおお……っ!!」
「レイ!!まずい……!!そっちに一人行ったから気を付けなさいよ!!」
「まじかよぉ!!ぐええぇ……!」
窓ガラスを吹き飛ばしながらボロい小屋の中へと不時着した。間髪入れずにアサルトの乱射音と共に弾丸が降り注ぐ。とりあえず遮蔽物がなさすぎるため机を蹴って壁代わりにし、ついでに下にあったショットガンを頂戴させてもらう。
「アストラ民は脳筋しかいねぇのか!!だが追い詰めたぞ……!!死ね!!」
「その声はシンか……!!お前が死ね!!」
「っ……!!」
寝かせた机の天板に背中を預けるようにした後、剣道の上段の構えのようにショットガンだけを遮蔽物から出して発砲した。声しか方向のヒントがないため恐らく当たらない。だがギョッとしているはずだ。その隙を狩らせてもらう。
ショットガンのリロードをしながら立てた机から飛び出し、右手の拳銃を構える。シンよりも早くにエイムを合わせてヘッドショットしかありえない。だが流石はプロと言うべきか、まさかの奴も俺に突っ込んで来て――
「っ……!!」
「おらぁぁ!!死に晒せ!!」
構えた拳銃がアサルトの殴打によって明後日の方向へ。そして反対の手に握るショットガンが突きつけられており、両手持ち武器だがこの至近距離ならエイムもクソもない。思考を飛び越えた反射が回し蹴りを選択する。
「かがみながら……っ!?咄嗟によくもまぁ……!」
「お返しだ……!!」
「させる…かぁ!!」
「っ……」
回し蹴りによって銃口を逸らしたショットガン、そこから放たれた弾丸が家屋に設置された花瓶や家具を砕く。息を着く暇もなく俺の放ったショットガンも同様に蹴り上げられ天井に風穴を開けた。片手で左右それぞれ銃を扱う以上、スピンコックのショットガンを拾えたのは余りに豪運だと言えるだろう。
片手で銃を回し、遠心力によってレバーアクション銃から薬莢を捨てる。次の攻撃のアサルトを突き付けられる前に半身で肩を奴の胴体にねじ込み、体当たりから蹴り飛ばしてショットガンを顔面へと投げ捨ててやった。
「当たる……かよ!!」
「当たれ……!!」
構えた俺の拳銃と奴のアサルト、ショットガンの投擲によって体勢が崩れてくれれば儲けものだったが甘くは無いらしい。奴もショットガンを捨て、エイムに重きを置いた両手持ちへと移行する。先に撃鉄を起こしたのは俺だ――
「は……?」
「悪いな。俺はエイムも一級品なんだよ」
俺が狙ったのはシンではない。投げ捨てたショットガンの引き金だ。宙から飛散した散弾はシンの体に少々の被弾、真の狙いであるアサルトに大半が集弾してぶっ壊れた。驚きとは戦場では隙へと変わる。
「嘘だろ……っ!俺がこんな曲芸野郎に…っ!!」
「逝って良し!!そぉぉぉぉぉい!!」
取っ組み合いになりかけたがそっちも俺の領分。ナイフを喉仏に滑らせ無事にシンの討伐が完了。だが防衛班からの連絡にアドレナリンが強制的に放出した。詰められている。両チーム共に王手がかかってしまったのだ。
『フラッグを取ってくれ!!こっちはもう持たない!!頼む!!』
「任せろ……っ!!十秒だ!!十秒耐えてくれ!!」
弾丸の雨の中へと飛び込む事に生存本能が恐怖を叫ぶ。だが勝ちは譲れない。相手がプロでも、いやプロだからこそ負けたくないのだ。多くの人が実力を認めるアシュオンのプロに勝ってこそ、俺達アストラ民の誇りはより輝きを増す。
「突っ込めぇぇぇぇぇぇぇぇ!!痛っ!」
あちこちから飛び交う弾丸のいくつかが胴を貫くが知ったこっちゃない。頭部や心臓、ワンパンされる部位のみを死守してフラッグを奪う。体操選手よろしく、ド派手に飛び跳ねながら壁を蹴り、フラッグの設置された広間へと身一つで滑走する。
「届けぇぇぇぇ!!」
「レイ……!!うあっ…っ!行って!!!!」
「ナイスマカロン……!!」
飛び出した俺へと伸びたスナイパーの弾丸、マカロンが己を犠牲に庇ってくれた。お前の死は無駄にしない。全速力からの飛び込みでフラッグを奪う――
「あぇぇ……っ!?」
僅差。触れるはずだった俺の手は見えない障壁に阻まれ、手首が曲がってはいけない方向に折れた。それはすなわち、先に旗を奪われた事を意味する。眼前には黒チーム敗北を示すᒪoseの文字が。絶望不可避である。
「くっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!あと一秒……!いやレイテンニビョウあれば勝てたのにぃぃぃぃぃぃ!!ああああああああぁぁぁ!!」
「悔しがってくれてとても嬉しいです!!アストラ民、とても強かったです!!想像以上に……!!」
「シーナ……」
膝まづいて項垂れていたところにシーナが手をかしてくれた。歪に折れ曲がった右手を出したところで気付き、左手を出して立ち上がる。負けは負けだし、死ぬほど悔しいが楽しかった。素直に賞賛を送るべきだろう。
「次は負けねぇぞ!!くっそ……良い試合だった」
「……はい!私達のチーム、とても焦っていた。全員が……必死で、恥も捨てて全力でした。それでも、レイを止められませんでした……!それはとても凄いこと!!だって私達はアシュオンでお金を貰えるほど上手なんだから!」
「……ありがとな。いやぁ……正直プロとか言ってても勝てるだろって舐めてたよ。基礎が徹底されてて撃ち合いじゃあまず勝ち目がなかったし、派手に動けないアシュオンの世界じゃあ到底歯が立たないんだろうな」
不機嫌そうなシンが。
「嫌味か?だがまぁ実際あんな派手に動きながらもエイムが狂ってないお前は、少なくともプロに匹敵する実力なんだろうな」
「おぉ!シン!!シンも褒めてたんですよ!!レイのやつ、口だけじゃねえ!ちゃんと腕を持ってるって!!」
「そりゃどーも。かぁ〜 しばらくSNSではアシュオン民がふんぞり返るんだろうなぁ〜 やだやだ」
チョコにはアシュオン民を分からせてこいと言われていたが、むしろこちらが分からされる結果に。互いに褒め称えるのも心地よいが、転送と共に自陣のお通夜のような重たい空気へと送り込まれる。落ち込みすぎだろお前ら。
「「「「「うあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」」」」」
「うぅ……」
どんより、という副詞に上位互換があればそれに相当するだろう。レンカなんてへたりこんでガチ泣きしてるし、マカロンに限っては家屋の壁を殴りまくってる。やめなさい、お家に当たるのは良くない。
「お前ら……!元気だせって!!そりゃ悔しいけどさぁ……」
フォルティスが。
「僅差だったらしいな。すまない……我々があと一秒でも稼げていればお前が取れたんじゃないのか?その右手はそういうことだろう?」
「誰のせいでもねーよ。反省も大切だがアシュオン民の実力を認めることも大事だ。プロを必死にさせたんだ。俺達アストラ民はプロ顔負けの実力があるって事だ」
「うぅ……でも…………勝ちたか……っ……たぁ……くや…………しぃ……」
「レンカも元気だせ!ほら、配信を見てみろ」
「……?」
リアルタイムで配信されていた俺達の激闘、どうやら客観的に見てもそれは名試合だったようだ。アシュオン民もアストラ民も、分け隔てなく賞賛の意を送るコメントが溢れかえっていた。
公式の実況者も双方を褒めたたえており、どちらが勝ってもおかしくはなかったと、語彙力を失うレベルの激闘だったと告げる。同接数もとんでもないことになってるし、フラッグを取ったアシュオン民のインタビューを見る前に切る一択である。悔しい今ヘイトスピーチは俺に効く。
「お疲れ様です〜!!アストラ運営の者ですが、僅差でフラッグに触れられなかったレイさん!!一言頂けませんか!」
「……次があるかは知らないが、次は俺達が勝つからな。あと〝非効率の館〟チャンネルもよろしくぅ!!」
『ちゃっかり売名してて草』
『うおおおおおひこやかチャンネルも登録してるぞ!』
『gg!!見てるこっちまで手に汗握った!!』
『お前の敵を轢き殺していくシーン凄かったぞ!!』
『アシュオンにも来いよ!!風穴開けてやる!』
目で追えない速度で流れるコメント欄の中からいくつか見えたものだ。他数名にも似たように一言インタビューをして回り、これにてアシュオンコラボは幕を閉じたのだった。
『スタミナ』
行動を起こすための起源のエネルギー。回避や強攻撃、ウェポンスキル、ダッシュ、アクティブな行動には全てスタミナの消費が伴う。
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