七十三 セツナの来訪
レイくん、会議、帰りたい。今来た人に三行で伝えるならこれ。現在なんと数多のクランリーダーが〝天窮使節団〟のクランハウス、すなわちアクアリングに大集結していた。不参加の人もいるがそれでも一〇〇名は優に超えてる。
「じゃあ企画提案者であるレイさん、前へ」
「キョウシュクデス」
それとなしにシンさんへと進言したアストラ民vsアシュオン民の話が、あれよあれよと転がりとんでもない大事になってしまったのだ。向こうは二〇〇人全員がほぼプロ、対してこちらはどこまで行っても個人の集まりだ。
プロはお金が発生するからそうなのであって、カジュアルプレイヤー相手ではこの企画は飲めないらしい。だがアストラ運営はそうですかー、無理ですかーとはならなかった。公式生放送でライブ配信すると共に、猛者のプレイヤーを選りすぐり、この企画を押し通すらしい。
「ってことで……各クランリーダーの中からやる気のあるプレイヤーをそれぞれ選出してほしい。もちろん無所属のユーザーや個人にも運営がメッセージで募集してる。そこからさらにトライアウトを繰り返し、最終的には銃撃に特化したアストラ最強の精鋭を組む方針だ」
「発言良いか」
「はい、フォルティスさんどうぞ」
「〝非効率の館〟からお前は出るのか?言い出しっぺだものな?」
「トライアウトで弾かれない限りはそのつもりだ。てかぶっちゃけ言う……金になんないからって言われてるけどさ、それって俺達のこと雑魚って言われてんのと同じだぜ?それでいいのかお前らァ!!」
煽りに対して良い感じに皆が薄ら笑いを浮かべた時、ふと懐かしい声が最強の名を呼んだ。かつて〝天啓の導〟のサブリーダーを務めていた女性、名前は確か『モルガン』だったかな。
「ゼロでも呼べば?あなたはあの人と繋がりがあるんでしょ?銃限定とは言え、最強争いにあいつがいないなんて興が乗らないわねぇ?」
フォルティスが。
「リーダーの風格が出てきているではないかモルガン。昔はゼロにリスキルされて号泣していたくせに」
「なっ……!?そ、それは昔の話しでしょ!?やめてよねぇ……!」
「……ゼロは来ません。諦めて俺達だけで勝つしかない」
薄ら笑いのフォルティスの心の声が聞こえた気がした。おるやん、お前やん、て顔してるんだよ。そして会議の雰囲気としては良好、普段はなんやかんやいがみ合う事の多いクラン達だが、共通の敵が現れた場合はその限りではない。
〝スサノオ〟や〝センター〟も然り、俺達が敵と認識した場合は粉々にする。選りすぐりのアストラユーザーとプロゲーマーによって、とんでもねぇ同接を稼いで分からせてやろう。
「じゃあアシュオンコラボ最終日に向けて細かな調整と連絡はアギトさん、運営に丸投げします」
「うん、でも誰が選ばれようとこの企画リーダーは言い出しっぺのレイさんだ。異論はあるかい?みんな」
「は?うせやろ?」
なんでそんなめんどくさい役割を俺が、って言いかけたところで全リーダーが親指を立ててうなづいてやがった。お前らもめんどくさいだけだろ。ふざけるな、押し付けやがって。まとめ役とかもっと適任いるって。
フォルティスやモルガン、その他大勢のクランリーダーとの対面に胃が痛い。ようやくあの空間から解放されたが、これまた非効率の館前が騒々しい。ユーフィーやマンドラゴラ目当ての観光客だろうか。
「お帰りなさいませ、ご主人様。ただいまご友人が来訪されており、中にお通ししています。コロネお嬢様が対応しておりますのでどうぞ中に」
「客?誰だ……?レイはそこまで交流はないんだが……」
「『セツナ』と名乗られておりました」
「マ?何の用だ……?」
我が家なのでノックの必要も無い。いつものように扉を開けた瞬間、コロネの真っ赤な顔と悲鳴によって鼓膜が吹き飛んだ。人の顔を見て発狂するって何話してたんだよ。
「きゃァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!????」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
「あ、やっぴー☆ お邪魔してるよぉ」
「びっくりしたァ……!何話してたんだよ!?」
「べっつにぃ?恋バナかな?なんだろうねぇ?」
「そんなことよりなんだよ?この外の奴らは……レンカでも来てんのかと思ったわ」
「さっきまではいたよぉ コロネちゃんと模擬戦してたんだよねぇ〜」
「五連勝、どう?レイ!私強くなったでしょ!」
知らない間にこいつら仲良くなりすぎだろ。ドヤってるコロネさんが可愛いのはひとまず置いといて、セツナが隣に座るように促している。机を指差しながら二回ほどトントンと、まぁ座れよという仕草だがなんだろう。
「何の用だ?てか自分家みたいにくつろぐなよ……いいんだけど」
「お兄さんってゼロと繋がってるって噂じゃん?一応教えてあげようかなって」
「何が?」
「私さ、改造された違法コアレスを開発者に返しにいったわけよ。一切答えなかったけど、その人が明らかに目の色を変えてた」
話しが掴めない。コアレスをいじくるのは普通に違法だが、セツナは俺の親父が警察だと知らないはず。つまり、この話しにはまだ続きがある。
「負けたのか、ゼロか?それとも別人か?後者なら名前を教えろって。多分だけどさ、あいつら〝センター〟だよ。コアレスに何されてるか分かんなかったし、返すしかなかったけど……お兄さんにも何か仕掛けてくるかもしれないと思って話しに来たわけぇ」
「……〝センター〟ねぇ」
「あ、あの……話しの腰折ってごめんね?センターって?」
「一言で言うなら犯罪者集団だな。〝スサノオ〟をさらに悪にした感じ、とにかく手段を選ばない奴らだ」
セツナが。
「多分だけど前回ゼロに派手にやられたからさぁ、あいつらコアレスを弄り回して無害なチートを作ろうとしてるんだと思う。私はその被検体の一人ってわけぇ〜」
「お前のでも充分やばかったが、まだ改造してんのか」
「それも多分、だけどね。現状だと脳波をVRMMORPG、それもフルダイブに変換するにはコアレスを使うしかない。でももし仮にそれを補う媒体があれば、私が背負っていた等身大の痛みっていうデメリットも出ないかも。それどころか受動的じゃなく能動的にイカサマもできちゃうかもねぇ」
「お前地味に詳しそうだな……」
アストラ暗黒期は〝センター〟の立場なら全盛期だろう。猛者と遜色ないプレイヤースキルを持つ幹部複数人が暗殺に特化し、リアルではその他の人員が特定と揺さぶりに動く。脅しに屈した猛者も多く、家族や恋人、それらに準ずる何かを人質にゲーム内での強制労働に充てられていた。
奴らの狙いは金だと思うが、それ以外にも何かある気がする。決して屈しなかったが、ゼロも執拗に狙われた経験があるのだ。事態を重く受け止めた運営と警察が手を組み、数人の要人プレイヤーには視界に入ったセンタープレイヤーを垢BANする保護設定まで施す始末。
「ま、噂話程度に聞いといてよ。もしかしたらまた来るかもね……アストラ暗黒期がさぁ」
「何がしたいんだろうな、あいつらは」
「さあ?今じゃアストラのアイテムなんて仮想通貨みたいな扱いだし、裏社会では何かしらあるのかもねぇ。私に分かるのは、あいつらはコアレスに通常とは異なる何かを付与させようとしてるってことくらい。多分……そこのユーフィーちゃんも被検体の一人だよ。ね!?ユーフィーちゃん!私のリアルの姿が見えてるんでしょ?」
ユーフィーが怯えたように窓から瞳だけを覗かせる。確かにこいつも出会った頃に不可解な発言が目立っていた。プレイヤーのキャラデザではなく、魂の形が見えているかのような言い回しだった。
「レイ……!その人腕が一本しかないよぅ……!お腹もなんか異様にへこんでるしぃ……!絶対やばいところと関わってるってぇぇぇ……っ」
「せ〜かぁい!昔に大事故にあってからそうなんだよねぇ!今も胸糞悪いあいつらの介護がないと移動すら出来ないし、最初は金もなかったから内蔵を売るしかなかった。今はレイ君のおかげで大丈夫になったけどねぇ〜」
「……すっげぇヘビーな話しを陽気に話しやがる。俺との対戦動画がバズってはいたが、その時に何かアクションでも起こしたのか」
「全部カミングアウトして同情を買った☆ 匿名の寄付金と固定のファンがついて私のチャンネルは今や二〇万を超える登録者がいるってわけ」
「商魂に全振りしすぎだろ……」
なんとも強かな奴である。こいつの言っていた『もうアストラしかない』とは言葉通りだったようであり、欠損した体ではまともな職につけない。故に俺達と同じくして配信者として反響を呼ぶしか選択肢がなかったらしい。
「センターが想像以上に無法者ってのはよく分かった。身の上話しもぶっ飛んでて驚いたが、俺から何か出来るわけでもないしなぁ。まぁ色々と警戒して気を付けておくよ。そろそろ帰らないのか?お前」
「え?お兄さん聞いてないの?」
「はい?」
「君のとこのチョコちゃん、あの子が巨大クラン四つを動かしたんだよ?アストラ界でも初の大規模探索、未踏破の火山攻略のために、霊峰、天啓、星浄、そして〝蒼穹の天輪〟が動くよ。あれ?君の指示じゃなかったの!?」
「ナニソレ、キイテナイ」
馬鹿かあいつ、どんな手品を使ったらあいつらを動かせるんだよ。〝蒼穹の天輪〟に関しては接触すらしてない。最古のクラン霊峰にも劣らないゴリゴリの攻略組だ。どいつもこいつも有名どころばっかり、そんな規模で探索しようものなら普通にアストラ界隈規模で大騒ぎだ。
「へぇ〜?〝非効率の館〟ってお兄さんだけがあたおかじゃないんだぁ!!ちな私はしれっと混ざるよ。巨大派閥×四の大捜索なんてバズるからねぇ。生配信生配信〜」
「チョコのやつ何しやがったんだ!?変な契約結んでないだろうなぁァァァァァ!?」
発狂しているとログインの光が館内に。そして館の外にもゾロゾロと人が歩み寄っていた。件の事態を招いた張本人、ログインの光から現れたチョコが不敵に笑う。善は急げだろ、と告げる顔に戦慄する他になかったのだった。
『錬成』
様々な素材と各分野のレベルを磨く事でアイテムや武器を創造する技術。武器や料理、防具、それぞれに必要な技術は異なるため、その道は荒野を歩くかの如く未知が君を待っているだろう。
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