七 鍵とおこな幼馴染
ステラヴォイドからひたすら走りまくって転送領域を開けまくってる。高レベルなエネミーが出てくるところは後回しだが、ここからは点々と様々な場所に行くため必要な作業なのだ。一度触れたポータルはどこにいても、マップから選択して移動可能になるので義務教育です。
「よし、とりあえずこんなもんで良いか。二〜五レベくらいサクッとあげて……ん?」
ステラヴォイド周辺は森林エリア、今俺が位置するのは南部へと下って森林を抜けた渓谷エリア。切り立った崖の下は激しい流れの川がある。所々に向こう側へと続く橋があるのだが、何やら二人組が大慌てでこちらへと走ってきているではないか。
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!?チョコなんとかしてよぉぉぉぉぉ!!!!」
「私だってサブキャラだから無理無理!!なんでレアエネミーがこんな時に限ってポップするのかなぁぁぁ!!」
「お?チョココロネコンビだ」
俺がいる側をAと呼ぶならば、Bである向こう側の推奨レベルは十五。星屑の神殿が現れるフィールドでもあり、見るにあいつらはレアエネミー『ギガフィネス』に追われているようだった。
「あっ!!!レイさぁぁぁぁぁん!!!助けて下さァァァァァァァい!!!!」
「いやいやいやいやいやいやいや!?無理無理無理無理無理無理!!!!俺今武器片手剣しかないもん!!!!こっち来んなバカァァァァァァ!!!」
イノシシの背中からクソデカキノコを生やした外観を持つ『ギガフィネス』。通称キノシシ、クソモンスである。攻撃時、被弾時にランダム方向に状態異常の胞子を撒き散らす害悪エネミーであり、炎系統の法撃でクソデカキノコを部位破壊でもしないと今のレベルではマトモに戦えない。
「こっちまで走ってこい!!ここまで来たらそいつの行動範囲外だ!!」
「やばい……っ!コロネ!!先に行って!!私スタミナ尽きる!!」
「チョコ!!」
悲報、ロリな友達死す。最初にコンタクトがあったコロネさんはギリギリこちらまで逃げ込めたが、ロリアバターのチョコさんとやらは、ギガフィネスの射程範囲にまで詰め込まれてしまった。
「任せろ!!あんたが死んだ後はコロネさんがアイテム拾っとくからさ!」
「無理です!!変わってくれませんか!?私今……!特殊アイテム拾ってて!!死んだら消失しちゃうユニークアイテムなんです!!イモータルポーチにも入れられなくて……きゃあ!?」
キノシシの牙を振り回すような攻撃を半ば倒れ込むようにしてかわしたが、舞い散る胞子の色からしてあれは麻痺。幾ら最強と謳われた俺でもレベル差には勝てない。アイツ三十四、ボク八。無理無理。
「ユニークアイテムってなんだよ!」
「『星屑の鍵』!!聞いた事ないアイテムだから持ち帰りたいの!!おねが――」
「――ストライクバッシュ!!」
キノシシの前足振り下ろし、その弱点フレームへと唯一の火力技をぶち込んで弾く。未知の最前線、そのチケットを持つチョコさんは見殺しにはできなくなった。ワクワクする。誰も知らない世界はいつだって楽しさの塊だ。
「麻痺か?」
「は、はい……!確か効果時間は……」
「一〇秒だ。生憎と麻痺系統の解除薬は持ち合わせてないんだなぁ……」
「そ、そんなぁ……!おしまいだぁ!!私死ぬんだァ……!」
「死なせねぇよ」
パリィの後、あえて俺は追撃をしなかった。これでヘイトがまだチョコさんに向いていたならば、確定でもう一発ストライクバッシュを打ち込めるためだ。だが残念ながら俺をご所望らしい。圧倒的なレベル差のため、削るのは不可能なんだがどうしよう。
(ストライクバッシュの衝撃で俺も状態異常に……毒、これは不幸中の幸いか。麻痺か睡眠なら詰んでた……図々しく提案を持ちかけてみようかな〜!)
「危ない!!」
「平気平気〜 それよかチョコさん。その星屑の鍵とやら、俺にも一枚噛ませてくんない?」
「良いです!!良いですから助けて!!お願いします!!」
「後からやっぱなし、は許さないからな!!ストライクバッシュ!!」
スキルによるパリィの後、すかさず後方へと回避した。胞子をフレーム回避しつつ、同時にヒット判定範囲から離れるためだ。胞子の飛び散る方向はランダムなため、回避先に飛び散れば無意味だがしないよりはマシ。この隙に解毒薬を喉を鳴らして飲んでおこう。
そしてまさかこの強すぎる作戦を使う日が来るとは思わなかった。ギガフィネスことキノシシよ、お前はゼロに継ぐ最強を一時的に名乗っても良いぞ。
「逃げるぞォぉぉぉぉ!!!デンジャースキル起動!!死神の悪戯!!うおおおおおおおおお!!!」
ヘイトはしっかり俺。んでもってダッシュのスタミナ効率を爆上げ。だがこいつの移動範囲内で鬼ごっこをしなければ、次点でヘイトを稼いでいるチョコさんに向いてしまう。ということで早く麻痺解けてくれ。
「ふぉぉぉぉぉぉぉぉ!?コイツ足早ぇぇぇぇぇぇ!!」
今の俺のダッシュよりギリ遅いくらい。離れすぎず、近すぎず、チラチラ後ろを見ながらでは到底全力でなんて走れるわけがない。じわじわと距離が詰まっていく。だが最悪俺は殺されても失うものは何もな――
「シャーリンティオン!!」
(シャーリンティオン?長剣版のストライクバッシュ……!心優しい野良様がお助けにぃぃ!)
「チョコ!!動けるかい!!」
「……解けた!!レイさん!!そいつはマサトに任せてこっちに逃げて!!」
「レイさん、ここは僕に任せ――」
「――おう!!頑張れよ!!うっひょぉぉぉ!!」
なんか冷めた視線で見られたけど知るか。助かるなら死んでやるか。地味にデスペナルティの二〇分がうざいんだよ。マサトさんとやら、ここはあんたに任せて俺は逃げさせてもらう。
「ふぃぃぃぃ!!助かったァァァ!」
「レイさん……!本当にありがとう!!」
「わ、私からも言わせてください!チョコを助けてくれてありがとうございます!!」
チョココロネコンビ。改めてその外見を見させてもらったが、コロネさんの方は言わずもがな相方も良く出来ていた。耳長の種族に女性らしさを残した短い金髪。二人ともかなりキャラクリの腕が高いことが伺える。めっちゃ美人。
(チョコさんは正当なロリエルフで……コロネさんはおっとり美人だがどこか幼さも有している……うむ、良きかな。眼福)
「チョコ、あの人一人で大丈夫かな?」
「平気よ。うちのクランが誇るエース……!〝天啓の導〟の懐刀よ!やったれマサトー!!」
(……レベル七〇、当たり前か。マサトとやらは知らないが、〝天啓の導〟は良くも悪くも超有名クランだからな)
ほんの数撃、それでいてレベル差によるゴリ押しもなくマサトはキノシシをぶち殺した。俺が休止している間に〝天啓の導〟は有望なプレイヤーが育ったようだ。長剣のリーチと火力を生かし、怯み値管理も完璧だった。
「いやぁ、偶然チョコの叫び声が聞こえたんだけど、こんなことになってるなんて……えぇっと?そちらのレイさんは知り合い?初めまして」
「初見ですー 」
「知り合いというか、どちらかと言うとコロネがお世話になった感じの人」
コロネが。
「お世話になった部分もあるけど……!むしろ私は怖い目に合わされた被害者だもん!」
「いやぁ……あの時は本当に悪かったと思ってる。ハイになってたんだ……」
「悪い人ではなさそうだね。で……だ」
嫌な笑い方を浮かべるマサトを見てなんとなく察してしまった。アストラのプレイヤーがこういう顔をする時、決まってそれは未知の最前線への匂いに食いついている。次に言うセリフが手に取るようにわかるものだ。
「『星屑の鍵』、だっけ?僕も混ぜてよ」
「そ、そりゃあ良いけど?でもレイさんと約束しちゃったし……クランにはまだ秘密にしておこうかなって考えてるんだけど」
「報告は攻略し終わってからでも遅くはないんじゃないかな?それに、やっぱり未知の最前線は誰よりも早く味見したいだろ?あははっ!」
「でもユニーククエストの派生に伸びたら流石にレベルが……」
チョコさんから気まづそうな視線を向けられたことに気付き、俺はこう返す。別にクリア後の報酬まで寄生させてくれなんて言いませんよ。発生条件さえ分かればいつか自発的に再チャレンジできるからな。
「発生条件さえ分かれば俺は降りるよ。足でまといになるし」
マサトが。
「レイさんってレベル八のわりにやっぱり慣れてるよね?サブですか?」
「うん。もし仮に未発見のユニーククエストが発生したとしても、情報の利権は全部そちらでおっけー。俺は情報戦にも、クラン対抗なんかも関わりたくないんで」
「……ソロですか。かっこいいですね」
「サブなんでまたーりとゆるくやってるだけかな?んじゃまぁ、とりあえずチョコさんフレ申いい?」
リアルの腹が鳴いている。アストラの前に飯休憩だ。チョコ、コロネ、マサト、この三人とレイ初の相互フレンドを結び、俺達は解散した。だがリアルに意識が帰ると同時に、息を着く間もなくおびただしい数の着信履歴に震えてしまった。
「めっちゃカオリから電話来てるぅ……っ!メンヘラもびっくりなくら……ひぇぇぇぇ!?」
またかかってきた。しかも着信番号がケータイじゃなくコアレスから。スマホと連携が可能なため、恐らくはアストラの世界からずっっっっっっとかけているのだろう。心当たりしかなさすぎて出たくないんだが。
「……し、しもしも〜?」
『零真!!なんで中々出てくれないの!?』
「シ、シゴトダヨ。ボクシャチク、どした?」
『零真が言ってた『祭壇への羅針盤』、それを口にした人がいたの!!レイって人!職場にいるなら聞いて欲しい!!このレイとか言う奴を知ってるかどうか!!』
「落ち着け。ガセじゃなさそうなのか」
『多分……だけどね。てかあいつマジでコ〇ス……勝ち逃げブロックしやがったな?一切連絡返ってこないし……次会ったらPKだろうがなんだろうが殴り殺してやる……』
殺意高くて草。生きた心地がしないからやめて欲しい。だがまだレイが俺だとはバレていないようだ。無駄な駆け引きをする必要もないなと、少し安心した瞬間、ジェットコースターのように俺の心が揺さぶられていく。
『何か分かったらすぐ教えて!私張り込みで忙しくて……!』
「張り込み……?レアエネミーに張り付いてんの?」
『ううん!そのレイってやつさ、レベル八だったからストーリー進行で絶対に『星屑の神殿』に来るはずなの!!だからずっとここで隠れて待ってるんだ!!』
オワタ。粘着質すぎる。普通に詰んだかもしれない。一度触れたダンジョンならば、マップ画面から選択して中に飛べるのだが、初回だけは無理。実際に神殿まで行って扉からリンクする他に入る術は無い。やっべ、どうしよ。
「や、やめてやれよ……可哀想だろ……」
『だってさぁ!!あいつ不意打ちしたのよ!?未知の最前線で撒き餌して……!油断したところに打ち込んで来た上、勝・ち・逃・げ!!ぶっ殺案件でしょ!?』
サーセン。本当に悪かったと思ってる。言い訳させて欲しい。いや、バラしたら色々とめんどくさいのでそれすらもできないんですが、あの時はテンション上がって勝ちたくなったんだもん。どうにかしてカオリのヘイトを鎮めないとなぁ。
『イモータルボックス・ポーチ』
星の加護を受けたオーパーツ。中にはアイテムを収納可能であり、持ち主を記憶したオーパーツはアイテムを粒子化させて持ち主の元へと返す機能を持つ。
Now loading…