六十六 海中マウント
ユニーククエストへの派生から一転、まるで空を飛んでいるかのように海中を泳げるようになった。疾走感と快適さとは裏腹に、クエスト内容自体は難易度を上げる。泡のリングを潜る度に更に遊泳速度が強制的に上昇し、こちらの意思では止まることさえできない仕様だった。
「早すぎだろ……っ!壁がスクロールして迫ってくるタイプのVR版かよ……っ!!」
「レイ!!アザラシちゃんが理想のコースを教えてくれてる!!」
「マジか……気付くのはっや!」
様々な魚やエネミー達が景色のように流れていく中、コロネの発言にアセルカイアの幼体を睨む。こちらへと振り返りながらメロい鳴き声を上げ、恐らくは泡のリングを全回収出来るであろうコースにキラキラと粒子を漂わせていた。
「早すぎるぅぅぅぅぅ!!」
「楽しい〜!!」
こちとら取りこぼさないよう必死だと言うのに、意外にもコロネは並外れた嗅覚で幼体の後ろをピッタリと追従して行く。他の誰でもなく、非効率メンバーの中であのコロネが先頭を泳いでいる事実にクソビビってる。
ゲームに対する変な先入観の有無なのか、リングからリングへのコース取りに思考容量の殆どを持っていかれて楽しむ暇がない。最早彼女は先行していたはずの幼体と横並びになり、舞い踊るように海中を煌びやかに駆け巡っていた。
「コロネ……っ!頼っていいか!?なんで初見なのにコースがまるでわかってるみたいに……っ!」
「分かんない!!でも……っ!気持ちよく泳げるコースの先にリングがあるの!!」
「ナイスすぎるだろ……っ!!その感覚に全ツッパだァァァ!!!!」
「コロっちを信じよう!!」
感覚というコロネの個人技に命を預ける。特殊フィールド故に海中エリアがメルヘンなものへと変貌を遂げていった。光り輝くサンゴ礁、海中だと言うのに打ち上がる水中花火、そして俺達と演舞をするように追従してくる多くの海洋エネミー達。
海底の岩にくり抜かれた穴へと差し掛かり、壁や床、天井にクラッシュしないよう細心の注意を払う。と警戒しているのにコロネは時折進行方向へと背を向けたり、前宙したりとやりたい放題だった。
「レイ!!多分ゴールだよ!!」
「行っけぇぇぇぇぇぇ!!」
海底トンネルを抜けた先は広い空間だった。否、空からは太陽の光が差し込み、馬鹿みたいな透明度の水の中から見上げるとゆらゆらと外の景色が歪む。光り輝くサンゴ礁、そして玉座のような装飾の岩の上には見たことの無いエネミーが眠りから覚めようとしていた。
「見たことないエネミーだな……?」
「コロネぇ……レイィ……っ!あんたら……!早すぎ!!めっちゃ怖かったんだけど!!?」
「私もチョコっちと同じ感想かなぁ……あはは」
「あっ!アザラシちゃん!!」
幼体が玉座に寝そべるように鎮座していたシャチのようなエネミーへと近づく。起きてくれと言わんばかりに鳴き声を上げ、呼応するように赤い瞳が開眼した。岩からふわりと浮かび、刃のようなヒレを駆使してコロネへと接近していく。
「なかなかの威圧だな……魚のくせに。神逆マターレギィ……新しく実装した新エネミーかねぇ?」
チョコが。
「いや……新フィールドでも見たことないし、そもそもこんなシャチみたいなエネミーは聞いたこともないわ」
『『海狗の饗宴、招かれた演舞』のクリア報酬です。パーティーから一名を選択し、報酬を受け取ってください』
「んあ?」
リザルト待機画面にてまずSランククリアを確認。そしてアナウンスの言う報酬とは、テイムリンクに『特殊テイム』の権限を付与するものだった。ちなみに俺も初めての事なので意味不明だ。
「どうするか……とりあえず一番の功績だったコロネに渡すので良いよな?」
「え!?えぇ!?別に抽選でいいのに……っ!」
「というか抽選が選べないんだ。それに……アセルカイアがコロネを選んでる気がしてな」
「アザラシちゃん……えっと、特殊テイムの効果は――」
特殊条件を満たしたエネミーだけを対象に、テイムリンクの制限を一部解放するとの事だ。今回で言えば恐らくはこのシャチみたいなやつだろう。アセルカイアと親しげだし、先程のクエストを通じて試練を乗り越えられたのかもしれない。
「――一部のテイム不可のエネミーもテイムできるんだってさ!」
「そうなると……明らかにこいつだよな」
「そうね……流石に見たこともないし、コロネには悪いけどテイムしておいた方が色々と美味しい気がするわ……」
「コロっちも同じ意見ぽいね!」
「うん!!言われるまでもなく君だよね?私に着いてきて欲しいの……!!」
シャチは現実では海の王者と呼ばれ、食物連鎖の頂点に君臨する。流石にリヴァイアのような竜には敵わないだろうが、まだまだ未知を見せてくれるアストラは本当に飽きない。そう、しっかりとレアそうなマターレギィを――
「そっちかーい!!!!」
「うん!!アザラシちゃん一択だよね!!か〜わいい〜!!」
なんと選ばれたのはアセルカイアの幼体でした。本来ならばテイム不可のハズの幼体さえも可能になるらしく、これにてコロネの二匹目のペットが確定する。コヨーティアとアセルカイア(幼体)、そりゃ何をテイムするかは個人の自由だが、シャチさんもポカーンしてるじゃねえか。空気読もうよ。
「ごめんね?君はもう連れて行けないの……」
「ま、まぁ……あの子が気に入った子ならいいんじゃない?」
「コロっち〜!私にも抱っこさせて〜!!」
「……ま、それもそうか」
レアそうなエネミーチャンスがぁぁぁと嘆きかけたが、やはり楽しいかどうかを優先すべきだろう。結果的に未知の最前線も走り抜けられたわけだし、コロネを見るにあのアザラシも海上マウントのはずだ。そうなれば従来の目的であるストーリー進行のためのダンジョンにまで行けるのだから。
「海中マウントだって〜?レイ達ならなにが違うのか分かる?」
「「……え?」」
「え?」
「……海上マウントは腐るほどいるが、海中マウントなんて聞いたことねーよ!!」
海中マウント。
本来であれば海面を漂うようにしか移動できないのがアストラの仕様だ。だがコロネのテイムしたアザラシ君は、マウントするのではなく並走する形で水中のバフを与えてくれるらしい。端的に言うと、ユニーククエストに派生した瞬間のようになる。
「待て待て待て待て待て待て待て待て!!それがガチならやばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!!」
「お、おおおおおおおおち着きなさいよ!?リ、リリリリリリリーダーが取り乱したら伝染しててててててっ!?」
「コロッち〜?あの二人こういう時いつも変だよね〜」
「うん!でも楽しそう!!レイ〜!なにがやばいの?教えて!」
「やばすぎてやばみがやばい…… コロネもオレンも、アストラじゃあ未知とは最高の劇薬だってのはもう分かるだろ?」
「うん」
「これまで陸上、海上、空上はテイムによって七割以上が探索、冒険で荒らされ終わってる。けど……海の底はほとんど解明されていない……」
「……ってことは…………!?」
「踏み荒らされていない新天地が山ほど水の中にある。そしてたった今コロネはその足を手に入れてしまったんだ……やばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!!」
とは言えアップデート待ちになる海底のエリアもあるだろう。空もとある境界から進行不可になり、深海も同じくして拡張待ちは濃厚。探しにくいところにこんな隠し物をしているなんて運営はイカれてやがる。
「あ、あの……レイっち達を遮ってアストラの発言するのも恐縮なんだけどさ……」
「ん?気にするなよ。どしたオレン」
「実は昔所属してたクランと冒険に行ってた時なんだけど、似たようにランダムクエストからユニークに派生した事があるんだ〜 もしかしたらアストラの特殊気候もさ?実は適応可能なマウントが山ほどいるんじゃ……」
「大した推理だ……オレンにしては的を得てやがる」
「一言余計じゃない!?」
マウントテイム権は手放す事で再利用可能だが、とあるサブクエストを達成後に契約の力を再び付与してもらう必要がある。相当めんどくさいため多くのユーザーは課金して本数を増やす事が多く、『特殊テイム』というコンテンツも意図して隠されている可能性も高い事が疑えた。
「チョコ、もしかしたら動画配信のネタには困らなくなるかもな」
「そうね。運営が意図して隠しているなら、全国に向けて発信すれば幸いにも野心家は腐るほどいるもの」
「まるで手招きされてる気分だ。だがそうなると最古のクランと一契約して結託したいところだな」
「……レイ」
小声で耳打ちしてきたチョコが。
「多分だけど、霊峰が発見して以来立ち入れないあそこをどうにかするつもり?」
「あぁ、ストーリー進行の後は火山の攻略に取り掛かろうと思う。もちろん俺達だけじゃ人数が足りてないし、霊峰と利害が一致すればって前置きがつくけどな」
「でももう時期アシュオンコラボも始まるわよ?そっちはスルー?」
「そうなんだよなぁ……でも銃撃戦が苦手な奴もいるだろうし、話し合いによっては行動を分けてもいい」
コロネが。
「ねぇ!なんでひそひそ話してるの!混ぜてよー!」
「クランの方針を話してたんだ。ちなアシュオンコラボの銃撃戦に興味ある人〜」
俺とチョコのみが挙手し、オレンとコロネは苦笑いしていた。なんとなくその苦笑いの意味はわかる。二人とも飛び道具が苦手なのだろう。オレンに限っては飛び道具を使っているところを見たことがない。
だがアシュオンの方は特に恩恵がない。お祭りコラボなため特別なアイテム報酬はなさそうであり、得られるものは勝利の栄光とアストラ民としての誇りだ。無論アシュオン民を毛嫌いしているわけではなく、こちらの土俵でよそ者に負けたくないというただの意地だ。
『地形ダメージ』
過酷な環境下ではそれに伴いプレイヤーへと悪影響を及ぼす場合がある。熱波や凍てつく凍土、有害ガスに満たされた洞穴、それら生物に不向きな場所では対策が必要だ。
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