六十二 バナナボートと海上レース
〝星浄の騎士〟との唐突な交流会の申し出には驚いたが、せっかくの機会なので本来の予定は少し先延ばしにしても良いだろう。楽しそうに肉や野菜をつつくあいつらに水を差したくもないし、斬り合いはごめんだが別のことで勝負を仕掛けてみようと思う。
「おーいユキナ!斬り合いはあれだが、せっかくの海水浴場だ。別のことで勝負しようぜ」
「別のこと……?と言いますと?」
「海上ボートであの出っ張った岩を回って帰ってくるまで競走だ。ただし……」
俺の視線を追うようにバーベキューをつつくクランメンバーへと。一同も俺達の会話に気が付き何か何かとざわつき始めた。無論ボートだけの競走などつまらないため他の奴らも巻き込ませてもらう。
「それぞれのメンバー三人をバナナボートに乗せてロープで引っ張りながらだ。先着は勝ち点として二点、そして最後にボートに生き残った人数×一点の加算でどうよ?」
「なるほど……よくぞ瞬時に競争性の高く面白い提案を出せる方ですね。その余興乗りましょう。騎乗に自信のある方!!三名まで名乗り出てください!」
このゲームに置いて必要なものはバランスだ。バナナに乗る者は当然、運転者にも速さのバランスを問われる。二人以上を残して先着してしまえば勝ち確であり、いかに上手くコーナリングを攻められるかの問題だ。
向こうの操縦はユキナでこっちは俺。後ろにはコロネ、チョコ、オレン、向こうも同じくして三名が乗り込む。ある程度波打ち際から離れ、牽引のロープは緩みきった状態からスタートだ。
「スタートダッシュも勝負どころですね」
「あぁ、けど速すぎると後ろの奴らが慣性で持ってかれるぞ?できるのか?剣しか誇りのない剣聖様にそんな器用なドラテクがあるんですかねぇ〜?」
「振り落とされればそれまでです。遊びとは言えクラン同士の戦いですよ?仲間に情けない姿を見せる訳には……――」
一人の合図によって俺達のスロットルが一気に開く。イタズラのつもりで何も勝負の詳細を言わなかったが、恐らくユキナはこのゲームの本質を理解した上で申し出を受けたのだろう。
「始め!!」
「――いきません!!」
「お前ら落ちるなよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
海上ボートのフル加速と共にたるんでいたロープが一気に張り詰める。突如として推進力を得たバナナは船先が跳ね上がり、水との抵抗によって左右に暴れ回る。また波もイタズラして後ろの六人からは悲鳴が。
「「「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」
「「「ああああああああぁぁぁ!!!!!」」」
「耐えろ!!すぐに安定する!!」
「共に容赦ない加速、そしてそれに耐えてくれる良き仲間、お互いに恵まれていますね……!!」
「お前……!!安定しかけてんのにまさか……っ!?」
並走するユキナはボートを蛇行させるように操り、これより仕掛けてくるであろう暴挙に俺は戦慄した。聖女のような立ち居振る舞いとは裏腹に、こいつユキナは想像以上に獰猛だ。
「非効率の皆さん、すいませんね」
「レイっち……!!やばぁぁぁぁぁぁい!?」
「はは……っ!はははははははははは!!」
ユキナはしならせるようにして牽引するバナナボートをこちらにぶつけようとしていた。バナナ同士が衝突すればもちろんあいつらは木っ端微塵だ。だがまさかここまでやるやつとは思わず、つい笑ってしまったものだ。
「まさか同じこと考えてるとは思わなかったよ!!ユキナぁ!!」
後ろの男から初級爆裂法撃の名が。
「ブレイズバースト!!」
「間に合わな――」
一番後ろのチョコを狙った法撃に対し、あえて速度を緩めることで最前列のコロネへとブレイズバーストの矛先をずらす。クラッシュ直前に発動するのは猛風、『風龍の障壁』によって人を乗せた二本のバナナか激しく暴れ散らかす。
「くっ……!車体が持っていかれ……っ!」
「捕まってろよぉぉぉぉ!!そおおおおおおい!!」
後続のバナナに舵を持っていかれないようにするため、俺はあえて流れに逆らわずに旋回するようにボートを回した。こうなることを想定していたためハンドリングに乱れなどない。振り回すようにしたバナナがユキナ達と衝突する軌道だが、後ろの奴らには少しばかり絶叫アトラクションを楽しんでもらう事にする。
「飛べえぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「「「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!???」」」
慣性と遠心力によって加速したバナナを高波に合わせ、ユキナの頭上スレスレへと跳ね上げてやった。後は向きを直して中間地点の岩場へ直行。のはずだったが、何故か俺の眼前に巨大な何かが映り込む。
「お前も同じことを……っ!?あっぶねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!??」
「暑い気候でしょう?少しは涼しくなられたら光栄です……!」
「ふざけんな!!首もげて死ぬとこだったぞ!!」
共に加速して同じような攻防を繰り広げながらも、岩場を旋回するコーナーへと差し掛かる。インコースを狙うつもりで幅寄せした瞬間、奴は右回りの反対側へと大きく舵を取りやがった。
「あの野郎……!お前ら!!絶対に交差する時に何か仕掛けてくるぞ!!備えろ!!」
「やばいレイ……!!私腕取れちゃう!!怖いよぅ……っ!!」
コロネが泣き言を言っているが耐えてもらうしかない。どんな形にせよ、勝負は勝負で負けたくない。インコース、岩場のギリギリを攻めながら先を睨む。海上ボートのエンジン音が近づくと共に岩陰から奴が姿を現した。
「ちょええええええええ!?なんでナンデ!?なんかあの人剣持ってるぅぅぅぅぅぅぅぅ!?」
「固有ウェポンスキル……っ!」
「まっずい……!!!」
ユキナの愛用する長剣『エターナルカイザー』は星七であり、当然ながら固有ウェポンスキルが存在する。端的に言えば超強化版のスラスト、だがそれは言い換えればかなり使い勝手が良くクセもない。その上威力はスラストとは比べ物にならない。
「『エクスカリバー』ァァ!!!!」
「ふぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
一瞬ハンドルから両手を離したユキナが馬鹿みたいな威力の『エクスカリバー』を海面へと叩きつけやがった。眼前へとまくり上げられた海水が壁となって迫る。このままでは俺ごとボートが吹き飛んで転覆してしまう。
「ちっ……!!クラッシュ上等!!」
インコースの岩場から離れ、高波を避けるように外へと舵を取る。紙一重で俺とユキナのボートが交差し、遅れてしなるように奴らのバナナが俺のボートへと突っ込んでくる。否、一人が絶妙なバランスでバナナを蹴りながら俺に飛びついてきやがった。
「んな力技でクラッシュ回避を……っ!!浮いとけ!!シールドバッシュ!!」
「ぐぇぇ」
「お前ら落ちてないよな!?加速するから捕まってろ!!」
ほんの僅かだが今の攻防で少し前を行かれた気がする。ユキナは一人を犠牲に俺達をほんのわずかばかり遅らせた。先着の勝ち点と生存者二名で四点、対して俺はこいつらを運びきっただけでは三点しかない。つまりはこのすれ違いの刹那に何かを仕掛けていかなければ負ける。
「チョコとコロネぇぇぇ!!吹き飛ばしてやれぇぇぇぇ!!」
「言われなくても……っ!!」
「プロミネンスバースト……変式威力型……っ!!」
コロネの上級法撃詠唱は流石にやりすぎだが今回は止めない。先にエクスカリバーとか言う馬鹿なことを仕掛けてきたのは向こうだ。バナナごと消し飛ばしてしまえ。
「イグニションブラスト!!」
「プロミネンスブラスト!!」
チョコの中級爆裂は残念ながらイレイザーに阻まれた。だがコロネはそれを読んでいたのか、プレイヤーではなくバナナボートと海面の接地面付近へとぶち込んだようだった。奴らのバナナが岩肌へと叩きつけるように力が働き、その衝撃で一人が脱落。残るは一人だが――
「ぬおおおおおおん!!こっちも反動で舵ががががががが!!!」
「ああああああああぁぁぁ!!!!」
「オレーーーーーン!!」
不意の衝撃波に耐えきれなかったオレンが空を吹き飛びながら海面へと直撃して水の中へと消えていった。だが旋回方向へと慣性が働いているこちらと、旋回軸へと巻き付けられるように慣性の働く向こうではこちらに分がある。
岩場を抜けたのはわずかにこちらが先。不敵に笑うユキナに俺も口角が上がる。何が剣しか誇りがないだ。下らない遊びに全力で楽しんできてるじゃねえか。
「まさか最終防衛ラインまで並ばれるとは驚きました!」
「俺もあんたが剣以外にもこんなにプレイヤースキルがあるとは思わなかったよ!!」
俺達の差はあってないようなものだ。否、むしろこちらが不利とも言える。向こうは荷物が二人減った分、ボートの加速に伸びができている。このままの直線勝負ではジリジリと追いつかれ、最後には抜かれてしまうだろう。
(そうなれば持ち点で負ける……仕掛けるしかないか)
ジリジリと追い上げてくるユキナを見るために少し振り返ると、視界の端に湿度の高い笑みを浮かべるチョコが映りこんだ。前に桟橋からオレンを突き飛ばした時のように、イタズラ心を隠す気もないその顔に鼓動が跳ねたのを自覚する。
(やる気か……?そうだユキナ、遊びに全力なのはお前や俺だけじゃない……っ!!)
見事なバランス能力と度胸、チョコがバナナボートを蹴り飛ばしながらユキナ達のバナナへと飛び付いた。突如の加重にウィリー気味にユキナの船先が跳ね上がり、海面を叩くように弾んで失速を誘う。
だがチョコは一瞬しかしがみつけなかったようで、辛うじて捕まる手網は片手、海面に数回叩きつけられるようにバウンドした後に海へと消えていった。加速の伸びを失墜させることには成功したが、奴らには同じく人間砲弾の弾が残っている――
「――コロネ……っ!!」
「分かってる……!!行って!!レイ!!」
「うっそぉぉぉぉぉぉん!?随分と逞しくなりましたねぇぇぇぇぇぇ!?」
向こうの残る一人がチョコのように飛びつくやいな、コロネも迎撃するように飛びかかり『タートルバッシュ』が。向こうのシールドバッシュと弾け合い、両者共に水飛沫を上げながら沈んでいく。
「お互いだけではなく、仲間も全員全力だったということですね!!」
「負けるかァァァァァァァァ!!」
フル加速。 この速度でスタートライン兼ゴールを目指せば勢い余って座礁すること間違いなし。だからどうした。これはリアルではなくゲーム、多少手足がもげようと死ぬことは無い。
故に俺達は一切の出し惜しみなくボートを前へと走らせたのだった。
『適度な休息』
アストラル・モーメントでは肉体的な疲労は発生しませんが、長時間のプレイは頭痛や現実での感覚障害に繋がる恐れがあります。適度な休息を取ってください。
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