六〇 聖角獣ユニスティア
セツナの一件後、非効率の館ではコロネがチョコの説教を受けていた。イベント中だと言うのに無防備すぎるとの事だ。それはそう、俺もそう思う。だが内心は早々に説教を切り上げて貰いたい一心である。
「ほんとに分かってるの!?あんたかなり良い装備が揃ってきてるんだから…っ!もうちょっと自覚ってものをねぇ……!」
「み、みんなと協力して手に入れたものだから本当に悪いと思ってるよぅ……でもね、多分わたしは全ロスしても次は泣いたりしないと思うんだ」
「ほう?コロネさんや、その心は?」
「レイみたいにまた掘り直そうって思える出来事だったから。そりゃみんなとの思い出が奪われるようなものだから心は痛いだろうけど……それで終わりじゃない。奪われちゃうなら奪い返せるくらいもっと強くなろうって、まだまだ強くなれるんだって知れたの」
随分とたくましくなったものである。最初はフィネスことイノシシ如きに半泣きになっていたコロネがだ。セツナの口癖には才能とやらがあったが、この子は酷く輝いて見えただろう。
「そいつはたくましいな。確かに無防備だったがアストラにのめり込んでる様だし、その辺で許してやれよチョコ」
「……ま、物が帰ってきたわけだし、この辺にしといてあげるわよ」
「全部レイのおかげなんだけどね、えへへ」
「それはそうとコロネ、最後にセツナになんか言われてなかったか?場合によっては殴ってくるが」
「な、ななななななななにも言われてないよ!?良い師匠を持ったねって!?そ、そそそそそそれ以外には何もい、いいいいい言われてないよ!?」
「絶対言われてるだろ。よしちょっと殴って――」
うちの弟子にまだちょっかいかけるようならば躾ないといけない。だが振り返った俺の体はか細い力によって静止した。再びコロネへと顔を向けると弱く俺のスソを掴んでいたのだった。
「大丈夫……気付いちゃっただけなんだ。自分の気持ちに……だからセツナさんは何も悪くないからいじわるしないであげてほしい……かな?」
「……そうか?確かに初めてフィネスを倒した時みたいな顔してる」
アストラにおいて楽しむとは多方面に渡る。何せ娯楽であるゲームの世界だ。暇を潰し、心躍らせるコンテンツは幸いにも腐るほどある。きっとコロネは俺とセツナの死闘に何か魅せられたのだろう。おおよそあの時の赤面は、内なる戦闘狂の資質を言い当てられたのかもしれない。
「私の手で何かを成し遂げたりしたわけじゃないんだけど、レイとセツナさんの激闘が……その…………か、かっこよかった。改めて言わせてもらうね!ありがとう、レイ」
「……お、おう!そ、そんなことより俺もあの対戦を客観的に見たかったもんだなぁ!」
屈託のない笑顔で言われたもんだから思わず目を逸らしてしまった。コロネも恥ずかしくなるくらいならわざわざ言ってくれなくても良いのに。釣られてこっちまで恥ずかしくなるだろうが。
などと心の中で呟いていると湿度の高い、いや半ば呆れたように口角を上げたチョコが。
「珍しく照れてて草ね。客観的に見たいならどーぞ?」
「へ……?拡散されてるぅぅぅぅぅぅぅぅ!?」
「配信で未知の最前線を垂れ流してるのに今更でしょ」
自分で流すのと盗撮を流出されるのでは気分が違うだろうが。とは言え意図せずして二個目の未知の最前線がアストラ界隈に浸透することだろう。現にSNSではデンジャースキル『一意専心』について考察と確信を得た言い合いがなされていた。
全てのデンジャースキルに共通する特殊SEと演出。そんな分かりやすいものがあるのだから一撃でバレるのも無理はない。とは言え実体を知ればさぞみなが落胆するのだろう。セツナ相手だからやむ無しにスラストを連打していただけで、たった一つのウェポンスキルしか使えないなんてネタにも程がある。
「みんなSNS見てるついでだ。もう一つビッグニュースがあるから見てくれ」
オレンが。
「聖獣でっしょー!?私もそれ話したかったんだけどさ!?コロネっちの件もあったからいつ言おうと思ってて〜!」
「見に行きたいわね……」
「え?え!?みんな知ってるの?聖獣って……?」
コロネだけが理解不能といった様子だがそれも仕方がない。初心者どころかそれなりにやり込んでる人でさえ見た事がないような超希少エネミーだ。かく言う俺でさえもたった一回しか見た事がないのだから。
「正式名称は聖角獣ユニスティア、ユニコーンとペガサスを足したようなエネミーだ」
「なにそれ!見に行きたい!!でも……あれかな?SNSでこれだけ騒がれてるならもう捕まえられちゃったり、倒されちゃってるかな……」
「そんなことになればトレンド入り不可避だな。未だに俺も、攻略サイトにもテイム成功の報告は見た事がない。ましてや討伐なんて無理ゲーだ」
「と言うと?」
「異常に敵意に敏感で即逃げるからだ。だからユニスティアに関わらず、その手のエネミーが現れた時には面白いものが見れるぞ」
通称『握手会』。馬鹿みたいに希少な上に逃げ上手なエネミーが出現した際、口にせずとも誰もが武器を収めるのだ。そしてそれらは希少エネミーへと連なる巨大な列となり、まるでアイドルの握手会のように順番でテイムチャレンジが始まるわけだ。
特にユニスティアは武器を出さない限りはかなり温厚であり、自然消滅までの時間もかなり長い。恐らくは今から行っても列に並ぶのは無理だが、せっかくなのでみんなで見に行こうと思う。
「みんなで見に行くか!流石に長蛇の列だろうから握手会はスルーな?」
「レイ!?面白いものが見れるってどういう意味だってば!」
「見れば分かる。パーティー組んだな?飛ぶぞ――」
SNSの中から信憑性の高い情報を選び、最寄りのポータルへと飛んだ。開けた視界の先に広がるはアストラの人口の膨大さ。端的に言うと俺でも見たことないくらいでっけえ列が出来てた。
「なんっっっっっっっじゃこれえええええええええええ!?」
「やっばぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ!?レイッち!?何これ!?アストラってこんなに人いるの!?これで一部!?やっばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「……あんたらって意外とオーバーリアクションよね」
「で、でもチョコ……!すっごいよ!?ステラヴォイドでもびっくりしたのに……その比じゃない……っ」
情報に出遅れたというのもあるだろうが、草原エリアの地平線の向こうまでいるんじゃないのこれ。人気アトラクションの比じゃない。そこまでいくともうテイムチャンスも無理だろ。
「見えるかコロネ?長蛇の列の先頭……妙にキラキラと粒子を漂わせてる馬がいるだろ?」
「いる……!あの人数の圧にも全然動じてないね!遠目じゃ分かんないけど毛並みも綺麗なんだろうなぁ」
チョコが。
「近くに行きたいけれど、高台から降りると人集りで見えなさそうね。ズームで写真だけ撮って帰るんでいいじゃな――」
アストラル・モーメント、このゲームは突如として未知を叩きつけてくることがしばしばある。何が言いたいのかというと、先程までは優雅に草原で座っていたはずのユニスティアがエスケープしたのだ。否、霧のように消えて移動した。
「へ?」
「わ……っ!?」
「やっっっ……!?」
「…………え?」
俺、コロネ、オレンの順に驚いた後、事態に気が付いたチョコの顔面が驚愕に変わり果てた。何故ならば逃走時にも見せる霧のように消え去る移動により、チョコの真後ろへと転移してきたから。振り返ったチョコは恐らくユニスティアと見つめ合っているはずだ。
「近い近い近い近い!?なに!?なんなの!?怖いんだけど!!?」
「……チョ、チョコ!群衆が来る前に試してみないか?お前の貴重なマウント権をさ…っ!」
「確かに……空も飛べるでしょうし条件には合ってるけど……そもそもこの子ってテイム可能なの?」
「見たことは無い。だが試すのはタダだ。こんな機会は多分滅多にないぞ」
「……っ」
恐る恐るテイムに必要なキーホルダー的なアイテムを近づけていくその光景に、俺はどこかセイファートの頃と既視感を感じた。ユニスティアが頭を下げ、蒼白く光を反射する角を捧げているかのように見える。まるでエネミーがプレイヤーを選んでいるかのような感覚に思えた。
「テイム……っ成功したんだけど!?えぇぇ!?」
「まじかよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
「チョコっちやばァァァァァァァァァァァァァ!?」
「オレンちゃんさっきからヤバいしか言ってないよ……?でも!おめでとう!!チョコ!!」
「実感が湧かないわよ……っ!ちょ!?ギャラリーが一気にこっちに来る!!」
「お前ら乗れ!!オレンはこっちだ!!」
セイファートへとオレンを投げ捨て、それぞれがテイムしたエネミーへと跨り草原を疾走した。初めて見るユニスティアの騎乗姿にテンションが爆上がりだよ。足音すらしない軽やかなステップに似つかわしくない速さと優雅さを兼ね備えている。
「結構早いんだな!ユニスティアは!!」
「そうね……っ!!あなたの程じゃないけどかなり早いわ……!!」
「待ってよ〜!!これでも私とこの子は本気なんだって〜!!」
「大丈夫だコロネ!!コヨーティアの亜種も原種よりかは少し早いから逃げ切れるは……え?」
地を駆ける集団と空から追いかけてくる二つのグループを背負っていた。だがその中から一際早いやつが二人。見覚えのあるそいつらに多分俺は凄く嫌な顔をしているんだろう。
「またお前かレイ!!〝非効率の館〟はこの短期間でどれだけアストラ界を荒らせば気が済むんだ!!!」
「フォルティスとマカロンかよ……!!まっずい!!お前ら!!転送して逃げる!!落とすなよ!!」
「わわ……!」
並走するコロネとチョコへと投げ捨てるは『転送の雫』。コツコツと集めていたフィールド素材を錬金して作成可能だ。時間をかければ無課金でも作れるし、それなりの値段で売れるため金策のつもりで溜め込んでいた。だがここまで無駄使いゼロでも四個しかない。それほどに時間がかかる代物でもある。
「飛べ!!場所はどこでも良い!!」
こうして俺達は一時的に散り散りに追いかけ共から逃走し、質問攻めや写真撮影会に捕まることなく平穏なアストラライフへと戻る。全員がマウントを手にしたならば、いよいよストーリー進行と同時に俺達のパーティー水準を上げるタイミングだ。
『感想』
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