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五十九 一意専心


 『新たなデンジャースキルを習得しました』


 かつてゼロとして活動していた頃、一〇あるデンジャースキルの中でも三つの取得条件が判明していなかった。一つはレイで取得した『星屑の黎明』。そしてたった今もう一つが俺へと付与される。


(『一意専心』……?)


 絶え間ない剣撃に意識を向けながらも、ゲーム内システムによってその情報を脳みそへと直接叩き込む。このデンジャースキルは発動してからたった一つのウェポンスキルしか使用できなくなるようだった。


「いくらかすり傷とは言え、これだけ被弾していればそのうちあんたの方が落ちるねぇ!!」


「……このまま(・・・・)だったら……な」


「は?」


「デンジャースキル、『一意専心』……」


 スキル発動に合わせて専用のSEが戦場を轟かせた。ぬめりけのある水音と共に、墨汁のような何かによって空へと一の文字が。それなりにセツナもアストラの情報には流通しているのだろう。僅かに驚きながらスキルの様子を見ていたため俺も視認が出来た。


 スキル発動から初めに使用したウェポンスキル以外が使用不可になり、そのデメリットに伴う恩恵はCTの減少とモーション値の緩やかな上昇。つまりは三分間たった一つの技しか使えなくなる代わりに、その技は回数を重ねる度に威力が増していく。加えて、スキル速度も共にだ。


「スラスト」


「特に変化はない……っ!こけおどしだねぇ!!」


「一緒に検証しようぜ?本当に脅しかどうかはよ」


「未知のデンジャースキルまで披露してくれて……ありがとねぇ!!動画映えするから本当にラッキー……っ!」


 初めは俺自身も変化が分からなかった。だが一振、二振と、一歩ずつスラストを重ねていく度に確実に奴も違和感に気が付いたはずだ。今までは紙一重でかわされていたはずの剣先が微かにセツナの頬をかする――


「痛っ……!?剣撃速度が……っ増してる!?」


「ようやく気が付いたか?普通のプレイヤーなら気にもとめない微かな違いだ。だが……」


 世界で最強と謳われた俺と、チートアシストによって同じ世界に踏み込んだお前とでは致命的な差となる。何故ならばそのうちこのスラストは人間の反応速度の限界を超えてくるから。例えゲームと脳細胞の伝達に遅延がないとしても、人間の限界を超えることは不可能だ。


「早…いっ!」


「見えない攻撃に必要なのは予測だ。だがチートに胡座をかいたお前にその経験値はない」


 速度上昇によって風切り音が変わり始めたスラスト、それをフェイクに奴の最速の後出しを誤発させる。見てからではもう間に合わないと感じ始めたのだろう。だが杜撰な予測はスラストキャンセルによって格好の獲物へと成り果てた。


「っ……!!」


「弾かれ……っ!」


 スラストキャンセル、からの返し技を逆に返す(パリング)。見てからかわして攻撃するという、奴が最も得意とする戦法はもう使わせない。見てから間に合わないならばお前も予測して弾きにくるしかないわけだ。


 弾いた瞬間の凝縮されたこの一瞬。久しく感じる脳汁の大放出に思わず笑うしかない。超近接のこの領分において、俺と読み合いをする意味を理解するといい。


「レイパァァァァァァァァンチ!!!!」


「がっ――」


 レンカが言っていた等身大の痛みとやらが気になるため、手心の男女平等パンチである。従来コアレスを通じて人体には安全な経路を経て、アストラのおびただしい情報が脳へと帰結する。だがこの反応を見るに、レンカの言葉は正しいのだと察した。


「うあぁ……っ!うぅぅ……」


「そりゃあリアルでも全体重で殴られたら痛いもんな。それも鼻っ柱だし。ゲームを楽しんでるのに人殺しになりかねん。セツナ、降参しろ」


「だま…れっ!そうやってスカして……っ!チートに胡座をかいてる……?あんたやゼロ達だって才能に胡座をかいてんでしょうが!!天才のくせに……!凡人が何倍努力したってあんた達の足元にも及ばない!!!私にはもうアストラ(これ)しかないのにぃぃぃ!!」


 凡人が何倍努力したって無意味か。自分の努力は褒め称えて欲しいくせに、他人の努力は見もしない。都合の良い妄想と憶測だけで片付けてしまう。ゲームを楽しむ気も、他者を敬う心意気も、何ひとつとして資格がないため俺は告げてやった。ヤケクソの剣撃へと強攻撃を重ねてセツナの胴体を開かせながら。


「お前は頂点(ここ)に来る資格がない。アストラに対する熱意以外には何も準備できてねぇよ」


「うがぁ……っ!」


 パリィの後は再びレイパンチ、よほど逆鱗に触れたのか先程よりも起き上がりが早い。それよりもだ。奴の綴ったデンジャースキルに一つの可能性が脳裏を過ぎる。PvPにこと置いて悪手としか言いようがない行いだ。


「デンジャースキル……っ!『嘆きの豪傑』!!」


「……」


 デンジャースキル『嘆きの豪傑』。


 これはスキル発動から三分間、スキルによる回避が使用不可となる。代わりに基礎的なステータスにバフが入り、デンジャースキル適用中は一切怯まないスーパーアーマーを得るものだ。


 否、ゼロ時代の上位一パーセント未満だけはこのスキルの記述について疑問を抱いていた。


「君の仲間から奪った(これ)さぁ……!固有スキルは威力重視のロマン砲だよねぇ!!あの子が撃つ前に殺したから確証はないけど……っ!あのタメの長さはそうだよ……!絶対にぃ!!」


「……今ならまだキャンセル出来るぞ。その技」


「あと四秒……っ!ほらあと四秒で私を殺してみろよ!!天才は天才らしく凡人を踏み潰していきなよ!!」


 デンジャースキル嘆きの豪傑は、スキル効果中回避スキルが使用不可となる。同時に効果中、全ステータスが向上し、敵から攻撃を受けても怯まない。これが正式な嘆きの豪傑のスキル記述だ。


 何百、何千とPvPを繰り返して来た中で、ロマン砲とこのスキルの組み合わせは何度かぶつかってきた。怯みとは攻撃による意図しないふらつきや吹っ飛びであり、俺の専門分野であるパリィの仰け反り(・・・・)とは区分が違うのだ。


「さよなら……!天才!!『ディキャパティエッジ』!!!!」


 そしてその星七の執剣はこの世界において初出土の一本目のはずであり、コロネが撃つ前にお前は屠ったと言った。つまり、初見のお前が目で追えないほど速いあの固有スキルに対し、ムーブアシストを解除する事は不可能。


(そして俺は一度見ている――)


 奴の踏みしめたアスファルトから小石が跳ね上がり、瞬間的に一帯へと金属が破裂するような爆音が鳴り響く。予測した奴の初撃へと振り上げた亜音速のスラストを重ね、連撃型のロマン砲である『ディキャパティエッジ』を弾いて封殺してやった。


「は……?あ、ありえな…っ!?」


「これが予測だ。チート野郎、自我持つんじゃ……ねぇ!!!!」


「がっ……!」


 右眼球へと全力の拳を叩きつける。あくまでデンジャースキルはゲームシステムによるステータス的な変動でしかない。怯まないだけであり、等身大の痛みを背負うこいつの精神はその限りでは無い。現に三度目の拳骨に涙ぐんでいるのだから。


「っ……」


「もう限界だろ。負けから何を学べるか、それも強者になるために必要なものだ」


「今度は説教……?流石才能のある天才は違――」


「レイチョォォォォォォォォォップ!!」


「いっだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 才能才能うるさいので渾身の手刀を脳天へと叩きつけてやった。隣の芝は青く見えてしまうように、自分にはないものを人は才能と呼ぶ。同じ勝ちを渇望する俺とお前だが、やり方が間違っていただけでお前にはお前だけが持ちうる光る特別が既にあるのだ。


「いいか?敗北を他人の才能のせいにするな。お前が負けたのはお前のせいだし、勝ちを急ぐよりも先に自分と向き合え」


「何を言って……」


「薄々気付いているんだろ?お前がズルしてまでアストラで勝ち急ぐ理由を俺は知らない。これまで勝ってきた功績だって全部偽物だ。だが……」


「……」


「勝ちたいという熱意だけは本物だった。ゲームだってのに、その鬼気迫る様は俺なんかよりずっと凄まじい様に思う。お前はその才能の光らせ方を間違えていただけだ」


 たががゲーム、されどゲームだ。そこに注ぎ込む熱量はこの世界では身体を動かすガソリンとなる。こいつが天才と称する奴らと比べて弱かったのは心だけだ。挫折に負けない不屈のチャレンジャー精神、その過程をチートで補ってしまえば勝利の価値は一気に濁ってしまう。


「……うるさいなぁ!!分かったよ!!私の負け!!返せばいいんでしょ!?はい!!」


「当然だ。うちの弟子のものは返してもらう。最初はマナ悪野郎に腹ただしかったが、結果的に楽しかったよ。セツナ」


「……うざ。チーター相手に楽しめるなんて変態(・・)は言うことが違うね」


「最高の褒め言葉だ」


 セツナの降参と共に決闘フィールドが終息する。それと同時に笑顔を見せあったが、彼女の表情が最初の頃とは質が変わっていた。口だけじゃなく瞳にも笑いの片鱗が垣間見える。交わした握手に添えてセツナが。


「どうやったらお兄さん……いや、レイのようになれるかな?」


「今を楽しめ。じゃないといつか死に物狂いで手にした勝利に喜べないからな」


「くっさ。参考にならないけど頭の片隅には置いておくよ。それから……」


 セツナが手を離すと静かにコロネの方へと歩み寄った。キルされた相手だろうしその恐怖の表情はわかる。だが同時に困惑しているのはきっとセツナの表情に変化があったからだろう。


「コロネちゃんもごめんね。急に襲いかかって……その、全部返すから許して欲しいなんて都合の良い事は言えないんだけど……」


「は、はい」


「もしも贖罪のチャンスをくれるならいつかもう一度私と戦って欲しい。今度は……ズルしないから」


「技術面がヒヨコのお前がうちのコロネに勝てるわけねーだろ〜!!今すぐ受けたれコロネ!!」


「レイ!静かにして!!」


「ア、ハイ」


 奪われた全ての装備を装着したコロネが顔を上げた。まるで遠足や修学旅行へと発つ時のような、期待と衝動を込めたものだった。


「次は奪わせません!私が勝ちます!!逃げないでくださいよ?セツナさん」


「……ありがとコロネちゃん。それから……――」


 何やら二人だけで密談している。恐らくは一言二言だろうが、セツナの顔が離れた拍子に舞い上がったコロネの髪の狭間から紅い頬が覗く。何を言われたのか分からないが、うちの仲間にセクハラをするなら再び男女平等パンチの刑にせねばならない。

『NPCメイド』


有料アイテムの中にはNPCメイドが存在する。これはクランハウスや敷地内の清掃、加えて各所耐久値の減少を緩やかにしてくれる効果を持つ。


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