五十八 チーター
どうやら俺は自分が理由ではスピリチュアルコアシステムは作動出来ないようだ。だが仲間の為ならばどうだ。ゼロの頃には一度も入れなかったというのに、この短期間で二回目だ。
「せっかちだねぇ……!お兄さぁん!!良いよ!!今から決闘を申し込むからレベルシンクをそっちに合わせるねぇ」
「いらねぇよ。さっさと奪ったもん全部返して死ね――」
解放時の麦穂は刀身が魔力で精製されているため弾かれない。盾はもちろん、鍔迫り合いになった際には受け手の武器に多大なダメージを与えることになる。レンカとの戦闘でそれは立証済、故にパリィを警戒することなく素の五連撃をお見舞したはずだった。
「……っ?」
「生粋の剣術でこの太刀筋ィ……!本物だァ!!お兄さん!!」
(全部紙一重で見切った……?)
それどころか間髪入れずに反撃まで行う始末。かつて戦ってきた猛者でも早々マネ出来ない高水準なプレイングに驚いた。あのレンカでさえも俺の猛攻には一時的に飛び退いたり、牽制攻撃を挟むことで俺の剣撃軌道をある程度絞る技術を用いる。
それをこいつは動体視力だけで見切りやがった。それが出来れば苦労はしないレベルで理想の対処法であり、たった一度のやり取りでコイツが人間離れした反応速度を有していると理解するには十分だ。
「これが……っ!あいつの言ってたチートか……!!」
「アッハァ!!掠ったぁ!!もっともっと!!ほらほらほらほらほらぁ!!」
「ヤッてんな……!お前!!」
繰り出される猛攻を半ば勘でいなしつつ、片手剣スキルの『ワールウィンドウ』で距離を取る。攻撃と回避を一体化させたスキル、だが奴はその剣撃をすり抜けるように張り付いてくる。
「『ヘヴィースマッシュ』」
「見えてるよ――」
ワールウィンドウから派生してヘヴィースマッシュ、奴が見えていることは想定していたため後続のムーブアシストをいじっておいた。
誤差レベルで頭部と首の軸がズレるように僅かにムーブアシストを外す。奴のカウンターで急所を外させるため、順手持ちから逆手持ちへと切り替えた。だがそれでも奴の剣撃の追従はあまりに精度が高すぎる。
「ちっ……!」
「今のは結構深く入ったんじゃなぁい?大したことないねお兄さん」
「シールドバッシュ」
「わっ……!」
変形したヘヴィースマッシュからのカウンター、その直後に奴を吹き飛ばす。案の定これは避けなかった。いや、違う。
「やっぱりな。反応速度にも限界はあるんだろ?ジャッジメントやシールドバッシュのような、後入力じゃ間に合わない攻撃には反応できてない」
「……何が言いたいのかなぁ」
「この目で見るまでは信じられなかったが……最速の後出し。お前はコアレスから脳へと通じる一部の電波を、何かしらして遅延をなくしてるって聞いたんだ」
「勝てそうにないからって変な言いがかりはやめてよねぇ……っ!!」
天窮使節団のアギトさんとやらでさえ尻尾を捕まえられなかった違法ツール、それは恐らくは受動側に細工がされているためだ。アストラに細工をするのではなく、受信信号に対して自らを改造している。
こちらの攻撃は全て見切られ、人間の反応速度の限界を超える〇.二秒未満の発生速度の攻撃でもなければ通じない。今使えるとするならばジャッジメント、もしくはシールドバッシュ。前者はCTと時限解放の都合で不可、後者は削れない。つまりほぼ詰みだ。
「っ……!」
「スピリチュアルコアシステムが作動してるのに反応しきれてないねぇ……!!さよなら!!」
「させない……」
「レンカ…!?」
連撃によって追い詰められていた俺の間へと、ねじ込むように体を挟んだレンカから天翼が羽ばたいた。オードガード『熾天使の天翼』、それによって後方へと吹き飛んだセツナへと追い討ちの無属性法撃が走り抜ける。
(あれでも避けんのか……?だが掠っ――)
「うぅぅぅぅぅ……!!」
「……やっぱり…………チートの……代償……ある」
「レンカも何か知ってんのか?奴の……異常な反応速度について」
「本来は……痛みなんかの………逆流データを……コアレスが……緩和してる……でも、あの子のチートには……そのセーフティがない……」
「えっと……?つまり?」
「……アストラで受けた痛みが等身大…………脳に甚大な……負担……かかる。最悪……脳死する……って……リーダーが……言ってた」
何それ怖い。そこまでしてアストラに爪痕を残したいとは思えない。だが図星をつかれたのか、それとも別の理由があるのか、セツナは法撃の掠った肋を抑えながらブチ切れた様子で雄叫びを上げたのだった。
「第二席やゼロ公認の天才共に何が分かるっ!!今やアストラという仮想世界はリアルでの貧富にまで影響してんだからさぁ!!この世界で結果を出さなきゃ……!私にはもう後がねえんだよ!!」
「あの人……情緒が………やばい」
「激しく同意」
「みんながみんな……!あんた達みたいに才能に溢れてるわけじゃない…………!使いたくもない力を使ってでも!!もう私にはこのゲームしか金を稼ぐ術がないんだよ!!だから……!お前ら有名人は全員…私の糧として死――」
「――レイ!!」
騒ぎを聞きつけたのかコロネが駆け寄ってきた。ギャラリー達も俺達が口にしたチートという単語にザワついており、荒い呼吸のセツナとしばし睨み合いが続く。
「そういうことねぇ?報復ってこと。良いよ、今度場所を変えて静かなとこでガチでやり合おうよ。非効率の館は最近動画配信も始めたんだってねぇ?コラボ動画にする?そっちが負けても双方に金が入るようにしちゃおうか?私として箔が付けばなんでもいいしねぇ」
「……お前、楽しいのか?」
「楽しいわけないでしょ……後日場所を言うから逃げないでよね」
隣の芝は青く見える、そんな言葉がセツナとやらには良く似合うと思った。他人の才能を羨む暇があるならば、自分に足りないものに向き合う方がよっぽど合理的だ。コロネに対する仕打ち、今やその怒りは憐れむ同情へと変わりつつある。
「今やれよ。生憎と卑怯者に費やす時間は作りたくない」
「……本気?それに卑怯者って、アイテムを奪われたことを言ってるの?アストラじゃあ強奪なんて挨拶みたいなもんでしょ」
「チート使ってる自覚すらねえのかよ。他人の努力を踏みにじるパチモンに現実を見せてやるからかかってこい」
ゲームは楽しむものだ。それをこいつは楽しいわけが無いと言い切ったのだ。リアルでどんな背景があっても、アストラという神ゲーを楽しめないなんて憐れという他にない。セツナの睨む眼光と共に俺の眼前へと『決闘』の申請が。
(今俺はアイツと比べてどんな顔をしているんだろうな)
「レイ……」
コロネの心配そうな声に顔を向けると彼女は驚いていた。そう、俺は笑っている。俺はかつてアストラの最強と謳われていたんだ。チートが相手だろうと、どれだけ格上だろうと、その尽くを楽しんでみせよう。
「全部ありで良かったんだけどな」
「武器の性能差で負けたなんて言われなくないしぃ?」
決闘フィールド。街中に変わりはないが、光に隔てられた円形の中で対峙する仕様になる。こと細く設定変更が可能であり、今回申し込まれた大きな仕様は片手剣のみで戦う点だろう。
(レベルシンクはこっちに合わせて四〇……何がなんでも実力風に見せかけて勝ちたいようだな)
「使いなよ」
「ご親切にどうも」
投げ渡された鉄剣を掴み、セツナはコロネから奪った鏡国の執剣を構える。武器も身体的なステータスも全てがレベルシンクに応じて公平、唯一の違いは固有ウェポンスキルと奴の反応速度。ほぼ同時に俺達は対戦相手へと走り抜けた――
「スラスト」
「当たるわけないじゃんっ!!ほらほらぁ!!」
「っ……」
相手の反応速度が馬鹿げてる以上、後隙の大きいウェポンスキルは使えない。せいぜいスラストが限界。それでも紙一重で見切り、的確な反撃が来る。完全な回避は不可能であり、繰り返してもジリジリとかすり続けて敗色は濃厚。
だがそれは終盤でも相手が同じ集中力を維持出来ればの話しだ。生憎と俺は特殊な訓練を第二席から受けている。二十四時間程度ならば俺の動き、その精度と集中力が衰える事はありえない。
「……」
「馬鹿の一つ覚えかなぁ!?スラストスラストスラストっ!後隙の少ないスキルなら致命傷には届かないって、そう言いたいわけぇ!!」
「お前の言う天才とやらはそういう道を歩いてきたらしいぞ」
「は?」
数十回目のスラストはまたもや空を切る。返し技のように伸びてくるセツナの刃が浅く俺の頬をかすり、通り過ぎた危機に口角が上がるのを自覚した。チーターが自我を持つことは誠に遺憾だが、この戦いは擬似的に熱い死闘へと俺の中で変わった。
「なに…っこの状況で笑ってんのさぁ!!頭おかしくなったの?どうせ勝ち目はないって…っ!諦めてヤケクソ!?」
「バーカ、逆だよ。もうお前のことは質の高いNPCとしか見てねえ。とことん付き合ってもらうぞ……っ!!」
「レイ……笑ってる……?」
「……あいつは…………ギリギリになればなるほど……ああやって……楽しそうに……する節がある……」
野次馬達の歓声の中でも、聞き覚えのあるコロネとレンカの声だけはよく通る。どうせレンカの事だ。変態でも見るような目で見てるんだろう。だがどうでもいいんだ。死闘とは己の限界を超えるために最適なんだから。
「スラスト……っ!!」
「くどい!!」
「っぶねぇ……!もういっちょぉぉぉぉ!!」
「っ……!」
「うっそぴょーん」
「フェイクを入れたって私の前じゃ無駄!!ほらほらほら!!いつまでそのヘラヘラした顔でいられるか見ものだねぇ!!」
激しい剣撃の撃ち合い。レンカの参加する〝星浄の騎士〟のリーダー、ユキナとは真逆の試合展開だった。一人一殺、一撃で勝敗が決まるようなユキナとの睨み合いも楽しいが、ここまで俺と連撃を撃ち合えるプレイヤーは少なかった。
(こいつ……チートに手を染めてる割には集中力がかなり高いな。このままじゃあもしかしたら俺のジリ貧負けもありえ――)
戦況を傾けるシステム音声が俺の耳を着いた。最早数えることすら止めたスラストの押収。体感では一〇〇ほどだろう。未知の最前線、その開拓は前触れもなくこう告げたのだった。
『新たなデンジャースキルを習得しました』
『回復法術』
レベル五〇から解禁する治癒術。徐々に体力が回復するリジェネレイトと、即効性と遅効性の二つを兼ね備えたクイックヒールがある。時間はかかるが総回復量は前者のリジェネレイトが高い。
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